ライラックを君に

4


 屋上でのあの一件から、小鳩は部長とどう接していいか分からないでいた。学園内でも、キィトレインでも、帰宅部内での活動でも。今までのように振る舞うことができなかった。
原因が何かは分かっている。それはここ数日の間、嫌というほど感じていた。
例えば、部長が吟や鐘太、劉都など男と話しているとき。明らかに嫉妬している自分がいた。自分へのものではない微笑み、仕草。それが自分に向けてだったら良かったのに。この時、小鳩は自分の心の狭さをよく思い知った。
思い知ったからこそ、今ならそれが明確に部長への恋心だと感じていた。だから、無性に会いたいと思っていたのだろうし、二胡に彼氏かもしれないと言われて動揺していたのだろう。今では全てが腑に落ちる。
ただ、小鳩はどうにもできないでいた。自分は現実世界では全てを失ってしまったニート。対する彼女は、キィに選ばれ、帰宅部の部長という特別な存在。特別な存在だからこそ、惹かれているのだろうとは思う。だけど、それに自分が釣り合えるとは思ってなかった。
そんなことを四六時中考えているせいで小鳩は部長とろくに会話ができずにいた。
そのうえ、以前駅前で会った女の子のことをどうするかでも悩んでいた。部長への気持ちに気づいた以上会わない方が良いのは分かっている。だが、今更約束を無下にするのもどうなのだろう。それに心のどこかで、もしかしたら部長への気持ちを忘れられるのではないかという思いもあった。

「おい、ブッチョ!」
 それがまさかこんなことになるとは。去っていく部長の後ろ姿を呆然と見送る。小鳩にはそれしかできなかった。
 小鳩は約束していた女の子と会うために駅前で待ち合わせをしていた。待ち合わせの五分前に駅前に着くと、女の子もすでに来ていた。
こうしてまた会ってはみたものの、頭の中では部長のことが忘れられないでいた。全くもって最低な男である。こうなったら、どこか店にでも入って打ち明けてしまおうと思い立った。その方が自分にとっても、相手にとっても良いだろう。もう期待をさせるのは良くない。
 お茶でもしようと向こうを誘い、空いている店を探す。だが、この時間帯は人手が多く、中々空いている店が見つからない。
周囲を見渡しながら歩いていると、揺れる灰色のポニーテールが目に映った。その姿は、夕方の人出の多い中でも見間違えることなどなかった。足が止まり、目があった。その距離は僅か数メートル程だっただろう。やってしまった、と直感的に思った。
 その後、部長たちは突然駆け出して行ってしまった。その時の部長の表情はあまりにも悲しそうな顔をしていた。それは一体何に対してなのだろうか。自分に対して失望されたのだろうか。それとも、ともう一つの可能性が頭を過ったが流石にそれは自惚れ過ぎる。そんな都合の良いことはきっと起きない。
「行っちゃったね。私たちも早く行かない? 早くしないともっと混みそうだし」
「……あぁ、そうだな」
「……あ! あそこのステバはどうかな? 空いてそうだけど」
 本当は女の子と二人で入るのだったらもっとおしゃれなお店のほうがいいだろうとか考えていたが、もうそんなこともどうでもよくなっていた。
「うん、そうしよっか」
 そう伝えると女の子は何か言いたげな顔をしていたように感じた。だが、すぐにパッと笑顔になったのでただの見間違いかもしれない。

   ***

 食欲は正直あまりなかったのだが、何も頼まないのもおかしいだろうと普通のハンバーガーのセットを頼んだ。いつもだったらビッグステラのセットを頼む所だが、今はそれすらも食べる気がしない。女の子もメニューを頼み、空いている席に着く。
ポテトを一つ掴み口に放り込む。なんだかいつもよりもしょっぱく感じた。もう一つ掴む。
「……風祭くん、さっきの女の子のことが好きなの?」
 ぽろり、と掴んでいたポテトがトレーの上に落ちた。さっきまで騒がしかった店内が急に静かに感じる。女の子の顔を見つめれば悲しそうに笑った。
「やっぱりそうなんだね」
「え? ちょ、ちょっと、まっ」
 思わず立ち上がって弁明しようとする。弁明のしようは一切ないのだが。
 全部バレていた。バレていた、というよりさっきの出来事で全て分かってしまったのだろう。全身の力が抜けたようにぐったりと腰を下ろす。背もたれに寄りかかりため息をこぼした。
「……ごめん」
「いいの、別に。私、初めて男の人に声をかけられて勝手に舞い上がってただけなの」
 ただ謝ることしかできなかった。
「ずっと男の人と付き合ってみたかったの。だから、駅前で風祭くんが声を掛けてくれたのがうれしくて。本当にそれだけなの」
 そう言ってはいるものの、どこか悲し気な顔をしている。心が痛い。元はと言えば自分が悪いのだし、もっと非難してくれる方が優しくされるより何倍もいい。
「風祭くんと一週間WIREしたりとか連絡取ったりするの恋人同士みたいで楽しかったよ。いい思い出になった。ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはオレにはないよ」
 小鳩は頭を振って否定した。自分が声を掛けてしまったばかりにこんなことになってしまったのだ。あの時声を掛けなければ、もっと早くこの気持ちに気づいていればと思うばかりだ。なんで後悔をやり直せる世界でまた後悔してるのだと心の中で苦笑する。
「ううん、そんなことないよ。本当にありがとう。あの子もきっと誤解してるだろうから、ちゃんと話してあげてね」

   ***

 あれから、小鳩は一人店に残っていた。味の薄くなったコーラを飲みながら考え事をする。
 女の子は全て食べ終わると先に帰っていった。送ろうかとも思ったが、さっきみたいなことがまた起こりかねないと思いやめた。
 小鳩は部長とのことをどうするかずっと考えていた。部長のことが好きだという気持ちはもう揺るがないだろう。でも、打ち明けてダメだった場合、今までの関係のままでいられるのだろうか。
「あ~~~!」
 ウジウジしているのは性に合わない。当たって砕けたほうがマシだ。ダメだったらその時はその時。諦めて良い先輩でいよう。小鳩は覚悟を決めた。
 ふと外を見ると、いつの間にか暗くなっていた。空には微かに星が瞬いている。
それを見て小鳩は閃いた。急いでスマホを取り出し、WIREを開く。メッセージを打ったら一度読み返し、変なところがないか確認する。問題ないのを確認し、送信ボタンを押した。返信が来るのが待ち遠しくてつい画面を見つめてしまう。早く来ないかとまるで子供のようにそわそわするのだった。
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