こば主♀短編
hand in hand
ある日の放課後。今日も帰宅部の活動のために部長とキィはキィトレインへと来ていた。まだ誰も来ていないようなので適当な所に二人で腰掛ける。
いつもは各々自分の定位置となっている場所に座っているので、違う席に座るのは少し新鮮な気持ちだ。ふと、ここはいつも誰が座っている場所だっただろうかと思った。確か、ここは――
「来たぞ〜……ってブッチョだけ?」
思考を遮るようにドアの開く機械的な音がした。気だるげな声と共に現れたのは小鳩だ。その顔を見て、そういえばこの席はいつも小鳩が座っていたことを思い出す。
「うん。私たち以外まだ来てないです」
「コバト、お疲れーー‼」
自分もいるぞと主張するようにキィが元気いっぱい大きな声をあげた。反対に小鳩は両耳を塞いでしかめっ面だ。キィがいきなり大きな声を出したからだろう。
「そんなでけぇ声出すな! 耳おかしくなるだろ⁉」
「なっ⁉ 元気なのはいいことだろーー‼」
いつものごとく、言い争いが始まってしまう。最近は、少しは仲良くなったかと思っていたがそうでもないようだ。やれやれと思いながら部長は鞄の中からあるものを取り出す。
「ちょっと二人とも落ち着いて……ほらお菓子あるよ」
「食べる〜!」
取り出したのはチョコレートの袋。それを掲げてみせると、キィは途端に目をキラキラと輝かせていた。そんなキィの姿を見て小鳩は鼻で笑う。
「ハッ、現金なやつだな」
「小鳩先輩も食べます?」
「ブッチョからのお菓子なんて食べるに決まってんだろ!」
――先輩も現金な人なのでは、という言葉はグッと飲み込んだ。また二人がケンカになりかねない。
小鳩が部長の前の座席に嬉しそうな顔をしながら腰掛ける。
「つか、ブッチョオレの席座ってんじゃ〜ん。もしかしてオレのこと好き?」
「いや、たまたまですね」
「たまたまだぞ!」
「そんな声合わせて言うことじゃないだろ。流石に泣くぞ」
本当のことを言っただけなのにな、と言うキィの言葉に部長は頷きながら、袋の中にある個包装されたチョコを何個か掴んだ。それを小鳩の目の前に差し出し、出された手のひらに乗せる。そのとき、少しだけ指が手のひらに触れた。小鳩の手がビクッと動く。
「うぉっ」
「どうしたんですか?」
「ブッチョ手冷たくね?」
「あぁ……私、冷え性なんですよね」
どうやら部長の手の冷たさに驚いたようだ。そういえば、冷え性だということを帰宅部の誰にも話したことがなかったかもしれない。
すると、小鳩がまた手を差し出してきた。チョコが足りなかったのだろうか。そう思い、もう一度袋に手を入れる。
「あっためてあげよっか」
「あ、大丈夫です」
全然違ったようだ。せっかく掴んだチョコは袋の中に静かに戻された。
「なんで即答なんだよ⁉」
「下心アリアリだからだろ〜」
キィが口の中にチョコを放り込みながら言う。その目は不審そうに小鳩を見ていた。
「そんなことないって! ブッチョのためを思って言ったんだって! 善意!」
にわかには信じがたいが、ここまで必死になって言われると本当に善意なのかもしれないとも思う。
「……そこまで言うなら。はい、どうぞ」
「エッ⁉ いいの⁉」
小鳩の前に右手を差し出すと逆に驚かれてしまった。なんなんだこの人。
「じゃあ、遠慮なく……」
そう言って、小鳩はおずおずと部長の手に触れる。まずは、指先から触れて、徐々に手のひら全体を包むように手が重なった。
異性の手を触ることなど滅多にないので妙にムズムズとしてしまう。それを誤魔化すように部長は口を開いた。
「……先輩の手あったかいですね。子供体温」
「子供体温で悪かったな……って今は子供か」
なぜだか小鳩も照れくさそうにしていた。見れば頬がほんのりと赤く染まっている。途端に部長の体にも熱がこもる。それが、小鳩の手のひらからじわじわと熱が移っているからなのか、それとも小鳩の赤く染まった顔を見たからなのかは分からない。
「……左手もいい?」
そう言われ左手も差し出すと先程とは違い、指を絡めるようにして手がぎゅっと握られる。しかし、それは強いものではなく、壊れ物を扱うような優しいものだった。
「え、えっと?」
「ほ、ほら、こうしたほうが早くあったまるんじゃねぇかな〜って! 決して手を繋ぎたかったとかではねぇから!」
「……っん、ふふ」
あからさまに言うので最早お腹の奥からくつくつと笑いが込み上げてきた。その様子を見て小鳩は口をへの字に曲げる。
「そんな笑わなくてもいいだろ。……てか、ブッチョの手意外とちっちゃいんだな」
「そうですか? 逆に小鳩先輩の手は大きいですね」
絡み合った指、手のひら。どれをとっても自分よりも一回りサイズが違う。男性の手とはこんなにも違うものなのか。
そう思うと目の前にいる小鳩のことを急に異性だと意識しだしてしまう。別に男性じゃないとかそういうことを思っていた訳ではない。ただ、身近な人が男性だと改めて再認識させられたような気持ちだ。
繋がれた手のひらが先程よりも熱く感じる。この熱が小鳩に気付かれてないだろうかと不安になり、慌てて視線を落とした。
「こんにちは~」
再びドアの開く機械的な音。聞き覚えのあるゆったりとした声が電車内に響く。そこにいたのはささらだった。目が合うと、ささらは一瞬きょとんと目を丸くしたが、すぐに柔らかい笑みをたたえる。
「あらあら、部長ちゃんと小鳩ちゃんお手々繋いで仲良しさんね〜」
ささらのその言葉に全身に血液が駆け巡っていき、沸騰したかのように体が熱くなる。小鳩と手を繋いでいるのを見られてしまった。慌てて、何か言い訳せねばと頭の中でぐるぐると思考を巡らす。
「ちっ、違います! う、腕相撲してただけです!」
言ったあとで、それは流石に無理があるだろうと思ったが、無理矢理手を組み替えてテーブルの上に握り締めた小鳩の手を押し付けた。
「ブッチョ何言っ……っ⁉ 痛い痛い痛い‼」
「部長の勝ち〜〜〜!」
キィが楽しそうに声を上げた。それを見てささらは目を輝かせる。
「腕相撲をしてたのね! 私もやりたーい! 小鳩ちゃん次私とやりましょう!」
「ちょ、ちょっと、ねえさん待って!」
小鳩はそのまま腕を取られ、ささらの席の方へと連れて行かれた。
部長は解放された手で額の汗を拭い、ハァと息を吐き出す。なんとか誤魔化せて良かった。
部長が一人放心状態になっていると、突然今度はキィが部長の手をむにりと触る。どうしたのかと視線を投げかけるとキィは嬉しそうにこう応えた。
「部長の手、あったかくなったな。コバトのおかげだな!」
そう言われて自分の手を改めて触ってみる。あんなに冷たかった手が今は温かくなっていた。
だが、なぜだかそれを心のどこかで少し寂しく感じていた。理由は分からない。このぬくもりが消えないように、と部長は大事に手を握り締めるのだった。
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