こば主♀短編
ネオンの中でラブコール
「ねぇハニー、ナイトプール行かない?」
「……えっと?」
学園の渡り廊下で出会い頭に#QP――山本心々愛は部長にそう話しかけた。ただ、ニコニコと笑っているだけで、その表情からは何を考えているかは分からない。だから、部長はどう返せばいいのか迷っていた。それを感じ取ったのだろうか、代わりにキィが飛び出してくる。
「楽士の誘いには乗らんぞ‼」
部長の前で腕を大きく開き守るように立ち塞がっている。その姿を見て、心々愛は一つため息をついた。
「違うわよ。ただ、デートに誘ってるだけなんだけど」
「デート?」
また一つ部長の頭にはてなマークが浮かんだ。そんなことをよそに、心々愛は目の前にいるキィを押し退けこちらへと距離を詰めてくる。
「ハニーともっと仲良くなりたいなって! ……だめ?」
きゅるるん、という効果音でも付きそうなほどの潤んだ瞳に困り眉。ぎゅっと握られた手を口元に寄せお願い、とこちらを見つめている。さて、どうしたものか。しばらく考えた後、部長は口を開いた。
「……分かった。行くよ」
「やった〜! ハニーありがとう!」
「行くのか部長⁉」
嬉しそうな心々愛と反対にキィは驚きの表情だ。キィじゃなくても帰宅部のメンバーだったらこういう表情にもなるだろう。
「別に仲良くするのは悪くないんじゃないかなって。嘘をついてるようにも見えないし。キィも分かるでしょ?」
「うぅ〜、確かに……」
「じゃあ、決まりね!」
「うん。でも、私水着とか持ってないけど」
こうしてナイトプールに誘われたのはいいが、肝心な水着など一着も持っていなかった。水泳の授業などもないし、そもそもこの世界には夏という概念はあるのだろうか。自分がリドゥに来て日が浅いから知らないだけかもしれないという可能性もあるが。
「大丈夫! 行く前に一緒に買いに行きましょ! ココアがとびきりかわいいの選んであげる!」
「そ、そう。ありがとう」
押しが強いものだから少しだけたじろいでしまう。そんなに一緒に行きたかったのだろうか。
そこから、あれよあれよと言う間に日程やらが決まっていった。心々愛は最後に楽しみにしてるね、と言い残し去っていった。
「なんか嵐のようだったな」
過ぎ去っていく心々愛の背中を見送りながらキィがこぼした。その声からは疲れがにじみ出ている。
「そうだね。……でも、ずっと思ってたんだけどさ」
「ん? なんだ?」
「ナイトプールって高校生が行ってもいいのかな?」
「さぁ……?」
小鳩は一人プールサイドの隅にあるチェアに座っていた。物悲しい雰囲気が漂っている。近寄ってきた部長とキィの姿に気付くと少し顔を上げた。
「なんだ、ブッチョ。慰めに来てくれたのか?」
「いや、どちらかというとかわいそうになってきたので……」
「ブッチョ、けっこう言うじゃん……。つか、アイツは?」
「え〜と、まだ見ぬ運命の相手を探しに」
「なんなんだアイツ。じゃあ、ブッチョじゃなくてもいいじゃん!」
なんだか小さい子供を相手にしているような気分だ。目線を合わせるためにしゃがみ込むと尚更そう感じた。
「なので、私今空いてますよ。小鳩先輩遊んでくれませんか?」
そう伝えると途端に目に光が戻り生き生きとした顔つきになったではないか。
「それって、オレのことナンパしてるってこと⁉」
「め、めんどくっ、もごご⁉」
キィが余計なことを口走りそうになったので慌てて口を塞がせてもらった。今それを言うのは絶対に面倒なことになるという自信があるからだ。
「そ、そうです! 小鳩先輩のことをナンパしてます! 私と遊んでください!」
思っていた以上に恥ずかしてくて顔から火が出そうだが、反対に小鳩の目は光り輝いている。
「ブッチョ……! そんなの当たり前だろ! ブッチョ大好き! 愛してるよ!」
「はいはい、分かりましたから。じゃあ、早く行きましょう。私アイス食べたいです」
「キィも食べたーい!」
「おうおう! オレが奢ってやんよ!」
「やったー!」
これで心置きなく楽しむことができるだろう。一安心だ。心々愛と過ごすのも楽しい時間ではあったが、小鳩と過ごすのはまた違う楽しさがあるだろう。そのことに少しだけ、ほんの少しだけ胸を躍らせながらネオンの中に溶け込んでいった。
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