理想の身長差
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「話すよ、とは言ったんだけど」
幸村くんは眉を八の字にさせて笑った。
「実は、きっかけらしいきっかけは無いんだよね」
「……えぇ?」
こんなに散々引っ張っておいて!?
その襟元をつかんで揺すりたくなる気持ちをうんと堪える。なんだか気が抜けてしまった。
幸村くんはいつの間にやら食べ終えていたお弁当箱の蓋を閉めた。ぱこん、間抜けな音にハッとすると、私のお弁当はまだ三分の一程度残っている。
「食べながらでいいよ、聞いてくれるかい」
いいよと言われても……。しかし、午後に腹の虫が大合唱してしまう事態は避けなくてはいけない。大人しく従うことにする。
「そ、それじゃあ、失礼して……」
「うん、どうぞ。集中して聞かれると流石に恥ずかしいしね」
うぅ、何か釈然としないなぁ。
ぱくり、口に入れたきんぴらごぼうがしゃきしゃき音を立てる。自然と背中が丸まってしまうけれど、今だけは許されたい。
「どこから話そうか」
うーん。悩んでいる素振りをしていながら、幸村くんの口はにんまりと弧を描いている。どこか楽しそうである。
な、なにゆえ。
「名字さんって、よく南湘南駅を使ってたよね」
「えっ? は、はい。塾がそこで」
「そうだったんだ? 俺、最寄りそこなんだ」
「そうだったんですか!?」
評判の良い学習塾に通うため、わざわざ電車に揺られていた中学時代。まさかそんな偶然が起こっていたとは。
「名字さん目立つから、よく見かけてて」
「あぁ……」
186センチともなると、人混みの方がより目立つ。何故なら基本的に頭ひとつ抜きん出ているからだ。電車の中なんて特にそう。
しかしまさか、覚えられるほどとは……。
「だって君、いつも人助けばかりしていただろ」
「へ?」
人助け、とは。
「お年寄りや妊婦さんに席を譲ってたり、知らない人を相手に道案内したり……あと、痴漢を捕まえたりもしてたよね」
「な、何故それを!?」
「だから、よく見かけてたって言ったろ」
ニコニコ、幸村くんはやはり笑っている。
は、恥ずかしい!
何がって、なんか、ちょっと、偽善者ぶるじゃないけど、本心からそういうことはしていたけど、だけど、見られてたって今になって知るのが物凄く恥ずかしい!
「そうだな。敢えて言うなら、今時こんな若者も居るんだな、なんて思ったのがきっかけだったかもしれない」
君を好きになったきっかけ。
ふふふと幸村くんは嬉しそうにする。
「俺、中二の冬から中三の夏まで入院していたんだけど」
箸が止まった。
内部進学の友達から聞いたことはある。
凄く大変だったらしいけど、本当のところはよく分からないこと。幸村くんが入院中にクラス宛に書いた手紙が、学校便りに印刷されて全校生徒に配られたこと。そこには、退屈だけど元気だという風に書いてあったこと。テニス部の面々は不安そうにしていたこと。復帰後の幸村くんが、奇跡だなんだと持て囃されていたこと。
「その間は必死で、正直に言って君のこともすっかり忘れていた。ようやく退院した頃には色々変わっていて驚いたよ。少し不安にもなったかな」
だけど、と幸村くんは続ける。その目は遠くの方を見ていた。懐かしむように、愛おしむように。
「君は君のままだった。まだ覚えてる。退院した後初めて電車に乗った時、入院の前と同じように君がいて、同じように席を譲っていたよ。だから凄く安心した。ほっとした。俺は日常に帰ってきたんだなって」
何も言えない私に、幸村くんは柔く微笑んだ。
「それから、意識的に君を探すようになって……でも、結局話しかけられなかった。だってストーカーみたいだろ。そうして迷っているうちに、駅で君を見かけることも無くなって、諦めなくちゃなぁなんて思っていたらさ」
ぱ、と目が合う。幸村くんの瞳がとろけるように細められていくのを、私は見ていることしかできなかった。
「なんと入学式に、俺と同じ制服を着た君が居るじゃないか! 運命だって思ったんだ、こんなこと二度と無いって」
でも……、と一気に幸村くんは声のトーンを落とす。
「やっぱり、話しかける勇気が出なくて……クラスも部活も違うし……委員会も被らなかったし……なのに蓮二とは仲いいみたいだし……何だか変なことになっちゃうし……本当はちゃんと告白するつもりだったんだ、ちゃんと色々考えて、タイミングとか色々と図ってたのに……」
さっきまでの笑顔は何処へやら、幸村くんはすっかりへこんでしまった。
何だか変なこと、というのは昨日のアレのことみたいだ。
「あっ。えっと、そう。君を好きになったきっかけはこんな感じなんだけど……納得してもらえた?」
おそるおそる、頷く。幸村くんはほっとしたように表情を和らげた。
というか、幸村くん。
「幸村くんって、意外と表情豊かなんですね……」
「えっ?」
びっくりした。
嬉しそうに私の話をする幸村くん。懐かしそうに昔の話をする幸村くん。自分の行動に落ち込む幸村くん。
なんというか、失礼だけど人間味が溢れているというか。もっと大人っぽい人だと思っていた。
「……俺を何だと思っていたのかな」
「いや! あの! 違くて! ……うぅ、すみません」
「アハハ、いいよ。もっと俺のことを知って欲しい、こんな風にね」
なんて話をしていると、予鈴が鳴ってしまった。大変だ、急いで教室に戻らないと。
と、立とうとした所で気が付いた。
お弁当食べ切ってないよ!
幸村くんも遅れて気が付いたらしく、目尻に涙を浮かべて笑っていた。
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