こば主♀短編

花に嵐


 昼休み、部長は一人食堂へと来ていた。本当は吟と二人で来るはずだったのだが、吟が急遽先生にノートを運ぶ頼み事をされてしまい、一人で来ることになってしまった。部長は手伝うと申し出たのだが、『このぐらい大丈夫だから先に行っててよ』と吟は言い残し行ってしまった。
 仕方なく一人でやってきたが、何も食べずに席に座るのは申し訳ないので、吟には悪いが先にメニューを頼んでおこうと列に並ぶ。
 まだそれほど人も並んでいなかったのですぐに順番は回ってきた。注文したものを受け取り、あとから吟が来ることを考えて二人で座れそうな場所に腰を下ろした。一応と思い、先に食べているとWIREでメッセージを送っておく。
『律儀だな〜』
 それを見かねたキィが分からないとでも言うようにこぼした。そういうものなんだよと言いかけたが、心の中に留めておいた。

「あれ、君、この間の」
 不意に声がし、そちらに目を向ける。そこには、黒髪に大きな丸メガネ、耳には派手なピアスをつけた男性がいた。この間、吟とキィと一緒に校内を歩き回ったときに出会った人だ。とても目立つ容姿をしていたのでよく覚えている。
「風祭小鳩。覚えてる? 君、ノトギンと一緒にいた子でしょ?」
「……ええ、こんにちは」
 あの時話をしていたのはほとんど吟だったため、話すのはほぼ初めてみたいなものだ。どういう人なのかは分からないが、吟が慕っている先輩なので良い人だとは思う。
「もしかして一人? 良かったらオレ話し相手になるよ?」
「あ、いや」
「退屈させないよ。てか、君前までこの学園にいなかったよね? 最近転校してきたの?」
 いつの間にか自然と自分の前の席に座っており、話す気満々である。正直、自分としてはあまりこういう人と接したことがないのでどうすればいいのか分からない。それなりに会話したら満足して帰ってくれるだろうか。
「……まぁ、そうですね」
「やっぱりそうだよね! こんなカワイイ女の子をこのオレが見逃すわけないからな。じゃあ、まだこの辺のこと詳しくないんじゃない? オレ案内するよ? 楽しいとこいっぱい知ってるからさ〜」
「いや、大丈夫です」
「遠慮しなくていいんだよ。そんな奥ゆかしいトコロもカワイイけど」
 なんてポジティブな人なのだろうと思った。普通だったら諦めてしまいそうなのに。もはやここまでくると感心してしまうものだ。
「そういえば、名前聞いてもいい? そうだ、WIREやってる? 良かったら交換しよーよ」
 感心している場合ではなかった。そろそろキャパオーバーになりそうだ。そろそろ帰ってもらいたいところ。吟が早く来てくれれば良いのだが、周りを見渡せど全くそんな姿はない。
 その代わりに自分以外にも一人で来ている女の子がちらほらと目についた。なぜ、この人は自分に話しかけてきたのだろう。他にも女の子はいるだろうに。
「ん? どーかした?」
「私なんかじゃなくて他の子と話したらどうですか? その方がきっと楽しいですよ」
 どうせ自分なんか愛想も良くないし、おもしろい話ができるわけでもない。それよりは他の愛想の良いかわいい女の子と話す方が幾分楽しいだろう。
 そう思って言ったのに、目の前にある顔はきょとんとしていた。
「オレさ、君とこうしてまた会えたのって運命だと思うんだよね。だったら、その運命逃すわけにはいかないでしょ。そう思わない?」
 全然思ってもみなかった言葉にポカンとしてしまう。開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。
「それに、オレが楽しくさせてあげるからさ。君は気にしなくていーよ」
「……なんなんだこの人」
 思わず心の声が漏れてしまった。
「なんか言った?」
「い、いえ、何も」
 慌てて取り繕ったが、聞こえていなかったみたいで安心した。だが、帰ってはもらえなさそうだ。こっちは運命も何も感じてはいないのだが。前を見ても、小鳩はただニコニコとしているだけだ。どうしたものかと頭を悩ませていると

「ちょっと何やってるんスか、小鳩さん」
 聞き慣れた声がし、ハッとする。小鳩の後ろに部長が待ちわびていたであろう人物、吟が仁王立ちしていた。小鳩は吟の顔を見るとバツが悪そうに口の端を歪ませる。
「ゲ! もしかしてノトギン待ってたのかよ」
「悪かったスね、僕で」
「はいはい、オレは出ていきますよーっと。じゃあね、ハニー! また話そうね!」
 “ハニー”とは誰なんだと思ったが、多分自分のことなのだろう。一切そんな仲ではないと思うのだが。
 小鳩はこちらに手を振りながら去っていった。まるで嵐のようだった。ハァと一つため息をつき背もたれに体を預ける。いつもは使わないような神経を使っていたのだろうか、体が疲れているようだ。
「部長、大丈夫か? 何もされてない?」
 吟は心配そうに部長の顔を覗き込んだ。
「うん、別に。吟が来てくれて助かったよ」
『それにしても、アイツほんっっとチャラいな!』
「いや、ほんとに良い先輩なんだけどね……」
 そう言う吟の目はどこか遠く、説得力があまり感じられなかった。
 いつの間にか昼休みも残り数十分。こんなことになるなら意地でも吟の手伝いをした方が良かったかもしれない。
 もうあの先輩と会うこともそんなにないだろう。接点も特にないし、きっと廊下ですれ違うぐらいだろう。そんなことを考えながら冷めてしまったご飯に口をつけるのだった。

 その後小鳩が帰宅部に入ることになるなど、部長はまだ全く思いもしなかったのだった。
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