こば主♀短編
想い想われ
「あー! 誰かチョコくれねぇかなー!」
静まり返ったキィトレインの中、小鳩の心からの叫びが響き渡った。こんなことを言っているが、恥ずかしい気持ちなど一ミリもない。最早、チョコをもらえないことのほうが恥ずかしいまである。
「ポッポ先輩うるさいです!」
「そんなデカい声出さなくてもあげるからさ」
「心配しなくてもちゃんと用意してますよ」
「小鳩ちゃん、そんなにチョコレートが欲しかったのねぇ」
嘆く小鳩の前にぞろぞろと帰宅部女子がやって来る。その中に部長の姿はない。そういえば、さっき劉都と作戦会議するとか言っていたような気がする。二人っきりで羨ましい限りだ。羨ましいが、小鳩には全く向いてないことなので仕方がない。今はそんなことよりも目の前のことだ。
「ありがとうございます‼」
「そんな喜ばないでも」
「まぁまぁ」
四人それぞれが紙袋や小さな袋などを小鳩に手渡してくる。中身を見ると、切子と茉莉絵はバレンタインっぽい包装がなされたチョコレート。ニ胡のはスーパーやコンビニで売っているようなチョコ菓子。ささらが渡してくれたのはなぜか大福だった。
「ねえさん? なんで?」
「チョコレート大福よ。みんなの分も買ってきたから食べましょう〜」
「わーい! お茶にしましょー!」
そう言ってみんなはお茶の準備をしに去っていった。小鳩は一人残って、今日もらったチョコレートを椅子の上に並べる。今四人からもらった分と、クラスの女の子たちからもらった明らかに義理だと思われるチョコ。どれも市販のものだ。
「……手作り、欲しかったな〜」
もらえるならなんでもうれしいとは思っていたが、やはり手作りのチョコレートが欲しかった。自分のために想いを込めて作られるチョコレート。そんなもの誰だって欲しがるだろう。でも、今年はけっこうな数がもらえたし、これで十分満足かもしれない。女の子たちからの連絡も一切ないので、もう誰からももらえる見込みもないわけだし。
そろそろ自分も一緒に食べるかと、ささらにもらった大福を持って立ち上がると、隣の車両から誰かがやって来た。
「小鳩先輩こっちにいたんですね」
作戦会議をしていたはずの部長がこちらへと駆け寄ってくる。
「みんな向こうでお茶してますよ」
「わざわざありがとよ。オレも行くよ」
「あ、その前にこれどうぞ」
そう言って部長が差し出してきたのは小さな紙袋だった。ブラウンカラーでまとめられ、落ち着いたシンプルなデザインの紙袋。どう考えてもバレンタインの贈り物にしか見えなかった。
「え? オレに?」
「はい。バレンタインデーなので」
「ほんとに?」
小鳩が疑わしそうに聞くと、部長は表情を固くする。
「なんでそんな疑うんですか」
「いやー、もう誰からももらえないと思ってたからさー! ブッチョ、マジありがと!」
ありがたく受け取って、中身を見ていいか確認すると『どうぞ』と言われた。早速、袋を開けて中身を取り出せば、かわいくラッピングされた袋の中にクッキーが入っていた。チョコチップが混ぜられたクッキーのようだ。市販品というよりは、まるで手作りのような雰囲気を感じる。もしかしたら、お店の物をわざわざ袋詰めしたのだろうか。まさか、部長が手作りのものを自分にくれるとは思わない。普段から忙しそうだし。そう思っていたのだが――
「キィが味見したので味は大丈夫だと思うんですけど……」
小鳩はその一言に、部長の方を向いて固まる。
「味見……ってことは、手作り⁉」
「そ、そうですけど、なんですか?」
訝しげな視線が向けられているが、小鳩はうれしすぎてそんなことも気にならなかった。もらった袋を掲げて、一心に見つめている。
「そんなに喜ばれるとは思いませんでした。作って良かったです」
「食べてもいい?」
「えっ、今ですか? ……ちょっと恥ずかしいですけど、どうぞ」
早速袋を開けると、チョコレートの香りがふわりと辺りに漂う。その中から一つ摘んで口の中に放り込んだ。サクサクとした食感に、甘いチョコレートの味。お店で売っているものと何ら遜色ない味に小鳩は驚いた。
「うまっ! ブッチョ、料理うまくね⁉」
「ありがとうございます」
部長が照れたように笑っている。こういう顔もするのかと、小鳩は少しドキドキしてしまった。ごまかすようにもう一つクッキーを手に取り口に入れる。やっぱりおいしい。
「味とかどうですか?」
「甘くてうまい!」
「ふふっ、良かったです。小鳩先輩は甘いほうがいいかなって思って甘いチョコレートを使ったんです」
その部長の一言に、小鳩はさらに驚いた。
「わざわざ⁉」
「はい」
「ブッチョ、もしかしてオレのこと好き⁉」
普段のノリでそんなことを言ったが、どうせいつも通り軽く流されるのだろう。そう考えていたら、思わぬ返事が返ってきた。
「好きですよ」
「エッ」
「だって、小鳩先輩も大切な帰宅部の仲間ですから」
一瞬だけ期待した気持ちが一気に萎んでいく。
「ソ、ソウデスヨネー……」
やっぱり部長はそういう人だよな、と思い直した。でも、部長の中で自分が嫌いな人ではなく、好きで大切な人だと思われているのは素直にうれしい。それが異性や恋愛的なものではなく、仲間や先輩への想いだとしても。今はそれで良い。
「先輩、どうかしました?」
「なんでもない!」
その時、隣の車両の自動ドアが開いた。見てみると、キィが顔を覗かせている。
「部長ー! 早く来ないとキィが食べちゃうぞー!」
「あっ! 今行く!」
部長からバレンタインのチョコを渡されたことで、すっかり忘れていた。そろそろ行かなくては。
「小鳩先輩行きましょう」
「うん。チョコ、マジでありがとな。ホワイトデー楽しみにしててよ」
振り返った部長は、ふわりと微笑んだ。
「じゃあ、楽しみにしてますね」
チョコもうれしかったけれど、小鳩にとってはその笑顔も十分うれしい贈り物だ。ホワイトデーの日にまたその笑顔が見られるように良いお返しを考えなくてはと、小鳩は頭の片隅で思うのだった。
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