理想の身長差
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友達になってしまった。あの、幸村くんと。
改めて心の中で呟くとどうしても恥ずかしくて、机に突っ伏してしまう。
あのあと幸村くんは、それじゃ、と踵を返してしまった。
私はと言うとしばらく放心状態になって、慌てて教室に帰ってきたわけだけど。人はまだ疎らで慌てるような時間ではなかったので一人だけ汗だくで余計に恥ずかしかった。
ただでさえ身長のせいで目立つのに、もう消えてしまいたい心地だ。席が廊下側の一番後ろだったのが唯一の救いか。
「名字」
前方から声が掛かる。うちのクラスでは2番目の長身、柳くんだ。
1番目は私。席替えで前後の席になってしまい、ここら一帯だけ圧が凄いだのなんだのと教師陣からは弄られまくっている。つらい。
遂には他の高身長の人達(当然のように男子のみ)と共にでっかいものクラブと呼ばれて一括りにされている。
中でも柳くんは性別をガン無視した驚異の成長結果を誇る私に興味が湧いたらしく、入学式直後から割と話し掛けてくれていたのでちょっぴり仲良しさんだ。
おはよう、そう挨拶をする前に柳くんはその薄い唇を開いた。
「俺が言うのもなんだが、精市は中々の優良物件だと思うぞ」
「ぶっ」
思わず吹き出してしまった。
「な、」
「なんで柳くんがその事を。と、お前は言う」
ふっと笑ってから柳くんは続けた。
「精市が言い触らしたわけじゃない。ただ、お前達のデータは殆ど出揃っているからな。これくらいは容易いものだ。お前、どうせ振ったんだろう」
「振っ、違うよ! その、答えられなかっただけで」
「それを一般的に振ったと言うんだ。だが、精市はそんなことで引き下がるような男ではない。まずは友達から、などと言われたんじゃないか」
ぽかん、と口が開く。
幸村くんはともかく、私と柳くんの付き合いはまだ浅いが、それでもデータは出揃ったなんて言い切れる。そこが柳くんの恐ろしいところだと何となく分かるようになってきた。
「……柳くんのそれ、本当に凄いなって思う」
「恐悦至極だ」
「なにそれ、どうしてそんなに堅苦しいの」
「何せ我らが元部長の将来の相手だからな。敬意は払っておくに越したことはない」
「!?」
将来の相手って!
柳くんはクククと喉を鳴らしている。か、からかわれてる。全力でからかわれてる。
「まぁ、俺はお前のことも精市のこともある程度は把握しているということだ。何かあればこの柳蓮二を頼るといい。力になろう」
緩む眉間、下がる目尻。見る者を安心させる笑みだ。
加えて柳蓮二という人物の人柄を少し知っていれば、彼が義理堅く誠実であるのは分かりきっている。
私はほっと息をつくのと同時に、胸に詰まったものを吐き出そうとした。
───したであろう。もう少し前の私ならば。
「……それって」
「うん?」
柳くんは珍しく油断したように小首を傾げる。ちょっと可愛い。
くそぅ、これだから顔の整っている人間は。
「応援とかじゃなくて、データ収集が主な目的だよね」
一瞬、沈黙が訪れる。
「精市とは今日で実に三年と二ヶ月と三日の付き合いになるが、こと恋愛に関してはデータが少ないからな」
「……」
私と柳くんの付き合いは長くはないが、消して短くもない。だから流石に分かってきた。
彼は確かに義理堅く誠実だが、それ以上に自らの知識欲に驚くほど従順なのである。
つまり柳くんに相談をしてしまった場合、恐らく彼はそれをダシに幸村くんから情報を得ようとする。
そして更にその情報を私の前でチラつかせ、私からまた新たなデータを引き出そうという魂胆である。
その繰り返しで私と幸村くんの両方のデータを隅々まで集めるつもりなのだろう。
その手には乗るまいと思うが、しかし今後私が柳くんをただの一度も頼らないという状況は想像できない。幸村くんも同様なのではないだろうか。
柳くんは、それを分かっているから手の内を明かしても平気なのだ。しれっと悪魔なのだ、この柳蓮二という男は。
観念してひとつ、問い掛けてみる。
「柳くんは、知ってるの」
「何をだ」
「幸村くんが、」
言葉に詰まった。じわじわと熱がぶり返してきて思わず俯く。
「ゆきむら、くんが……なんで私を、その、す、き……なのか」
恥ずかしくて堪らなくて、俯いたまま固く目を瞑る。柳くんはすっかり黙り込んでしまった。
な、なんで。
やっぱり幸村くんが私の事を好きなんて、ありえない? 昨日やさっきの事は夢かまぼろし? 私がただやばい妄想女だっただけ?
いっそそうならいいのに。そうなら、私がこんなに悩むことも無いのに。
知らないなら知らないでいい、言いにくいことだっていい、とにかく早く答えが欲しい。はやく、柳くん。
「教えてあげようか」
りん、鈴の音のような声がするりと耳に入り込む。
柳くんの声も涼やかではあるが、しかしこの声は、そんな、まさか。
「お昼ご飯に誘いに来たんだけど、なんだか面白い話をしていたから。つい盗み聞きしちゃった。ごめんね。昼休み、迎えに来るよ。一緒に食べよう。その時に話すね」
おそるおそる顔を上げると、廊下側の窓のアルミサッシに腕を預けた幸村くんがにっこりとした笑顔で恐ろしいことを言っていた。
ばっと勢いよく柳くんを見る。心なしか顔色が悪い。よかった、嵌められたわけじゃなかったみたいだ。
いや、でも、この状況、なんだ?
「……名字さん、嫌?」
「へ!?」
「俺とお昼を食べるのは嫌かい?」
まさかそんなことはとブンブン頭を横に振る。しかし幸村くんの不満そうな顔は晴れない。
「ずいぶん蓮二とは仲がいいみたいだね」
「そ……うですかね。そんなことないと思います、けど」
「……俺にはそう見えるよ」
羨ましいな。
幸村くんが呟いた途端、背後で黄色い声があがる。
びくりと肩を揺らし振り返ると大量の人、ひと。見れば廊下にまでそれは侵食している。
なんでどうして、と柳くんに縋ると、彼はやはり青い顔のままだ。
次に幸村くんに縋ると、彼は面白くなさそうな顔をぱっと笑顔に変えてしまった。
「もうすぐホームルームが始まってしまうね。教室に戻ることにするよ」
「そ、そうしてください」
「……」
ぴし、と固まってしまう幸村くん。柳くんが頭を抱えたのが見えた。
しまった違う、騒ぎがこれ以上大きくなる前に帰って欲しかっただけで、幸村くんを拒否したわけではなかったのに!
「名字さん、」
「ひっ」
にゅ、と窓から腕が伸びてきて反射的に目を瞑る。
そんな、弁明の余地もないなんて。
緊張で縮こまる私に、幸村くんは一体何をしようと言うのか。
ぽん。なで、なで。
擬音にするとこうだ。
優しく髪を撫でつけるあたたかな手のひらに、恐る恐る目を開く。
「いい子にして待っているんだよ。昼休みに迎えに来るからね」
呆けたように口を開けてぽかんとする私に満足気にして、幸村くんは隣の教室へと帰っていった。人だかりが自然と裂けていく様はまるでモーセである。
美女と野獣だ、ぽろりと零れた誰かの呟きが一斉に広まる。美女と野獣カップルの誕生だ。美女が野獣を手懐けた。
訂正する気も起きない言葉たちを放置して突っ伏すと、柳くんがひとこと。
「美女が精市で野獣が名字か。言い得て妙だな」
「柳くんなんてもう絶交だ……」
「それは困る」
まるで本当みたく困ったように笑う柳くんに使っているタメ口と、さっきの不満げに唇を尖らせていた幸村くんに使っている敬語の違いを、私はぼんやりと考えていた。
昼休みまでには、答えを出さなくてはいけないだろう。