マーガレットの火葬
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チョコボポストには、思っていたよりも車が止まっていた。
中には王都ナンバーの車もあって、話を聞いたら結構な台数があの封鎖線を無理やり突破してきているらしい。
「姉ちゃんたちもそんな感じだろ?ツレの嬢ちゃんがゲッソリしてたからすぐわかったぜ」
がははと笑いながら運送会社に勤めているらしいおじさんは、チョコボサンドを頬張った。
なんだ、だったらこっちで泊まらなくても平気だったじゃん……
私は強行突破したときについてしまった車体の傷を眺めて小さなため息をついた。
あの子は何処の子其処の子
夜のチョコボポストは、虫の声に包まれていた。
海辺にあるガーディナは波の音ばかりだったけれどこの辺りには沢山の虫が生息しているようで、聞いたことないような鳴き声が聞こえてきている。
暗い闇の広がる林は、あの日を思い出して少し怖いけれどなぜか不思議と心は落ち着いた。
私はデッキに腰掛けて、その暗闇を見つめている。
ここに来るまで、イリスちゃんとタルコットくんはチョコボに会える!と嬉しそうにしていたのに、どうやら近辺に凶暴な野獣が生息してしまったとかで危険だからと今はチョコボの貸し出しはしていないらしかった。
露骨にガッカリする2人を見兼ねたオーナーに代わりにチョコボ小屋の中を案内してもらって、2人はそこで温かい羽毛に感激したりとか、撫でたりとか、モーテルに併設されていたショップでお土産を買ったりだとかして夜まで楽しそうにしていた。
ジャレッドさんは膝が痛むのもあって早々にモーテルで横になったし、ダスティンさんは誰かに連絡を取っていた。
…ダスティンさんといえばモニカさんだけど、今は二人ともコル将軍の指揮で動いているのかもしれない。
そんなこんなで、夜。
私はモーテルの外でぼんやりと闇を眺めていた。
りりり、だとかジジジ、だとかいっそ五月蝿いくらいの鳴き声が気になってしまって寝付けなかったのだ。
そういえばガーディナに来た日も波の音が気になって全然寝付けなかったっけか。
……まだあれから1か月とちょっとしか経ってないのか。
なんだかいろんなことが起きすぎてもっと昔の事のように思える。
本社で突然「オルティシエ。取材行くからついてきて」から始まり「シャンディもガーディナきてよ」とオルティシエから突然ガーディナ行きが決まり「まぁまぁ一週間だから」と言われ。
…これは嘘だったけど。
カクトーラとほぼほぼ毎夜飲んでみたり、あちこち取材してみたり……そうしていたら変な男が来て絡まれて、かと思えばグラディオに再会して。
王都が陥落して、ロジェたちと再会した。
「はは、もうほんと……色々あり過ぎでしょ」
王都の中にいた時はもっと一日があっという間に過ぎ去っていってたのに。
なんでこう、外というのは忙しないんだろうか。
(ああ、でも今生きてるんだなぁって実感するなぁ)
耳元で先輩から貰ったピアスが揺れている。エメラルドグリーンをした鮮やかな宝石は華美過ぎずシンプルで可愛らしい。本当にディーノが作ったのか疑ってしまいたくなるようなデザインだ。
ふと、先輩の照れ臭そうな顔を思い出して、少しだけ心が波打った。
…あんな顔するなんて、ずるい。
ピアスに触れながらこっそり心の中で唇を尖らせた。
「シャンディさん、」
「あ、イリスちゃん」
扉が開いて、イリスちゃんが出てきた。
明るいうちに買ったらしいチョコボの描かれた緑のTシャツがとても似合っている。
となり、良いですか?と笑うので、私は少し横にずれて場所を空けた。
「ありがとうございます。……シャンディさん、寝れないんですか?」
「うん……なんか虫の声が気になっちゃってね。」
「ああ分かります。こんなに種類がいるんだなぁって思いますよね」
「イリスちゃんは? あ、もしかして起こしちゃったかな……」
「いえ。……兄と…友人が、気になっちゃって」
「……そっか。」
「王都に携帯置いてきちゃって……連絡取れないんです」
そうつぶやく横顔は不安そうだ。無理もない。
一夜経ったとはいえ、ニュースではまだ王都での被害の全容は明らかになっていないし、私達も安心できる場所までたどり着けていない。彼女は上流階級の家柄なのだろうから、よけいにこんな惨状には慣れていないだろう。
それに……突然それまであった全てが失われる恐ろしさは……私にも少しは分かるから。
「…ね、イリスちゃんのお兄さんってどんな人なの?」
「え?兄さんですか?」
「うん。なんか仲よさそうだなって思ったから。……差し支えなければ聞かせてほしいな」
イリスちゃんはべっこう色の目を瞬かせると綻ぶような笑みを浮かべた。
「兄さんは…見た目はだいぶ怖いんですけど、優しいし、強くて…尊敬してるんです。……絶対こんなこと本人には言わないですけど。」
「あはは、イリスちゃんの話だけでステキなお兄さんなんだなってわかるよ」
「本人に言ったら喜びますよ。……ああでも気をつけてくださいね、兄さん結構遊んでますから」
「そうなんだ…気をつけます」
いたずらっぽい笑みを浮かべて言うイリスちゃんだったけれどその顔は心からお兄さんを信頼してるんだなってわかるほど、幸せそうだ。
いいなぁイリスちゃんのお兄さん、こんなに素直でしっかりした妹さんがいるなんて。
人懐っこい笑みを浮かべたイリスちゃんは、少しだけ私との距離を詰めて「じゃあじゃあ、私も聞いていいですか」と膝を抱えてこちらに顔を向けた。
「シャンディさん、好きな人いるんですか?」
「え?」
「そのピアス触るたびに、なんだか嬉しそうな顔してるから…恋人からもらったのかなって」
「い、いや別にそういうのじゃないよ。
先輩がこういうの得意らしくて、わざわざ作ってくれたから嬉しいだけで」
「うそだぁ。ピアスを贈るなんて相当ですよ。……もしかして向こうはその気だったり?」
「うーんそれはないと思うけど」
「えー」
それは流石にないだろう。
後輩として可愛がってはもらっているけれど、そういうのは、…なんだかあまりイメージがつかない。
失礼だけれど先輩がそういう感情を持ち合わせているように思えないのだ。飄々としているから余計にそう思えるのかもしれないけれど。
「先輩、ってことは同じ仕事してるんですよね?……シャンディさんってなんの仕事をしてるんですか?あの大迫力の運転、普段からしてるってことは……もしかしてアブナイお仕事?」
「いやいや、いたって健全で、ホワイトな企業だし。」
…ばれたら怒られそうなことは多少してるけど。
そんな言葉は飲み込んで苦笑する。
「そうなんですか?その割には大分ノリノリでしたよ。怪しいなぁ」
「う、それを言われると返せない…ごめんね、ビックリしたでしょ」
「……実はちょっとだけ楽しかったです。王都の襲撃があってから…滅入ってたところもあったから」
「……」
茶色の目に月が入り込んでキラキラと輝いている。まるで宝石のようだな、なんて。
イリスちゃんは目を細めると少し黙って、膝を見つめる。友達も家族も失って、一人で過ごす夜がどれほどまでに寂しい事か。
彼女にはダスティンさんやタルコットくんたちがついているとはいえ、それでも彼女の日常を構成していたもののほとんどが無くなってしまったのだ。
それがどれだけ空虚なことなのか、私は知っている。
私も思い出す。全て投げ捨てて独り走った夜のことを。
悲しくて、苦しくて、寂しくて、悔しくて…どうして、ばかりが頭を巡っていた日のことを。
それを支えてくれた人は、私に一体どうしてくれたっけ。
ピアスが揺れて、月の光を反射する。
先輩は私に何をしてくれただろう。
「……明日さ」
「?はい」
「レスタルムについたら、ショッピング行かない?私の仕事場……っていうか家がレスタルムにあるんだけど、そのおかげで少しは詳しいんだ。美味しいご飯食べれる露店も、かわいいアクセサリー売ってる場所も知ってるから、案内できるよ」
「わあ素敵!行きたいです!」
「好きなアクセサリー買ってさ、ぬいぐるみとか、洋服とか、パーっと買って美味しいもの食べよう。それでみんなでケーキとか食べたりして、ゆっくりお風呂に入って、リウエイホテルのふかふかのベッドにダイブするの。どうかな?」
「ふふ、考えただけでワクワクしちゃうなぁ。」
イリスちゃんは楽しそうな声をあげる。
私は、レスタルムの街並みを思い出しながら、先輩に連れて行ってもらったお店たちを上げていく。
辛いとき、悲しいときだからこそ好きなことをする。
ただの受け売りだけど、そうやって私は立ち上がってこれた。
だから今度は私が誰かを支える番だ。
「ね、イリスちゃんの好きなこと沢山教えてほしいな。
どんな服が好きとか、ケーキは何が好きとか。そういうの」
私とイリスちゃんは、しばらく夜風に当たりながらレスタルムに想いを馳せて、そうやって深緑の森の中で夜を過ごして行った。
オレンジ色の光で照らされた長いトンネルを抜けて行くほどにイリスちゃん達の目がキラキラと輝いている。
外からの光と、人工のオレンジは綺麗に瞬いていてフロントガラスを鮮やかな色に染めていた。
「わぁ…!綺麗!」
「このトンネルを抜けたらレスタルム。メテオで動く商業の街、だよ。」
昨日はなんだったのかと思うほど、チョコボポストを出た先は穏やかだった。
道中、タルコットくんとジャレッドさんがカーテスの大皿についての話をしていたり、夜更かしして眠そうなイリスちゃんがいたり、険しい顔をしているダスティンさんがいたりと、ラジオは切ったままだったけれど随分と賑やかな車旅だった。
けれどそれももう終わりだ。
少しだけ残念な気持ちになりながら、ゆっくりと車をパーキングへと向けて行く。
相変わらず人の多い街だ。
メテオが近いから、蒸したような暑さが車のエアコンから流れてくる。
「ここがレスタルム!すごい、大きい!」
「わぁ、みてくださいイリスさま、あそこに美味しそうなお店がありますよ!」
車の扉を開けるなり、イリスちゃんとタルコットくんは飛び出して行った。ジャレッドさんをダスティンさんが支えてあげながら後を追う。
私は車の鍵をかけると、最後尾をゆっくりとついて行った。
実に1ヶ月半ぶりの本社と自宅のある街だ。
相変わらずじっとりと汗をかきそうな湿度と気温をしている。市街の方からは賑やかな声が響き、展望台付近には穏やかな雰囲気が漂っている。
大通りを進んだ先にメテオ・パブリッシングの本社があり、
…私と先輩が溜め込んだ仕事達が……待ち構えている…。
……本当に…いやだ……
思わず遠い目になりながら、ふ、と息をついて楽しそうに露店を覗き込んでいるイリスちゃん達に声をかけた。
「イリスちゃんたちリウエイホテルに泊まるんだよね?」
「はい!…シャンディさんは?」
「私は家があるからそっち。……その前に本社に戻るけど。じゃあデートは明日にしようか?昼前くらいに迎えに来るよ」
「ふふ、そうですね。エスコート、楽しみにしてます」
他人がいたらできない話もあるだろう。
いたずらっぽい笑みを浮かべたイリスちゃんに、私も含み笑いを浮かべると、手を振って彼女たちとひとまず別れるのだった。
久しぶりに本社の前に来た。
私は「よし」と一度襟元を直すと、ホールへと足を踏み入れる。
久し振りに見かける受付嬢や、ここ数日の波乱で青色通り越して土色の顔をした他部署の記者がソファで伸びていたり、喫煙所の灰皿がいつもより山盛りだったり…死屍累々とした社内を進んでいく。
お疲れ様です…こっそり心の中で合掌を繰り返しながら階段を上り。
そして、部署の入り口で私は一度大きく息を吸った。
よしっ
「っお疲れ様です!シャンディ戻りました!」
「…ゔ、は、あ? …………シャンディ…?!」
「うおお人手だ…!!」
「ディーノは?!あいつはどうした!ついにくたばったか!?」
「部長ォ!寝てる場合じゃないっす! 人手! 人手ですよ!」
「……うわぁ…」
思っていた以上に地獄が広がっていた。
これはアレだ。いわゆる腐海だ。
カップヌードルにエナジードリンク、人、破り捨てられたメモ帳、人、ブランケット、人…とにかく壮絶な戦いがあったことを示す遺品たちがゴロゴロと転がっている。
そして私の声で目が覚めたらしい死霊の如き人々が…仲間たちが唸り、蠢き、立ち上がった。
「み、皆さん、お疲れ様です…」
「……シャンディお前どんな運してるんだよ、この間も忙しいとき出てたじゃん……なんなんだよホント」
「ディーノの奴こーいうことに関してはめちゃくちゃハナが効くからなぁ。
まんまと逃げ果せたって訳だろ。…付き合わされるシャンディも運がいいんだか悪いんだか」
「ははは……」
ため息交じりに机に沈んでいく同僚たちにごめんなさい…と手を合わせて、私は机の前に座った。
案の定積み上がった書類の山たちにげんなりする。
それでも他の人たちの机の上も似たような有様なので文句は言えない。
「さて。…仕事をしますか!」
私はまた一つ気合いを入れ直すと、積み上げられたデスクの上の書面に手を伸ばした。