こば主♀短編
これはきっとうだるような熱のせい
「あっち〜〜〜……」
額から流れる汗を拭いながら小鳩はぼそりとこぼした。遥か頭上にある太陽をギロリとにらみつける。そんなことをしたところで何も現状は変わるはずもない。また一つたらりと汗が流れ落ちた。
ここリドゥでは現在謎の異常気象に見舞われていた。常に過ごしやすい快適な天気、気温を保っていたはずのリドゥ。それが今や太陽はギラギラと人々を照りつけ、それに合わせるように気温も上昇。まるで真夏のようだ。現実世界での夏もこんなに暑かっただろうか。もう遠い昔のようで思い出せない。
このような異常な状態に気付いたのは今朝。そこからもう半日以上この暑い状態が続いている。帰宅部のWIREでも朝からこの話題で持ち切りだった。キィに原因を聞いてみても、分からない、マガイモノのせいでは?とだけで何も分からなかった。勘弁してくれ、と思う。
いつまでこの状態が続くのか分からない。少しでも涼しくなれるようなものはないかと駅前に来てみたものの、この暑さで歩くことすらままならなくなってきた。さっさとどこか冷房の効く店に入るか、キィトレインにでも行ったほうが良いかもしれない。そう思い、踵を返そうとする。その時、視界の隅に見慣れた人物の姿があった。呼び止めていいものかと少し逡巡したが、今のこの状況について話をしておいたほうが良いかもしれないと思い声を掛けてみる。
「ブッチョ〜!」
彼女は呼び止められて振り返った。ふわり、と頭の高い位置に括られたポニーテールが左右に揺れる。小鳩の姿に気付くと胸の高さで手をひらひらと振りながらこちらに駆け寄ってきた。
「小鳩先輩! お疲れ様です」
「お疲れ、ブッチョ。大丈夫か?」
駆け寄ってきた部長を見ると、いつもは涼やかな顔にも薄っすらと汗をにじませていた。
さっきは遠くからだったので気付かなかったがよく見ると、ジャケットを脱いでおり、シャツの袖口を捲くっていた。いつもはしっかりと締めているネクタイもなく、その場所は二つほどボタンが開けられ白い肌がちらりと見えている。短めなスカートからすらりと伸びる足も今日はタイツではなく素足だった。
部長は小鳩の視線に気付いていないのか普通に話し始める。
「流石に暑いですね。もうヘトヘトです。小鳩先輩は大丈夫ですか?」
確かに自分もいつも着ているパーカーは脱いでいるし、袖口も限界まで捲くっている。こうでもしないと暑さでどうにかなってしまう。だから、部長もこういう格好をしているのはよく分かっているのだが。
「エッ……」
「え?」
「え、あー、いや、オレは大丈夫! むしろ今ブッチョに会えて元気出たっていうか……」
「……? よく分からないですけどそれなら良かったです」
口からある言葉が飛び出そうになったが、すんでのところで飲み込んだ。部長も特に気には止めていないようだ。良かった、と一人胸を撫で下ろしていると
「なーに鼻の下伸ばしてるんだコバト」
部長の胸のあたりからキィがひょっこりと顔をのぞかせた。なぜかしかめっ面でこちらを見ている。
「うぉ⁉ びっくりさせんなよ。つか、鼻の下なんか伸ばしてねぇし!」
「ほんとか〜? 変態みたいな顔してたぞ」
「変態みたいな顔ってどんな顔だよ」
一体どこでそんなもの覚えてくるんだと思いながらも内心バクバクになっている。まさかキィに見られているとは。話題を変えるためにごほん、と一つ咳払いをした。
「それより、これなんとかならねーのかよ」
「マガイモノの力が強いからキィにはどうにもできん!」
「やっぱり早くこの状態が終わることを祈るしかないね」
暑いのはもちろん嫌だが、女の子たちのガードがゆるくなるのは願ったり叶ったりだ。どうにもできないのだったらもう少しこの状況を楽しむのも良いかもしれない。
「コバト、また変態の顔してる」
数分程経っただろうか。顔を上げ、部長のほうを見てみる。部長はというと、少しかがんだ状態で覗き込むようにしてケースの中をジッと見ていた。だからだろうか。ボタンを開けていた胸元の隙間からちらりと淡い色のフリルのようなものが見えてしまった。白くて柔らかそうなものを包む布。それが目に入った瞬間ギョッとする。心の中でラッキーと思いつつも、このままで良いのだろうかという気持ちがせめぎ合う。悩んだ末後者が勝った。
「……ブッチョさ、その、ボタン留めね?」
「ん? シャツのボタンですか?」
当の本人は気付いていないのだろう。きょとんとした顔をしている。自分が言わなければきっと気付かないままだろう。このままだと見知らぬ人たちの注目の的になってしまう。それに、自分以外の人間に見せるのはなんだか癪だ。
「あ〜、うん。その……見えてる、から……」
小鳩は自分の胸元を指差しながら勇気を出して声を振り絞った。この際部長にどう思われてもいい。先程のキィのように変態と罵られても構わない。
「……えっ⁉」
部長はハッとし、自分の胸元に目を遣る。途端に頬を赤く染め手早くボタンを留めていた。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「いやいや、オレの方こそ悪い。ちゃんと忘れるから」
「しっかり見てるんじゃないか。やっぱ変態だー!」
両手にアイスを掴んだキィが声を上げる。真剣にアイスを選んでいたので聞いていないのかと思っていた。
「ブッチョは言う権利あるかもしれねぇけどお前はないだろ!」
「部長はキィのハンシンだからある!」
謎に胸を張られて威張られた。だんだんと面倒になってきたので軽くあしらって、もう一度アイス選びをしよう。今のでだいぶ体が熱くなってしまったので、とびきり冷たそうなやつを選んでやろうと意気込む。
「……じゃあ、小鳩先輩のえっち」
部長から発せられた突然の言葉に小鳩は自分の耳を疑った。上気した頬に伏し目がちにこちらを見つめる瞳。胸元を隠すようにクロスさせた手。
この後のことはあまり覚えていない。
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