マーガレットの火葬
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借りて来た車を走らせる。
後部座席に途中で拾った怪我人を乗せて、私はまっすぐ前だけを見ていた。
ロジェが市民を手当てをする声を聞きながら、頭の中にあるのは黒煙だ。
被害はどれほどなのだろう、陛下は、王の剣は、ベリアや王都警護隊の仲間たちは、無事なのだろうか。
心臓の底で疼く焦燥感とはうらはらに、車はゆっくりとハンマーヘッドへ向けて走って行く。
ハンマーヘッドに着くと、そこには王都から逃げてきたのだろう人たちがポツポツと見受けられた。
思ったより人が少ないのは、ここがまだインソムニアから近くて巻き込まれると思ったからなのか、それとも他の町へと向かったのか……それとも。
一瞬頭によぎった考えを振り払って私は車を停めた。
後部座席で横になっていた人を休ませられる場所を探してレストランに入る。
ずんずんと大股で入りすぎたのか黒い肌の男性が訝しんでカウンターの向こうから見てきた。
「あ、あんた、王都から来たのか」
「ええ。怪我人がいるので休ませられる場所を探しているのですが、ここのボックス席を一つお借りしても良いですか?」
「もちろん。今丁度王都の事件を知って…ここを無料開放しようとしてたところだ。手伝ってくれないか?」
「わかりました。」
おどおどとしていたが、良い人そうでよかった。
私は一度車に戻ってロジェに声をかけると、怪我人をボックス席まで運んで、それから店内の客たちと協力して怪我人を受け入れられるだけのスペースを作った。
そうして時折やってくる怪我人や命からがら逃げて来たお年寄りや妊婦さん、はぐれてしまった子供を受け入れて全員で手分けして応急処置をした。
「おかあさん、」泣いている子供の頭を撫でてやる。
この子の両親もきっとここにたどり着いてくれると信じて、私は面倒見の良さそうな老婆に子供を託す。
「ああ、もう日が暮れる」
ロジェの呟きに顔を上げると、夕陽が沈んで行く時間だった。
大地を一際赤く照らして地平線を輝かせて行く。悲しくなるくらい美しい夕陽だ。ここは平地だから邪魔するものなどほとんどない。
思わずその沈んで行く夕陽の美しさに目を奪われていると、ロジェの携帯が鳴った。
ディスプレイを確認するや否や慌てた様子で電話に出るロジェ。
「おいベリア無事か?! ……うん、そうかよかった…今はハンマーヘッド…怪我人受け入れてるところ。…ああうんまぁちょっと…はやくお前も来いよ、会わせたい人がいるんだ」
ちらりとロジェがこちらに視線を送って来たので私は小さく頷きを返した。
電話の相手はしんがりを務めてくれていたというベリアらしい。
よかった、彼女も無事にインソムニアを出られたのか。
胸を撫で下ろして、沈みきった夕陽の残光を眺める。
これからの時間はシガイも出てくる。
ベリアたちと行動してる市民たちはまだしも、ここに来た人たちみたいにパラパラとはぐれてしまった人は……
ギリ、歯噛みする。こんなのが許されて良いはずがない。インソムニアの中で亡くなった人も、今も助けを求めている人も合わせたらどれほどの命が散っていったのか。
「……ベリアから今連絡が入った。市民を数十人連れてこっちにくる。怪我人がいるから、数人分スペース空けておいてくれって。…それから少し遅れて王の剣も来るらしい。」
「!剣の人たちも無事だったの?」
「しっ、闇に紛れて秘密裏に動くらしい。不死将軍が率いてるみたいだ」
「コル将軍……さすがだね」
「ああホントに。恐れ入るよ」
ロジェは柵に腰掛けて深いため息をついた。
お疲れ、苦笑混じりに私も隣に腰掛ける。彼にとって怒涛の1日だったろう。そりゃため息も吐きたくなるものだ。
しばらく2人で静かに夜に染まっていく空を見上げていた。
茜色は地平線の向こうから徐々に紫へ、そして紺色へ。遠くに見える山々は黒く影を落としている。
先に口を開いたのはロジェだった。
「……シャンディさ、元気だった?」
「うん、……まぁそれなりには」
「そうだよな、……」
「…………」
「……あの、さ」
「うん」
「あの日、…ごめんな」
「え?」
思わずロジェの顔を見る。
四年前とあまり変わらないように感じていた横顔だったけど、こうして改めて見ると顔つきがすっかり大人のソレだった。
私の方を見ることなく、ハンマーヘッドのトレードマークの屋根を眺めている。
「シャンディが誰より辛かったのに。…俺たちみんな……怖がった」
「そりゃ…仲間が死んでたら……驚くし、私もすごい顔してたかもしれないし…怖くなって当然…だよ」
「そう言ってくれるのか…ありがと……」
「ううん…それに謝らなきゃいけないのは私の方。……突然逃げてごめん」
「そりゃあんな事があったら俺だって逃げるよ。…怖かったよな、ごめん」
「…私こそごめんなさい、みんなのこと信じきれなかった…」
「俺だってそうだよ。……こんなときだからこそ…余計思うよ」
ふ、とロジェはため息にもならない吐息を漏らして私を見た。あの日の夜とは違う優しい視線だ。
私が初めて見るこの表情はきっと四年経った今だから見れる顔なんだろう。
ロジェはこんなに大人になったのだ。ベリアやフィッツたちもきっと。
「……。ナターリヤ、なんだけど」
「…………」
「インソムニアの墓地に埋葬してある。…即死だった、って」
「……苦しまなかったんだ…よかった…のかな」
「せめてもの救いだよ…いつか…インソムニアを奪い返したら墓参りに行ってやってくれよな。
俺たちもついてくし」
「うん……まさかこんなことになるなんて…もっと早く、帰ればよかった」
私の懺悔にも似た呟きに返事はなく、暗闇の中に溶けて消えて行った。
そのまま2人で国のことを、王のことを、親友のことを、あの夜のことを思い出していた。
ナターリヤ、ごめんなさい。逃げるなってナターリヤにも散々言われてたのにね。
グッと目の奥が熱くなる。泣かないように俯いたのを気配で察したのか、ロジェは努めて明るい声を出した。
「…………ところでシャンディさ、今なにやってんの?」
「ん……今はね、記者してる。」
「記者ぁ?シャンディが?」
「そうだよ。しかも大手企業なんだから。…………変な人ばっかだけど」
「なんだよそれ」
そうして私たちは、ベリアと市民たちがハンマーヘッドに着くまでの間、お互いの話をしていた。
ロジェもベリアも王都警護隊のリーダーになり、ベリアは特に新米の指導にも当たるほどになったのだと言う。フィッツは警護隊から王の剣の1人として昇格を控えていたらしい。
「アイツずっと王の剣に入るんだって意気込んでたからスゲー喜んでたんだよ。
まぁ今回の事件でしばらくお預けだろうけどなぁー」
「フィッツかわいそう」
心地の良い空気に、私は久し振りに肩を揺らして笑ったのだった。
ベリアと再会した私は、それはもうめちゃくちゃに怒られた。
え、…は?シャンディ?!嘘でしょ、生きて…るのよね、…ていうか、心配したんだけど?四年も音信不通って、謝らせてくれたって良くない?チームメイトだよね?
ほんと…生きててよかった、会えると思わなかった、あーーもう会ったら言おうとしてたこと全部吹き飛んじゃったじゃん!?ていうかロジェも電話で教えてくれなかったの酷くない?!
ベリアは私を見るなり矢継ぎ早に言葉を浴びせて来て、私がごめんと謝るより先に「……久しぶり」と震える腕で抱きしめてくれた。
そうやって3人で話ししているうちにすっかり夜も更けて日付が変わろうとしている。
王都から逃げて来た人たちは疲れも溜まってすっかり寝入っているし、起きているのは夜の見張りをしている私たちくらいだ。
あとは事務室の灯りが消えてないから、もしかしたらシドニーさんかシドさんは起きてるのかもしれない。
私たちは帝国兵が来ないか見張りながら、王の剣のがハンマーヘッドに着くのを待っていた。
コル将軍は無事ということだけれど、他のメンバーはどうしたのだろう。2人もそれが気になるのか、休もうとはしない。
ショップで買って来た温かい飲み物もすっかり冷えてしまった。
と、バイブがポケットで振動した。
ディスプレイには『ディーノ先輩』の文字。あ、そうだついたら連絡してって言われてたんだっけ…すっかり忘れてた…!
「ごめん電話だ」
「いいよ」
先輩怒ってるかなぁ…どんよりとそんなことを考えて、ため息をついた私は少し躊躇ってコールをとった。
「もしもし」
『あ、シャンディ生きてる?』
「斬新な挨拶ですね、生きてますよー」
『ならいいんだけど。今どこ?』
「今はハンマーヘッドです。王都には入れなくて」
『事件でしょ、こっちにまで情報きた』
「…その後どうです?盗ち…ンンッ…情報は」
『シャンディが出て1時間くらい?でもうダメ ブツリとも言わないし 多分そっちに行ったんじゃない?』
インソムニアへ向けてグレーの空を突っ切る鉄の塊を思い出す。
あの全てが、あの通信を聞いていた。
そして王都を破壊し、人を殺した。
……一生忘れてやるものか。
目を伏せて奥歯を噛みしめると、私は深く息をついて会話を再開する。
「……先輩はこの後どうするんですか?」
『俺はまだ残るよ なーんか情報入るかも知んないし、船が動くかも知んないし?シャンディは?』
「私はひとまずここにいる人たちがどうするか聞いて…それから考えます。」
『了解~、ま、あの男の事もあるし気をつけて』
「先輩もです」
『はいはい。じゃ、また連絡する おやすみシャンディ』
「わかりました、…おやすみなさい」
通話を切ってもう一度ディスプレイに表示されている文字列を眺める。なんだか一気に疲れが出てきた気がする。
倦怠感を振り切って顔を上げると、さっきまでそこで話していたロジェとベリアがいなくなっている。思わずそこを凝視してから辺りを見回すと、さっきまで電気の消えていたガレージから灯りが漏れている。
2人ともあそこへ行ったのだろうか。
私は冷え切ったエボニーを飲み干してゴミ箱に投げ入れると、ガレージの方へ向けて歩を進めた。
オレンジ色をした光りが漏れ出ている。
近くまで行くと人の声がかすかに聞こえてきた。男の人のようだけれど、いったい誰が
「誰だ」
「!」
低く鋭い声に肩がビクリと跳ね上がった。
思わず踏み出しかけた足を止めて息を詰める。次の一手次第では敵とみなすぞ、と言わんばかりの覇気を感じて私の足はすくみ上った。
「シャンディ?」
「う、うん。そう。ベリア?中にいるの?」
「…将軍、彼女はもともと私たちと同じチームにいました。敵ではありません」
ベリアの静かな声にピンときた。
そうか、私が先輩と話している間に将軍が着いたんだ。人目を避けてるって話だからこんな場所で。
将軍は黙り込んで思案しているようだった。
当然だろう、私はもう王都警護隊ではないし将軍との面識なんて無いに等しい。
帝国が侵攻している今、秘密裏に動く人たちの情報を知る者は少ない方がいいに決まっている。
私は深呼吸を一つすると、姿勢を正した。
「…お初にお目にかかります。王都警護隊57部隊…元所属のシャンディと申します。現在は『メテオ・パブリッシング』で記者をしております。」
「……記者?」
「はい。……もう警護隊は抜けてしまいましたが、この度の惨状、大変心苦しく受け止めております。不束者ではありますが、私に何か手伝えることはありませんか?もちろん…王に誓って情報漏洩や偏向報道はしません。」
「……」
「もし不信であると判断されたのであれば、私はこのままレストランに戻ります。
……けれど、正直言いますと、故郷をめちゃくちゃにされて気がおかしくなりそうなので、私にもできることがあると嬉しい、です。」
王都に続く道でロジェに会わなかったら私は王都に乗りこんでいたかもしれない、こうして怪我人や身重の人たちの看病に追われていなければ、寝れそうに無い夜にロジェたちが付き合ってくれなかったら私は。
ラジオで話していた花の植えられた道を楽しそうに歩いていく人がいただろう。
大手デパートの特売をチェックしていた人がいただろう、お祝いムードの街中に心浮立つひとも、いつもと変わらない日々を過ごしていたひとも、帰ったらケーキを買おうと考えてひとも、全部全部全部全部、鉄の塊に押しつぶされてしまった。
なによりも、レギス王を裏切った帝国が許せない。
穏やかな目をして、感慨深げにインソムニアを、新人の警護隊員たちを見つめていたあの人を帝国は裏切った。
ご無事であってほしいが、ここにコル将軍がいるという時点で…嫌な予感ばかりが頭をよぎるのだ。
しばらく無言が続いた。
そしてシャッターの向こうから吐息が聞こえてくる。
「悪いが、信用するのは難しい」
「…………」
やっぱり、だめか。
当たり前だ。
相手は王都を出ていった得体の知れない女で、しかも記者だ。
いくら中にベリアやロジェがいるとしてもコル将軍は人目を避けてこんな時間にハンマーヘッドにくるほど秘密裏に動かなくてはいけない密命があるのだろう。
ならば、そんな女に情報を話す必要など皆無なのだから。
私は少しの落胆と諦めで目を伏せた。そんな虫のいい話あるはずもない。
心の中で、そうですよね。呟いて顔を上げる。
それでもきっと私にもできることは他にあるはず。
「分か…」
「信用は難しい、が。……急病人を運び、手当てをしてくれたこと、感謝しよう。
それから、よく、生きていてくれた」
「!」
驚いて目を見開く。どうしてコル将軍が?
「君のことは、グラディオラスから聞いている。
何年も前だが、アイツにしては酷く後悔しているようだったからな」
「……グラディオ、が。」
「ああ。……だからこれは独り言として聞いてくれればいい」
「……」
「…陛下は逝去なされた。……ノクティス王子とルナフレーナ様も」
「……」
「メディア【には】そう伝えなくてはな。…事実がどうだろうと」
「!」
静かに淡々と語られる言葉の中に優しさを感じて、シャッターの向こうの人に一礼をした。
ありがとうございます、私はそう呟くと足音が聞こえるように音立ててガレージの前を離れた。
急いで電話帳を開いて名前を探す。
目的の人物の名前を見つけてコールボタンを押した。
深夜だけど多分起きてるだろうし、本社にいるだろうなんて予想して相手が出るのを待った。
少し長めにコールが鳴って、そして出たのは私と先輩のさらに上の人。
『はぁい、久しぶりだねシャンディ。』
「ビブさん深夜にすいません。いま大丈夫ですか?」
『んー。あんまり大丈夫じゃないかなぁ、聞いた?王都の事件。今そのことで本社は大混乱しててさぁ、インソムニアにいた社員たちと連絡取れなくって』
「……それは」
『まぁそれは追い追い調べるとして。
こんな夜中に直接掛けてくるってことは大大大ニュースってことかな?』
受話器の向こうでひっきりなしにコールが鳴っていて、人の怒号が飛び交っているのが聞こえる。
たしかに本社も大混乱してるようだった。私は携帯を当て直して、辺りに誰もいないことを確認した。
「実は今私ハンマーヘッドにいて」
『……ん?シャンディちゃんはディーノと一緒じゃなかった?』
「先輩はガーディナに。ちょっと色々情報拾って…私だけこっちに来たんです。」
『なぁんか含みのあるカンジだね。で?で?』
「…王都の中には入れませんでしたが、あるスジから情報を得ました。……あの、ビブさん」
『?』
「たしか、ラジオ局にも繋がってましたよね。できればラジオで流して欲しいことがあって」
『……内容にもよるけど…話してごらん』
「レギス陛下は崩御されました。」
『…………』
「それからノクティス王子と、ルナフレーナ様も亡くなられたと、報道してもらえませんか」
今朝ガーディナにノクティス王子たちがいて、しかも先輩がなにやらパシリをさせているということだったから王子はまだガーディナにいるか、それとも王都に向けて移動しているだろうから無事だろう。
ルナフレーナ様に関しては不明だけれど、先ほどのコル将軍の言い方からしてきっと無事なのだと…信じたいところだ。
……先輩、なんで突然王子におつかいさせたのかとか思ってたけど、もしかして王都が襲撃されることをなんとなく予想していたんじゃないだろうか。
きっとアレはお忍びの旅行だ、居場所を突き止めるのは難しい。
ならば帝国兵は今頃ノクティス王子たちを血眼になって探しているだろう。
(……あの人本当にイオスで知らないこと無いんじゃないの)
ヘラヘラと笑っているのにそこまで考えていたのだとしたら恐ろしい。
ソレについて、どうなんですかと問いただしたって躱されて終わりそうなので私は頭を振って考えを振り払った。
触らぬ神に祟りなし、だ。
受話器の向こうでビブさんは何やら考え込んでいるようだった。
静まり返った分本社の中で飛び交う言葉が聞こえてくる。
王都のダメージがどうこう、王の剣はなにをしているだのどうのう。
私は黙ってその声を聞いていた。どれほどだったか、ビブさんの声が聞こえて意識を戻す。
『そうだね、わかった。じゃあ今すぐにでも記事を上げてラジオで流そう』
「!ありがとうございます助かります!」
『その代わり。』
「う」
『一度レスタルムに来てくれるかい?その情報の件と……あと出張の延長申告出してないでしょキミ。事務部が「なんか1週間分しか出てないんですけどケアレスミスですかねこれ?」って首傾げてたよ』
「ゔ…」
『まっ、元気な声聞けてよかったからさ。近いうちに顔だして。』
「わかりました……」
『じゃあ気をつけて、あんまり気張りすぎず休み取りながら作業してね~』
「はい、ビブさんこそ。」
通話を切って、頭を振る。
延長申告ミスは私じゃなくて元を辿ればディーノの説明不足が原因というか、ミスって言うよりは巻き込み事故みたいなものであってですね。
ため息をついてこめかみを抑える。怒られるだろうなぁもう…。
って、そうじゃなくて。死亡報道だ。
王子たちが死んでいると報道されれば帝国は名目を立てにくくなるだろうし、その分動きやすくなるはずだ。
それにルシスの民たちも王子はどうしたと目くじらを立てる事もなくなるから、今後王子たちがどうするのか知らないが多少はやり易くなった…と信じたい。
コル将軍もそれを期待して死亡したと告げたのだろう。…ノクティス王子には悪いけど。
私は携帯をポケットにしまうと、一度明かりがついたままのガレージを見て、そのままレストランの中に戻った。
あーあ。長い、長い1日だったな。
電気のほとんど落とされたレストランの中には疲れ切った人たちの寝息が満ちていて、何故だか私はそれに酷く安心して奥の厨房へと足を進めるのだった。
「っあ、あぁ、君か…どうした、腹でも減ったのか?」
「うーんまぁ小腹も空いてるんですけど……差し入れしようと思って…」
「差し入れ…なら手軽な方がいいか?」
「そうですね、何人いるか分からないので…大皿がいいのかな」
「……誰が来てるのか…深くは聞かない。わかった、手伝おう」
「いいんですか?助かります」
ガレージの人たちが何をしようとしているのか知らないけれど、少しくらい休憩はした方がいい。それは私やビブさんだけじゃなくて、王都から逃げてきた人たち全員そうだ。
空腹は、生きる気力も体力も奪っていくのだから。
私はレストランの店主、タッカさんからエプロンを借りて「よし!」と意気込んだ。