こば主♀短編
I am a HERO!
どこかに暇そうにしている女の子いないかな、などと小鳩は一人校舎の中をブラブラ歩いていた。
「誰か〜〜〜!!」
すると、突然耳を劈くようなとんでもない大声が聞こえた。頭の奥がキーンとする。どこか聞き覚えのある声にイラつきながら声のした方向に目をやる。案の定、見覚えのある白くてフワフワ宙に浮いた姿が見えた。バーチャドール、キィだ。
「あっ!? コバト〜〜〜!! 助けて〜〜〜!!」
「ゲ……」
目が合ってしまった。瞬間、猛スピードでこちらに向かってくる。最早突進だ。目の前でピタッと止まり、肩を強く掴まれた。
「オイ、なんだよバーチャドール!? てかブッチョは?」
辺りを見渡してみるが、我らが帰宅部の部長の姿はない。部長とキィは一心同体みたいなものなのでどこか近くにはいるのだろう。
「助けてくれ、コバト〜!! 部長が〜!!」
あまりにも強く揺すられ、目が回りそうになる。このままだとおかしくなってしまいそうなので、本意ではなかったが理由を聞くことにした。
「オイコラ、あんま揺らすな!! 話聞いてやるから落ち着け!! ブッチョがどうしたんだよ!?」
「部長がナンパされてる!!」
「……は?」
どうにかして引っ剥がしたキィが言った言葉は意外なものであった。
「部長が知らない男にナンパされてるのだ!! 部長は断ったのだが、向こうの押しが強くて! 部長がタジタジなんだ! お願い、コバト助けてくれ〜〜〜!!」
「……はぁ!? オレは毎日デートに誘ってきっぱり断わられ続けてるのに!?」
「ほんと懲りないよなオマエ」
昼休みや放課後、ましてや休日街中で会う度にデートに誘ってはいるものの、毎回ことごとく断られている。甘い言葉の一つや二つ囁いたところであの涼やかな表情は一切変わらないのだ。飄々と躱されてしまう。そんなミステリアスでクールな所もまた良いのだが。
そんな部長がタジタジになっているとは。全く想像ができない。一体その男はどんな手を使ったのだろうか。それを考えるだけでなぜか苛立ちが募っていく。そもそもなぜその男には押されて、自分には靡かないのだ。小鳩は納得がいかなかった。
「そんなの……許せねぇよな!!」
「なんか怒りの方向違うくないか? ……まあ、いいか! 行くぞコバト!! あっちだ〜!!」
小鳩はキィが指差す方へ一目散へと駆け出した。
***
着いた先は学園の中庭。その一角に部長と見知らぬ男の姿があった。よく見ると部長は男に手をガッシリ掴まれているようだ。自分もまだ手を繋いだことがないのにずるい、とさらに怒りが増す。
「あの、離してもらっても……」
「良いじゃんちょっとぐらい! 俺、おごるからさ〜」
「いや、結構ですから……!」
「ハニー!」
そう声を掛ければパッと部長が振り返った。その顔は不安なものから驚きに変わっていた。
「小鳩先輩!?」
「うわ、風祭小鳩……」
男のほうには嫌そうな顔をされた。なんでだ、と心の中で思ったが口にはしなかった。今はそんなことどうでもいいのだ。なんたって小鳩は今、部長を助けに来たヒーローなのだから。
「ハニー、こんな所にいたんだな。探してたんだぜ? 今日はデートする予定だっただろ?」
「えっ!? そ、そうですね?」
肩を抱いてグッとこちらに引き寄せる。部長の体がびくりと跳ねた。
「ということで、悪いな」
呆気に取られている男の手を部長の手から振り払い、代わりに小鳩が手を握る。軽く目配せをすれば、まだ困惑している顔をしているが短く頷き手を握り返した。
「走るぞハニー!」
「は、はい!」
「GO〜〜〜!!」
***
全力で走ること数分。男の姿が見えなさそうな所まで走ってきた。もうこれで大丈夫だろうと小鳩は安堵する。
「ブッチョ、大丈夫か?」
「は、はい! ありがとうございます、小鳩先輩」
隣にいる部長は、肩で息をしながらも先程とは違って安心したような表情になっていた。
「部長が助かって良かった〜! どうなることかと思ったぞ!」
「キィが先輩呼んでくれたんだよね。ありがとう」
「ちょうどコバトがいてくれて良かったよ。ありがとな、コバト!」
二人から礼を言われて悪い気がしない。あの男に対しての怒りも消えてしまった。良い気分だ。
「……はぁ、怖かった」
部長がか細い声で呟いた。独り言だったのだろう。だが、その声は隣にいる小鳩の耳にしっかりと届いていた。
「ブッチョも怖いものあるんだな」
聞かれていないと思ったのか部長が目を見開く。
「あ、ありますよ、それくらい。それに、いきなり知らない人に手を掴まれたら怖くないですか?」
「いや、それは怖い」
小鳩は部長のことをどこかで強い人だと思っていた。帰宅部での活動でも率先して前に出るし、デジヘッドを前にしても恐れているようには見えなかった。
だけど、実際は普通の一人の女の子なのだと、今ひどく実感している。それを、未だに握っている手のひらから強く感じていた。固く結ばれている手が少し震えているからだ。本当に怖かったのだろう。
「よし! じゃあ、ブッチョどっか遊びに行こうぜ!」
「え?」
「オレが楽しい所連れてってやるからさ!」
部長のこの恐怖心を払拭してあげたい。小鳩はそう思った。
やはりどこかに遊びに行って、さっきのことを忘れるぐらい楽しんでもらうのが一番手っ取り早いだろう。小鳩は頭の中で部長が好きそうな場所はどこだろうかと考える。
「いいんですか? 先輩用事とか……」
「気にすんな。どうせ暇してたし」
「イイじゃん、部長! キィも遊びたーい!」
「えっと、じゃあお言葉に甘えて……」
キィの遊びたいという言葉もあってか部長は了承してくれた。精一杯楽しませてあげなければと改めて心に誓う。
「そういや、手繋いだままだけど。大丈夫?」
「あ! ……もうちょっとだけこのままでいてもらってもいいですか?」
「え!? いいの!?」
小鳩にとってそれはご褒美でしかなかった。
「ちょっと落ち着くまでこのままでいてもらえると助かります」
「オレの手なんかで良ければいくらでも!」
「じゃあ、キィも繋いであげるー!」
「なんでそうなるんだよ」
「ふふっ……」
やっと部長の顔に笑みが戻ってきた。やっぱり笑っている姿が一番良い。
「じゃあ、行くか!」
「はい! あ……」
部長が何か思ったのか、繋いでいる小鳩の手をグッと引き耳元に顔を寄せた。突然のシチュエーションに一瞬ドキリとする。そんなことを余所に部長は、耳元でぼそりとこう呟いた。
「さっきの小鳩先輩ヒーローみたいでかっこよかったですよ」
今日はとてもツイている日だったのかもしれない。小鳩は頭の片隅でそんなことを思いながら部長の手を強く握り直すのだった。
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