アオハルプリズム
ハッピーホリデー!
「あれ、小鳩先輩?」
興玉駅、改札口。部長がその場所へ着くと、すでに待ち合わせをしていた人物――小鳩がその場にいて驚く。向こうも驚いているのか目をパチクリとさせていた。
「えっ⁉ ブッチョ早くね?」
「いや、先輩の方が早いんじゃ……?」
スマホで時間を確認すると、予定の時間よりも二十分は早い。早く来すぎたとは思っていたのだが、そんな自分よりも先に小鳩は待ち合わせ場所にいたのだ。小鳩の方がもっと早くに来ていたということになるだろう。当の本人を見れば、照れくさそうに頭を掻いている。
「楽しみすぎて早く来ちまったんだよ」
「……ふふっ、私もです」
「なんだ一緒じゃん」
二人で目を合わせて笑い合う。まさか同じことを考えていたなんて思いもよらなかった。こんな些細なことでもうれしく感じてしまう。
「まだ時間あるし、ゆっくり歩いてくか」
「そうですね」
並んで歩き出すと自然と小鳩が部長の手を取り指を絡めた。部長も応えるようにぎゅっと握り返す。本当の本当にデートみたいだ、なんて一人胸を弾ませていた。
小鳩からデートに誘われたのはつい先日のこと。部長は二つ返事で了承し、小鳩との初めての休日デートが決まった。
初めてのちゃんとしたデートに部長は大変浮かれていた。何を着ていこうか、髪型もどうしようとか、そんなことばかり考えていた。今日も家を出るまでにキィに変なところがないか何回も確認してもらったほどだ。
「ブッチョの私服姿なんか新鮮だな。制服もイイけどこっちもイイ……」
「そんな感慨深そうに言われると恥ずかしいんですけど」
「すっごくかわいいよ」
甘ったるい瞳がこちらを見つめていて、心臓が飛び出るかと思った。
「あ、ありがとうございます……」
小鳩と恋人同士になって幾日が過ぎたが、やはりまだまだ慣れない。繋いだ手のひらからこのドキドキが伝わらないことを祈るばかりだ。
二人は興玉駅の中を抜けると、駅前の方へとやって来た。目的地はMOI。デートをするに当たって小鳩から行きたいところはないかと聞かれたときに、映画はどうだろうかと部長は答えた。ちょうど見たい映画が上映されていたのと、デートの定番っぽいし良いんじゃないかと思ったのだ。早く着いてしまったがゆえに上映時間までまだだいぶ時間が空いているが、逆にゆっくりと話す時間ができて良かったかもしれない。
小鳩と和やかに話しながら歩いていると、突然キィがひょっこりと飛び出してきた。
「キィ、どうかしたの?」
「あそこ! デジヘッドだ!」
キィが指差す方向を見ると、なんとデジヘッドが二人もいるではないか。向こうはまだこちらには気づいていないようだ。あの数だったら部長と小鳩の二人でも倒せるだろう。それにこのまま放置しておくのも良くない。
「先輩行きましょう!」
「エェッ⁉ マジ?」
「ささっと倒してしまいましょう! まだ時間ありますし!」
部長は嫌そうな顔をしている小鳩の手を引っ張ってデジヘッドの方へと駆けていく。すると、向こうもこちらに気づき臨戦態勢を取った。部長もCEを発動する。
「小鳩先輩行き……」
「邪魔すんなーーーーーッ‼」
なんと、部長が声を掛けるより先に大きな叫び声と同時に小鳩が突っ込んでいってしまった。鎖に繋がれた鉄球を力任せに振り回しているが、ちゃんとデジヘッドたちには命中している。
「今日の小鳩先輩すごい攻撃当たってる」
「相当頭にキテるんだな……」
小鳩一人で倒してしまいそうなほどの勢いだ。その光景に圧倒されていると、デジヘッドの一人がこちらに気づき向かってくる。呆気に取られている場合ではないと部長もナイフを構え直した。
「ハァハァ……」
「先輩お疲れ様です。大丈夫ですか?」
肩で息をする小鳩の背中を擦る。小鳩の活躍によりデジヘッドたちは全て倒すことができた。
「アーッ‼ なんでこういうときにアイツら出てくんだよ‼」
「もう倒したからいいじゃないか」
「ブッチョとの! 貴重な時間が! 失われただろ!」
「時間といえば、今何時……あっ」
スマホで時間を確認すると、映画の上映時間が刻々と迫っていた。
「小鳩先輩、ちょっと急いだ方がいいかも」
「クソ〜〜〜〜〜ッ‼」
二人は映画館へと駆け出したのだった。
◇◇◇
「映画どうでしたか?」
「ん? おもしろかったよ。特に最後のさ〜」
小鳩の話を聞きながら部長はホッと胸を撫で下ろした。自分が気になっていた映画を小鳩も楽しめるのか正直少し不安だったのだ。
無事に目的の映画を見終わり、今は昼食を食べにフードコートへと来ていた。部長は口にパスタを運びながら数時間前のことを思い出す。あの後、走ったおかげで上映時間にはなんとか間に合うことができた。映画もおもしろかったし自分は満足しているのだが、どことなく小鳩に元気がないように見える。余程デジヘッドたちに時間を取られたのが嫌なのだろう。
どうしたら小鳩が元気になるだろうかと部長は考える。このあとの予定は特に決まっていないし、映画は部長から行きたいと言った。だったら今度は小鳩の行きたいところに行くのが良いかもしれない。
「このあとは小鳩先輩の行きたいところに行きましょうよ」
小鳩が食べる手を止めこちらに顔を向ける。
「え? オレは別にいーよ。気遣わなくていいから」
「私、小鳩先輩の好きなものとか好きなこともっと知りたい」
そう言って、部長は小鳩の顔をじっと見つめる。すると、小鳩は困ったように笑った。
「ブッチョには勝てねぇな」
「じゃあ、どこ行きますか?」
「せっかく行くんだったらブッチョがあんま行ったことないとこがいいよな。行ったことなさそうなとこ……ゲーセンとかは? ブッチョ真面目だしこういうとこ……」
ゲーセンという単語に吟と何度か遊びに行ったことを思い出す。
「ゲームセンターは行ったことありますね。吟と」
「ハァ⁉ ノトギンと⁉ 二人で⁉」
立ち上がり、そう叫んだ小鳩の大きな声が周囲に響き渡った。周りにいたお客さんの視線が一気にこちらに集まる。小鳩もそれに気づいたのか椅子に座り直した。
「そんなにびっくりするようなことではないと思うんですけど……それに先輩と付き合う前のことだし」
「分かってるけど、それでもズルいもんはズルいだろ」
目の前にある顔は不貞腐れたようにムスッとしている。まるで幼い子供を見ているようだ。
「じゃあ、行きましょうよ。私もまだ遊んだことのないゲームあると思いますし」
「行く。ノトギンに抜け駆けされてんのイヤだし」
別に抜け駆けをしているつもりは吟には全くないと思うのだが、と心の中で思いながら残っているパスタを口に入れる。
「ちなみにいつもノトギンとはどんなゲームやってんの?」
「格闘ゲームとかですね。吟が好きみたいで」
吟と行くとだいたい格闘ゲームで遊ぶことが多かった。他のゲームでも遊んだりはするが、回数で言えば格闘ゲームがダントツで多いだろう。
「そういや、オレと行くときもよくやってるな。ブッチョはそういう系得意?」
「いえ、全然。吟が教えてくれたおかげでできるようになりました」
「ふーん。じゃあ、オレは大人なゲーム教えてあげる」
「……え?」
食事を済ませ、決めた通りにゲームセンターへと来ていた。小鳩の言う大人なゲームに一抹の不安を抱えていたが、それがある場所に着いてみるとそんな不安もすぐに消え去った。やって来たゲームセンターの一角にあったのはダーツだった。
「そういえば、小鳩先輩ダーツできるんでしたっけ」
以前、WIREでやり取りしたときにそんな話をしたのを覚えている。ダーツというと確かに大人の遊ぶゲームというイメージがあったが、こんな身近なゲームセンターにもあることに驚く。
「ブッチョはしたことある?」
「ないです」
「じゃ、オレが最初にやるから見てて」
そう言うと、小鳩は的から離れたところに立ち、ダーツの矢を構える。いつもとは違う真剣な雰囲気に少しドキドキする。小鳩が狙いを定めて矢を放つと、弧を描き、的の真ん中へと刺さった。部長は思わず拍手する。
「小鳩先輩すごいですね。かっこいい」
「ブッチョに褒められるなんてやってて良かったぜ。でも、これ実は一番高い点数じゃないんだよな。ほんとはあそこの……」
小鳩が的を指差しながら丁寧に教えてくれる。とても枠が小さくてそこに当てるのは難しそうだ。
「そうなんですね。真ん中が一番点数高いんだと思ってました」
「ほら、ブッチョも教えるから一緒にやろうぜ」
手招きされ、矢を受け取り床にあるラインの上に立つ。
「まず、足をこう出して……持ち方は……」
小鳩が部長の後ろに立って手を添える。やけに距離が近い。体が密着しているようでなんだか恥ずかしくなってきた。
「……ブッチョなんかイイ匂いする」
「ちゃんと教えてもらってもいいですか?」
もう一度きちんと教えてもらい、小鳩には離れてもらった。先程の小鳩の様子を思い出しつつ、矢を投げてみる。矢はゆるくカーブを描き、的にある枠の一番広い部分に刺さった。多分点数は高くないのだろう。
「難しいですね」
「最初はそんなもんだって」
その後、小鳩が投げている間にその姿を観察しつつ、何回かやるうちに的の真ん中の方にも当たるようになってきた。
「ブッチョ飲み込み早くない?」
「そうですか? ありがとうございます。こうやって小鳩先輩が好きなものを一緒に遊べてうれしいです」
「うれしいこと言うじゃん! ブッチョってば、かわい〜!」
なんだかうれしそうにしている小鳩が部長の体を抱き寄せた。
「わっ、先輩ちょっと!」
「大丈夫だって。誰も見てないよ」
確かに周囲に人はあまりいなかったが、外でこういうことをするのはやはり恥ずかしい。腕の中でもがくが小鳩の力には勝てるわけもなく。部長は諦め、されるがまま身を委ねた。
小鳩はひとしきり抱き締めると、背に回っていた手を離しやっと部長は開放された。小鳩の顔を見ると、ニコニコしてご満悦のようだ。元気になったようで何よりである。
「なんか他のゲームでも遊ぶか〜!」
また二人で歩きながら何か気になるゲームでもないかときょろきょろしていると、部長はある物が目につき立ち止まる。ちょうどクレーンゲームがたくさん並んでいる場所を歩いていたのだが、その中の一つにくまのぬいぐるみたちがちょこんと座っている。色もカラフルで、くまのイメージであるブラウンからかわいらしいピンク色まで種類は豊富だ。部長がその中で一番気になったのが黒いくまのぬいぐるみ。ちょっと目つきが悪くて誰かを彷彿とさせる。
「なんか欲しい物でもあった?」
小鳩がこちらに気づき振り返った。その顔を見て、なぜこのぬいぐるみが気になったのかが分かり笑みを漏らす。
「なんか小鳩先輩に似てるなって」
部長が黒いくまを指差しそう言うと、小鳩は怪訝そうな表情をした。
「……似てるか?」
小鳩は疑わしい目でくまのぬいぐるみをじっと見つめている。ますます似ているようで部長が一人笑っていると、小鳩がクレーンゲームにお金を入れた。
「やるんですか?」
「ブッチョ欲しそうな顔してるから」
自分ではそんな顔をしているつもりではなかった。すでにお金も入れてしまったし、この子が気になったのも事実である。部長はそのまま見守ることにした。
小鳩は慣れた手つきでガチャガチャとレバーを操作し、ぬいぐるみの頭上にアームを動かした。アームはくまの頭を掴み、グラグラと揺れながら移動していく。落ちそうで落ちないぬいぐるみに内心ドキドキする。そして、そのまま落ちることなく穴の真上まで行き、アームは掴んでいたぬいぐるみを離した。柔らかい音を立て、ぬいぐるみが落ちてくる。取れたぬいぐるみを小鳩は部長に差し出した。
「はい。取れたぜ」
「小鳩先輩すごいですね。ありがとうございます」
まさか取れるとは思わなかった。しかも一回で。受け取ったふわふわのぬいぐるみをぎゅっと胸に抱き締める。それを見ていた小鳩はなぜか眉間に皺を寄せた。
「なんかズルいな。そいつ」
「じゃあ、小鳩先輩だと思って毎日一緒に寝ますね」
「いや、待って⁉ それはオレがしたいんだけど⁉」
ぬいぐるみにまでヤキモチを妬くものだから思わず笑ってしまう。大事にしようと心に決め、もう一度そのふわふわの体を抱き締めていると、不意にカシャリと無機質な音がした。音がしたその方向――小鳩へ目を向けると、なぜかこちらにスマホを向けているではないか。
「え、今撮ったんですか」
「うん。かわいい顔してたから記念に」
掲げたスマホの奥から小鳩がうれしそうに顔を覗かせる。まさか自分が撮られているとは思わなかった。恥ずかしくなってきてぬいぐるみに顔を埋める。
「マジでかわい〜。これ待ち受けにしてイイ?」
「えっ⁉ だ、ダメです! 恥ずかしいから!」
顔を上げて必死に首を振る。待ち受けなんかにされたら、知らない誰かの目に入ってしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。
「え〜、めっちゃかわいいのに。……まぁ、これを見たヤツがブッチョに惚れちまう可能性もあるしな。大事に保存しとこ」
どうにか待ち受けは免れた。本当は消してほしいところだが、うれしそうな小鳩の顔を見ると強く言えない。ぬいぐるみも取ってもらったし、今日ぐらいは良いかなと部長は思うのだった。
◇◇◇
その後もシューティングゲームやレースゲームなど様々なゲームで遊び、ゲームセンターを満喫した。
楽しい時間はあっという間で、いつの間にかずいぶんと時間が経っていた。駅へと戻り、部長が今日はこれでと言いかけると小鳩は分かりやすく寂し気に表情を変えた。
「まだ帰りたくねぇ〜」
そう言って、小鳩は繋いだ手を中々離そうとしない。部長も同じ気持ちではあったが、そろそろ帰らなければ日が暮れてしまう。
「またデートしましょう。まだ行ったことのない場所たくさんありますから」
「……そうだな。次はもっと楽しませられるようにいろいろ考えとくよ」
「ふふ、楽しみにしてますね」
次の約束に今から胸を躍らせる。きっと小鳩のことだからすぐにその日は来るのだろう。それまでにもっと好きでいてもらうためにいろいろとがんばろうと、部長は心の中でひっそりと思った。
今日はハプニングも多かったけれど、どれも楽しい思い出の一ページには変わりない。部長にとって、きっと小鳩にとっても、今日はかけがえのない大切な一日となったのだった。