ギュラその他
メランコリーロマンス
「あんた僕のこと男だと思ってないだろ」
「……え?」
維弦の突然の発言に部長の素っ頓狂な声がリビングに響き渡った。ぼーっとテレビを眺めていた視線を隣に座っている維弦に移す。その顔は至って真剣なものだった。そもそも維弦はあまり冗談など言わないので、今言った言葉にそういうものが含まれていないのはすぐに分かった。ただ、発言の意図が分からなかった。
「どうしたの、急に?」
「いや、最近あんたと過ごしていてそう思っただけだ」
「……私、そんなに男扱いしてなかった?」
まさか維弦からこんなことを言われると思ってもみなかったので、少し面食らう。
頭の中で今までのことを思い返してみる。別に男扱いしてなかったかと言われるとそんなことないと思うし、だからといって女扱いした覚えもない。だから、なぜ維弦がそう思うのか部長は分からなかった。
「今だってそうじゃないか」
「え? そ、そうなの?」
そう言われたものの、今は普通にリビングのソファーに二人で座っているだけだ。これのどこをどう取れば男扱いしていないことに繋がるのだろうか。部長の頭にはさらにはてなマークが浮かぶばかりだった。
部長があまりにも分からないからだろうか、しびれを切らしたように維弦が口を開く。
「距離、近いじゃないか」
その言葉に部長は納得の声を漏らした。
――なるほど、そっちだったか。
確かに、部長は維弦にほぼぴったりくっつくような形で隣に座っていた。普通の男女では恋人同士とかではない限り中々くっついて座ることはないだろう。部長と維弦は別に恋人同士ではない。少なくとも部長は今の現状をそう思っている。
維弦と親しいであろう、帰宅部の女性陣でさえもこういう風にくっついたりすることは、部長の知り得る中でもないと思う。
やはり、維弦の中でこういうことをするのは恋人同士か同性ぐらいだろうと思っているのかもしれない。だから、維弦は自分のことを男扱いされていないのではと感じたのだろう。
――むしろ、逆なんだけどなぁ、と部長は一人心の中で思う。
「もしかして嫌だった? そうだったらごめん。でも、別に維弦のこと男扱いしてなかった訳じゃなくて、友達だからいいかなって……」
そう伝えると維弦は首をゆるく振った。
「別に嫌ではない。……だが」
瞬間、ぐるりと視界が反転。目の前には維弦の端正な顔と見慣れた部屋の天井が広がる。背中にソファーの柔らかさを感じながら、頭の中で誰が維弦にこんな入れ知恵をしたのだろうかと考える。
「……あんたはもう少し僕が男だと意識したほうがいい」
こんなことを言われるとは。昔の維弦からは思ってもみなかった。
「維弦には私がそういう風に見えてた?」
「……少からずともそう思っていた。違うのか?」
「そうだね。ちょっと違うかも」
部長はそう言って、維弦の顔に手を伸ばした。優しく頬を撫でていく。陶器のように滑らかですべすべしている。羨ましいものだ。撫でられている本人は、ただこちらを不思議そうに見つめていた。
不意に両手でその顔をこちら側へと引き寄せた。一瞬驚いたような表情が見えたが、それを気にも止めることなく自分の顔の方へ近づけた。柔らかいものが唇に触れ、そっと離れていく。
「こういうことなんだけど」
維弦の白い肌がみるみるうちに赤く染まっていくのを部長は微笑ましく見つめるのだった。
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