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「仁王先輩って、意外と単純そうですよね」
ぽつんと言ってみる。隣を歩いていた仁王先輩は目をくりくりさせて小首を傾げて見せた。可愛い。
「そんなこと、初めて言われた」
心の底から不思議そうにしているので少しだけ笑ってしまった。そりゃそうだ。自他ともに認めるペテン師であるこの人を単純だと言う人間は稀に違いない。
しかしだからこそ私はふと思ってしまったのである。そしてそれを、手段として用いようとしていた。
「なんていうか……」
ごく、唾を飲み込む。
「些細なことで恋に落ちちゃいそう、みたいな?」
指をいじいじとしてしまうのがやめられない。私は、仁王先輩のことが好きだった。
「些細なことって、どんなん」
私は仁王先輩のことが好きだったから、仁王先輩と一緒に帰るためにわざと仕事をのんびりとこなし、真田副部長に叱られるような真似をして、大袈裟に仁王先輩助けて!なんて言って曲がった背中にしがみついた。
そうしたら仁王先輩は、おいおい勘弁しろよという顔をしつつも手伝ってくれるのだ。今はその帰りだった。
仁王先輩は、たぶん、少しだけ私のことが好きだ。
その好きという気持ちがどの“好き”なのかは分からないし、仁王先輩も巧みに隠しているけれど、ともかく仁王先輩は面倒事を共に引き受けてくれるくらいには、私を気に入っていた。
だからこれは賭けだ。
好きな人いるんですか。その一手さえ打てない私の、精一杯の。
「消しゴム拾ってもらった〜とか、そういうのですかね」
ふぅん。一言頷いて、仁王先輩はにま、と口角を上げた。
「まぁ間違っとらんけど」
「え!」
マジで!という声が思わずでかくなる。自分で言っておいてなんだが、意外だ。
可愛らしいギャップに悶えつつ、しかし今までそういう恋をしてきたのかななんて想像に胸を締め付けられつつしていると、その胸は次の瞬間握りつぶされてしまった。
「おんなじくらい些細なことで好きだからの」
愛しげに目が細まる。柔らかな声はどこか甘い響きがした。そんなに、好きなんだ。そんなにも好きな人が、いるんだ。
きゅうっと閉じかける喉を一生懸命こじ開けて話を続ける。ここで黙り込んでしまうのは、私のするような行動ではない。
「どんな些細なことで好きなんですか?」
「ん……姿勢がの」
「姿勢?」
「そう。姿勢が、本当に綺麗やった。この俺がつい見惚れるほどな」
ナルシストうざ、なんて軽口を言いながら足元の小石を蹴る。
姿勢なら私だって良いし。そういうのに厳しい親だったから、それだけはしっかりしてるし。仁王先輩てば、なんにも見えてないんじゃないの。どうせ仁王先輩が好きな人、めちゃくちゃ美人なんでしょ。結局顔なんでしょ。ばーか、最低。
「勝算、あるんですか」
「んー……確証は無かったんじゃけど」
「へぇ、あるんですね。よかったじゃないですか」
「おう。さっき、えらく遠回しに好きな奴おるんかって聞かれたけぇの。間違いなか」
……ん?
「じゃ、また明日」
ぽん、背中を軽く叩かれる。
勢いよく振り返ると、仁王先輩はこっちに背を向けて歩いていた。どんどん遠くなっていく姿をぽかんとして見つめる。
さっき。遠回しに。好きな奴おるんかって。聞いたのは。
「言い逃げはずるい!!!」
全速力で駆けていくと、仁王先輩は真っ赤な顔で恥ずいマジ無理、と喚き散らして逃げた。
私たちの鬼ごっこは多くの立海生に目撃されていて、その中に幸村部長が居たりして、翌日ニヤケ顔の部長にレギュラー陣の揃った場で暴露されたりするのだけど、そんなことは知る由もない。