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名前変換
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────恵美は夫の顔を浮かべた。目の前の男は彼に似ても似つかない。
けれどその律動の、腹の辺りを突くのが、どうにも夫を思わせる。
そう感じた瞬間、恵美はまた蜜壷を溢れさせてしま────
「わぁぁあ!!!!」
「わぁ」
隣の席の名字さんが本を落としたので、俺は親切心で拾ってやっただけ、の、はずだった。感謝こそされど、悲鳴と共に本を取り上げられるような言われはない、普通ならば。
しかし、名字さんが読んでいたのは。たまたま開いていたページを、ついつい癖のように一部分読んでしまっただけだが、恐らく。
官能小説なんて、初めて読んだな……。
「見っ……まし、た?」
可哀想に、耳や首まで真っ赤にして本を抱え込む名字さん。
秘めたる加虐心が疼かないこともなかったが、流石に今回ばかりは、本当に、可哀想だ。神の子とて人。良心というものがある。
「うっすらとしか。だからイマイチ内容は分からなかったよ、何を読んでいたの?」
しまった、つい軽口を。
名字さんの赤みが心なしか指先にもじわりじわりと広がっていく。
「あ、う、えと……なつめそーせき、を」
夏目漱石!
うっかり噴き出してしまいそうになる。空気の破裂をどうにか飲み込んで、へぇいいね、なんて言葉と共ににっこりと微笑みを作った。そうすると名字さんはほっと胸を撫で下ろし、再び本に向かった。
何がいいねだ。昼下がりの人妻がか。
名字さんはいつも一人で本を読んでいる少女だった。
友人は少ないらしく、けれど一人でも生き生きとしている印象だったが、まさか読んでいたのが官能小説だったとは。
休み時間も。自習中も。学校行事にも大抵本を持ち込んでいた。
もしかしてそれら全て、官能小説? この大人しそうな、悪く言えば地味な、この子が?
本に夢中になっているのをいいことに、名字さんをこっそり観察する。
ついさっきまで随分と情けない表情をしていたのに、今は完全に真顔だ。
一体どういう感情で読んでるんだろう。というか今、どの辺を読んでるんだろう。
その日の夜、夢を見た。
俺は冴えない配達員で、配達先にはエプロンを身に付けた何だか妙に色っぽい名字さんの姿。その左手薬指には銀色に輝く指環が嵌められている。
俺は衝動のままに玄関に押し入り、中から鍵を閉めて名字さんを押し倒した。いや、人妻ということは名字も違うはずだから、名前さんと呼ぶべきだろうか。
名前さんは勿論抵抗をするが、しかし力は弱い。
なんだ、そっちだってその気なんじゃないか。本当はずっと、こうなることを求めていたんだろう、だからそんなにも熱っぽい目で俺を見るんだ。なぁそうだろ、蜜のようにとろり甘い吐息がその証拠さ。
いやいやと首は振るけれど、柔い肌は俺を受け入れる。そんな調子の名前さんに、俺はとうとう囁くのだ。
旦那のことなんて、忘れてしまえばいい。
────と、いう夢である。
ありえない、ありえないありえない。
俺は配達員ではないし、冴えないなんてこともないはず。名字さんはあんなに色気たっぷりではないし、そもそも人妻ではないし、あと胸も尻もあれほど大きくない。
あ、いや、それに関しては目測でしかないから、もしかするとあれくらいあるのかもしれないけど。いやそれは関係なくて。
同じクラスの女子でこんな、こんな夢を見るなんて。しかもそれで、反応してしまうなんて。童貞だからって限度というものがあるだろう、俺。
どうにか無心で処理したとして、学校には行かねばなるまい。学校に行けば否が応でも名字さんと顔を合わせることになる。あんな夢を見ておいて平然とできるか。平然とするしかない。
あぁ、そして、何よりもありえないのは。
「顔も分からない旦那に嫉妬するなんて……」
こんなの、もはやビョーキだ。
そして全部ぜんぶ、名字さんのせいだ。
名字さんが官能小説なんて読んでるからこうなったんだ。
変態。なんて淫らなんだ。そんな地味な顔して本当は痴女だったりするんじゃないか。淫乱、ビッチ。空き教室に男子生徒を連れ込んで好き勝手弄んでいるんだきっと、セックスのセの字も知らないような顔をして、自分好みの男を選んで、はだけた制服で肌を寄せて誘惑して……、
「いやそんなわけないだろ……」
頭を抱える。あぁもう泣きそうだ。自分がこんなに妄想力に逞しいなんて知りたくなかった。今日どころか、しばらくは彼女の顔を見られる気がしない。
そうして悩んでいるうちにも朝日は上り始める。人生で最も最悪な一日が始まろうとしていた。