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同級生の男の子がキスをしているところを見てしまった。
昼休み、四時間目に使った理科実験室に忘れ物を取りに行った帰り。滅多に人の通らない空き教室を何気なく覗き込むと、事は既に起きていた。
こちらに背を向けて座る彼女はすらりと背が高く、ウェーブがかった髪がカーディガンを撫でているのが印象的だった。どこのクラスの何さんかは分からないが、きっととても美人さんだろう。
その前に中腰になって、彼女の頬に手を添え唇を寄せている男の子。間違いなく、同じクラスの柳蓮二くんだった。
彼女の頭に隠れてほとんど見えなかったが、あのさっぱり切り揃えたさらさらの黒髪と長身、そして手首の黒いリストバンドは柳くんだろう。
凄いものを見てしまった!
柳くんは柔軟ではあるもののどちらかと言えば真面目な方で、そして私の勘であるが少々潔癖なところがある。
そんな彼が誰に見られるかも分からない校舎内でそういった行為に及ぶとは考えられなかったが、人は見かけによらないというわけか。彼女はいるのだろうと思っていたけれど。
ううむ。柳くん、やりおる。
「流石、大人だね柳くん」
「……突然なんの話だ」
私が教室に着いてからしばらくして戻ってきた柳くん。五時間目が始まるまではまだまだ余裕がある時間だ。
ふふふ、とぼけなくとも私はもう分かっているよ。
「勉強も部活も頑張ってるのに、彼女さんとも上手くやっちゃうなんて。普通昼休みに彼女と居たらギリギリまで離れたくないものだけど、柳くんはその辺り大人だよねって」
「……? ……、……待て。本当になんの話だ?」
「え?」
長考ののち、柳くんはまたとぼけだす。え、本当にバレてないと思ってるのかな。
仕方が無いので声のトーンを精一杯下げ、耳元でそっと囁く。
「さっき、空き教室で彼女さんとキスしてたよね?」
ぴし。柳くんは固まってしまった。
そうかそうだよね、クラスメイトにそんな場面を見られていたなんて、固まっちゃうよね。これは悪いことをしてしまった。
「あ、ごっごめん、見ちゃったのは見ちゃったけどあのでも一瞬だったし相手が誰だったかもよく分かんなかったからその、」
「精市だ……」
「え?」
この世の絶望を全て味わったかのような表情で柳くんは絞り出すように言った。
「キスなどしていない。さっきは精市と居たんだ。奴が目にゴミが入ったから見てくれと煩いから見てやっていた。お前は恐らくそれを見間違えたのだろう」
せいいちって、幸村精市くん。
そうか、通りすがりに一瞬目をやっただけだったし、椅子に座っていたから女の子に見えたのか。
奴、だとか煩い、だとか、あの柳くんが随分砕けた言い方をするなんて、余程仲が良いらしい。
「でも、こう、手を添えてたよね」
「それは……精市が」
「幸村くんが?」
柳くんはげんなりと吐き出した。なんだなんだ、今日の柳くんは表情が豊かだな。
「精市が、雰囲気が出て面白いからと……」
つまり狙ったやっていたわけだ。
「なぁんだ。幸村くんの狙い通り勘違いしちゃった。なんかごめんね、柳くん」
「いや……いや、構わない。悪いのは精市だからな」
悪いのは、精市だ。
何故か二度呟いた柳くんの顔は少しばかり悲しそうな感じがした。
今日は本当に色んな柳くんが見られる日だった。ちょっと親近感がわいてしまう。いつもの何事にも動じない柳くんも良いけれど、今日の方が私は好きだな。
なんて、さすがにクラスメイトを相手に言えないけれど。