アオハルプリズム

夢から覚めても


 今日もまたいつものようにキィトレインへと小鳩は足早に向かっていた。来る途中で先生に捕まってしまい、長々と説教されたものだから遅くなってしまったのだ。今頃もうみんな集まっているのだろう。
 エントランスを抜け、改札口を通り、いつも停めてあるホームへとやって来た。派手な見た目の電車が小鳩を待つように停まっている。自動ドアが開いて中に入ると、真っ先に目に入ったのは部長の姿だった。
「小鳩先輩、お疲れ様です」
 向こうもこちらに気づくと、小鳩に優しく微笑みかける。それだけで走ってきたかいがあったと思えるから不思議だ。怒りや疲れなんてどこかに吹き飛んでしまった。
「遅かったですね」
「途中で先生に捕まってさ。もうみんな来てるだろーから、焦って……アレ? みんなは?」
 喋りながら、ふと他のみんなの姿が見えないことに気づいた。今小鳩のいる車両には部長しかおらず、隣の車両にいたとしてもあまりにも静かすぎる。小鳩が不思議がっていると、部長が答えてくれた。
「茉莉絵と劉都が急遽生徒会の仕事が入ったみたいで。そんなに時間はかからないみたいなんで、その間に買い出しに行こうって話になってみんなそっちに行ってます。あ、キィは向こうにいますよ」
 そう言って部長は隣の車両を指差す。どこか見覚えのあるシチュエーション。だけど、今はそれよりも気になることがあった。
「ブッチョは行かなかったんだ? 行けば良かったじゃん」
 部長と二人っきりなのはとても喜ばしいことなのだが、なぜキィトレインに残っていたのだろう。小鳩が来ていなかったからと言っても、連絡してくれれば途中で合流できるだろうし、別にここに残る必要はないのではと思ったのだ。
「えっと……その、それは……」
 そう聞くと、なぜかしどろもどろになっている。聞かない方が良かったのかと少し不安になっていると、部長は何やら恥ずかしそうに口を開いた。
「小鳩先輩のこと待ってようかなって、思って……」
 ほんのり赤く染まった頬に愛おしさが増す。
「何それ、かわいい」
「ちょ、ちょっと先輩!」
 抱き締めようと手を伸ばすと、抵抗されてしまった。誰もいないのだからこのぐらい許してほしい。仕方ないので妥協して手ぐらいなら良いだろうと部長の指に自分の指を絡ませる。部長は諦めたのか、されるがままだった。
 こうして二人っきりで過ごしているとあの日のことを思い出す。
「なんか思い出すな、あの日のこと」
「あぁ、小鳩先輩が口を滑らせて告白してきた日のことですね」
「そこはもう忘れようぜ……」
「いやです。絶対忘れません」
 力強く宣言されてしまった。あの日のことは今でも鮮明に覚えている。何回思い出してももっとスマートにかっこよく決めたかったと思うばかりだ。
「不思議ですね。私、小鳩先輩と付き合うことになるなんて全然思わなかった」
「そうだな、オレも」
 あの時まで部長と付き合えるなんて一ミリも思っていなかった。目で追って見ているだけだったあの頃。なんだかその頃のことが懐かしい。今ではこうやって隣に並べて手も繋げて、本当に夢みたいだ。
「……例えばの話なんですけど」
 突然、部長がぽつりと零した。
「ん?」
「もしも現実のことを思い出さないままリドゥで生きていたら、どんな人生を送ってたと思います?」
 その横顔からはうまく真意は窺えない。小鳩はしばし想像してみる。
「んー、まぁ普通に高校卒業して大学行っていい会社入ってかわいい彼女と結婚、とか? ブッチョは?」
「多分、私もそんな感じですね」
 ありもしない未来の話をしながら、どこか遠くを見つめている。その瞳はどこか翳っていて暗く感じた。部長のそんな姿を見て、小鳩はなんとなく察してしまった。部長が考えていることを。
「……もしかして帰るの怖い?」
 部長の目が見開かれる。瞳が揺れた。
「怖いというか……不安、なのかもしれません」
 部長という立場からか普段はそんなことほとんど言わないし、言ってるところも見たことがなかった。でも、今それを打ち明けたのはキィがそばにいないからか、はたまた二人っきりだからだろうか。多分、両方なのだろうと小鳩は心の中でそう思った。
「このままリドゥにいたら、毎日みんなとキィと……小鳩先輩と会えて幸せに過ごせるんだろうなってちょっと思っちゃうんです。多分、今が幸せだなって思うから」
 部長の言うことも分からなくはない。以前の自分だったら永遠の幸せの方を選んでいただろう。だけど、今は部長と出会って、帰宅部に入って変わった。部長と一緒に現実に帰りたい。部長とだったら、怖いことも不安なこともきっと分かち合い、乗り越えることができるだろうから。
 部長に現実で何が起こったのかなんて分からないし、無理に聞くつもりもない。それでも、こういう風に気持ちを吐露してくれて、自分を頼ってくれたことが小鳩にとってとてもうれしいことだった。どうしたら部長の中にある不安を払拭できるかと考えて、小鳩は自身の中に一つの答えを導き出す。
「今みたいに毎日は会えないだろうけどさ、ブッチョが辛くて苦しいときは呼んでよ。どこだろうが絶対に会いに行くから」
「小鳩先輩……」
 繋いでいた手を強く、でも優しく握り直す。
「現実に帰ってもオレ、ずっと一緒にいるから」
 二人たけの空間に沈黙が流れる。部長はなぜか顔をきょとんとさせていた。何かまずいことでも言ってしまっただろうか。自分の中にある素直な気持ちを口にしただけなのだが。じっと見ていると、部長は首を傾げた。
「……それって、プロポーズ?」
 その言葉の意味を飲み込むのに数秒ほどかかった。
「アーーーッ⁉ 待って⁉ そんなつもりじゃなかったんだけど⁉」
 今考えるとあまりにもそれっぽい言葉である。またしてもやってしまった。どうしてこう何度も同じことを繰り返してしまうのか。きっと、部長の前ではかっこよくいたいという気持ちが全て裏目に出ているのだろう。
小鳩が一人慌てていると、部長はなぜか顔をシュンとさせていた。
「……そんなつもりじゃなかったって、私とは結婚してくれないんですか」
 雷が落ちたかのような衝撃が小鳩の中に走った。
「いや、そういうことじゃなくて! ……いつかちゃんと言うから」
 なんとか落ち着きを取り戻し、今度は両手を掴み、優しく包むように握り込む。真剣に澄んだ双眸を見つめれば、部長は照れたようにこくりと頷いた。
「本当にずっと一緒にいてくれますか? ……って、ちょっと重いですかね」
「そんなことないんじゃね? 多分オレの方がもっと重いと思うよ」
「そ、そうなんだ……」
 若干引かれている気がするけど、本当のことなのでどうしようもない。
「じゃあ、その、約束しませんか?」
 そう言って部長は小指を立ててこちらに向けた。指切りげんまんというやつだ。
「子供っぽいですかね?」
「イイんじゃね? だってオレたち今子供だし」
 二人でくすくすと笑い合う。小鳩も小指を出して部長の小指と絡めた。

「これからもずっと一緒に――」
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