こば主♀短編
Special Date
「小鳩先輩、ケーキ奢るので一緒に食べに行きましょう」
なんて部長に言われ、連れられるまま小鳩は彼女と共にカフェへとやって来ていた。部長に奢られるのは先輩として釈然とはしないのだが、小鳩の誕生日を祝いたいという気持ちをそう簡単に無下にもできない。それに、なぜかいつもやかましく騒いでいるはずのキィが一切姿を現さないので、実質部長と二人っきりみたいなものだ。もうデートと言っても過言ではないだろう。これはかっこいいところを見せる絶好のチャンス。そんな下心が小鳩の中で働き、誘われるがままついてきた。
「好きなの選んでいいですよ」
「マジ? どれにしよっかな〜」
ショーケースに並ぶ色とりどりのケーキたちを眺める。どれもおいしそうで迷うところだ。それは部長も同じだったようで。ふと隣を見ると、真剣な顔をしてケースの中を覗いていた。そんな姿もかわいらしいものである。
「ブッチョさ、迷ってる?」
「え、あぁはい。どれもおいしそうで、つい……」
ケースの中を覗く瞳があっちに行ったり、こっちに行ったりと忙しい。
「じゃあ、オレのと半分こしようぜ」
「いいんですか? せっかくの先輩の誕生日祝いなのに」
「いろんなの食べれた方が得じゃね?」
小鳩がそう言うと、部長は一瞬悩むような素振りを見せたが、小さく頷きこちらを見上げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
それぞれ一番食べたいものを選び、空いているイートイン席へと座る。対面に座っている部長の姿を見たらデート感がさらに増してきて、このうれしさを噛み締める。なんて幸せな誕生日なのだ。
「はい、私の半分あげますね」
「サンキュ。じゃ、オレのも」
切り分けたケーキをお互いの皿に乗せ合う。こういうのもカップルっぽくて良い。
「小鳩先輩お誕生日おめでとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
「ははっ、ブッチョらしいな。でも、うれしいよ」
「良かったです。じゃあ、食べましょうか」
その言葉に頷いて、早速ケーキを口に運ぶ。自分が選んだのも部長が選んだのもどちらもとてもおいしくて、最高の誕生日プレゼントとなった。顔を上げれば目の前に彼女がいるのも幸せで仕方がない。そんな彼女は、先程の真剣な顔からは一転、頬を緩ませ幸せそうにケーキを食べている。普段は中々見れないレアな姿だ。その姿をずっと見ていたくて、ケーキを食べる手を止め、じっと見つめていたら不意に目が合ってしまった。思わずドキリとしたが、なぜか部長は声を上げて笑い始めた。
「ふふ、クリームついてますよ」
「えっ!? どこら辺⁉」
何がかっこいいところを見せるチャンスだ。とてつもなくかっこ悪い所を見せていたようだ。拭おうとするが、いまいちどこについているのか分からない。
「そこじゃなくて……」
突然白く細長い指が伸びてきて、ちょんと唇の端に触れていった。それが部長の指だと気づくのに数秒ほどかかった。間違いなく、彼女の指に小鳩の唇についていたクリームがついていて。しかも、それを流れるかのように舐めとっていった。
「エッ⁉ ブッチョ⁉」
「あ、すみません! つい、いつもキィにやってる癖で……他意はないです」
「……もうちょっと夢見させてくれよ」
「えぇ……?」
ちょっとだけ期待していた気持ちが一瞬にして崩れ去り、小鳩は深くうなだれる。キィと同等に見られているのかもしれないという事実が重くのしかかっている。キィはバーチャドールで自分は人間だ。ましてや小鳩は男である。少しぐらい意識してくれても良いのではないだろうか。こっちはこれでもかと言うほど意識させられているのに。早く残っているケーキでも食べてしまおうと顔を上げると、小鳩は衝撃を受けた。部長が頬を赤らめていたのだから。
「本当にすみません。先輩と一緒だから気が緩んでるのかもしれないです」
小鳩の中で二度目の衝撃が走る。
「もしかして嫌な気分とかになってないですか?」
「いや、全然。むしろ、うれしい」
「それはそれでちょっと……」
思うままに告げたら引かれてしまった。だが、今の小鳩には全く通用しない。ちゃんと意識されているようでうれしくて舞い上がっているのだから。
「おいしかったですね」
店を出て、駅へと向けて歩き出す。時間が過ぎるのはあっという間だ。部長と一緒にいられるのもあと数分。特に今日はそのことが名残惜しく感じてしまう。
「そうだな。ブッチョありがとな。誘ってくれて」
「いえ、小鳩先輩に喜んでもらえてうれしかったです」
本当にうれしそうにしながら部長が微笑む。彼女のこの表情も含めて、小鳩にはプレゼントに思えた。
「あー、デートみたいで楽しかったな……」
ついつい名残惜しくて心の声が漏れ出る。部長はどうせそんなこと一ミリも思っていないだろうから、また引かれるか笑われるかするのだろうと考えていた。だが、小鳩の予想とは百八十度違う言葉が返ってきた。
「私はデートのつもりでしたよ」
「……え」
「だって、先輩はそっちの方がうれしいかなって思って」
驚きのあまり足を止めてしまった小鳩に、先を行こうとしていた部長が振り返ってそう言った。その顔は嘘をついているようには見えない。そもそも彼女が嘘をついているような所を見たこともない。自分はデートみたいだと思っていたが、いざ相手からもそう言われると頭が追いつかなくて呆然としてしまう。
「実はまだちょっと時間あるんですよね。どこか寄っていきませんか?」
「……行く!」
「じゃあ、デートの続きしましょう」
なんて今日は特別な日なのだろう。前にいる彼女に追いついて、二人で並んで歩き始める。もう少しだけ、この特別な時間が続きますように。
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