こば主♀短編
いたずら猫にはご用心
キィの一声で開催された帰宅部ハロウィンパーティーは大盛況のうちに終わった。今は手分けして片付けの最中だ。みんなあっちこっちへと車両を行き来している。
「……小鳩先輩何してるんですか」
あらかた片付いたようだし、そろそろ帰る準備でもしようかと隣の車両へ移ると、なぜか一人小鳩が座席に座っていた。こちらに気付くとパァッと顔を輝かせる。
「もう片付け終わったん?」
「だいたい終わったと思いますけど……」
「あ、その顔サボってるって思っただろ? オレもちゃんと片付け手伝ったからな!」
「いや、分かってますよ」
片付ける際、切子がテキパキとみんなに役割を割り振っていたのでちゃんと小鳩も片付けに参加していたのは分かっている。分からないのはなんで一人ポツンとここにいるのかだ。
「ブッチョ、もっとこっちに来て」
謎の嫌な予感みたいなものを感じつつも小鳩のそばに寄っていく。あと一歩、というところで目前から伸びてきた腕に絡め取られた。一気に体勢を崩し小鳩の方へとなだれ込む。結果的に小鳩の上にまたがるような体勢になってしまった。
「ちょっと先輩!」
「ブッチョかわい〜、猫耳」
その言葉にハッとなり、慌てて頭に手を伸ばそうとするが小鳩の手により制止させられた。
ハロウィンパーティーだからということで強制的に仮装させられていたのだ。最初は恥ずかしいから嫌だったのだがいつの間にか付けていることをすっかり忘れていた。
「かわいいからまだ外さないで」
「い、嫌ですよ! 恥ずかしい」
「オレだってまだつけてるし」
そういえば、小鳩もまだ仮装したままである。部長と似た動物のような尖った耳。猫、ではなく狼の耳らしい。部長が付けているものよりも毛がふさふさとしている。
「……こ、このオオカミ男め」
「まぁ、男はみんな狼だからな。ということでブッチョ、トリックオアトリート!」
「え、まだ食べるんですか?」
先程のパーティーでささらや切子の作った料理をたらふく食べていたのにまだお腹が空いているのだろうか。疑問に思っていると
「いやいや、そっちじゃなくて」
――そっちじゃない、目的はお菓子ではないということは。
「……それ絶対に嫌なんですけど」
「そう言わずにさ〜。それに逃げられなくない?」
小鳩はしっかりと部長の腰を掴んで離さない。抜け出そうと身を捩ってみるが全く抜け出せる気がしなかった。
どうにかしてここから抜け出さなければこのあと何が起こるか分からない。かくなる上は、と部長は覚悟を決めた。
「……小鳩先輩」
「ブッチョ観念し、……?」
部長の想像の中の小鳩はこういうことをされると、喜んだり嬉しがったりするのだと思っていたのだが。今の小鳩の状態は紛れもなく想像とは反対のものだった。部長の唇が触れたであろう頬を自らの手で抑え、明らかに固まっていた。
――もう一回したらどうなってしまうのだろう。なんて、突然そんな好奇心のようないたずら心のようなものが芽生えてしまった。
まだ固まったまま動かないでいる小鳩の顔にもう一度手を添え、今度は反対の頬に。
「ちょっ、ブッチョ⁉」
慌てる小鳩をよそに、部長は次から次へといろんな箇所に唇を落とす。額、瞼、耳、最後に唇へそっと落とした。普段自分からすることがほぼないため、小鳩と比べれば拙いものだっただろう。それでも、触れるたびに小鳩がビクリと体を震わせるのがとてつもなく新鮮で心が満たされていくような気がした。
そういえば、小鳩も自分によくこういうことをしてくることを思い出した。もしかしたら良い仕返しになったかもしれない。
不意に肩をグッと押され体が離される。
「ブッチョ、コラ。さすがのオレももう保たねぇよ。てか、どこでそんなの覚えてきたの⁉」
「いや、先輩がいつもしてくるの真似しただけですけど」
「オレだったか……」
小鳩は深くため息をつきながら頭を抱えていた。悪いことをしてしまったかもしれないと少し心の中で反省した。
「オレ以外のヤツにはやっちゃダメだからな‼」
「しませんよ。ちょっとしたでき心みたいなのですし。でも、小鳩先輩の反応新鮮で楽しかったです。いつもの仕返しができたみたいで」
「仕返しって……。とんだいたずら猫だな」
小鳩は苦笑いしながら部長の頭を撫でた。その頭には未だに猫耳がついたままである。そのおかげで、いつもとは違う自分になれていたのかもしれない。
「あはは、私が“いたずら”しちゃいましたね」
きっと、今自分は悪い笑みを浮かべているのだろうなと思うのだった。
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