ガラスの靴
ガラスの靴とは、誰もが知っているグリム童話「シンデレラ」の主人公シンデレラが王子様との再会のキッカケとなったあの物語に欠かせないアイテムである。
シンデレラ・ストーリーと言われるロマンスの代名詞だが、いろいろ不可解な事も有るのも事実である。
舞踏会で出会い、名前も名乗らず去って行った美少女が、唯一残していった手掛かりのガラスの靴…
知恵を振り絞った王子様は「本人ならばガラスの靴がピッタリ合うハズだ」と考え、ガラスの靴がピッタリ合う少女を探して回ったのだが、ソレが子供の頃から不思議だった。
ピッタリ合うガラス製の靴なんて履くことができるんだろうか?
ガラスは硬質素材である。
柔軟性は皆無に等しく、すでに形態が決定してしまったガラスはもはや変型不可能と言わざるえない。
我々が通常、靴として仕様する素材は、革・布・ゴムのような柔軟性に富んだ素材である。
普通、靴の方が変形することで人間は靴を履く事ができるんだが、変形不可能なガラス素材の靴では足の方が変形を余儀なくされる。
かと言って基本的に骨格で構成された足の変形には限界がある。
百歩譲って履けたとしても、歩いたり社交ダンスを踊ったり、ボンボン育ちのヤサ男が相手とはいえ、追いかけて来る男を振り切って逃げるというような激しい運動が可能なんだろうか?
まずは、ガラスのように伸縮性が皆無に等しい硬質素材が、靴のように柔軟な機動性が必要な物に向くのだろうか?という問題を解決していかなければならない。
これはすなわち、我々の人体構造から、ガラスの靴を履いて歩行する事が可能なのか?という事である。
結論から言ってしまうと、ガラスの靴を履いての通常の歩行はほぼ不可能である。
なぜなら、ガラスの靴を履いてしまうと、爪先を曲げる事ができなくなるからだ。
ピッタリ足にフィットするガラスの靴を履くという事は、ガラスの靴の形状の支配下にある爪先は、ガラスの靴によって固定されてしまい、それ以上曲げる事も伸ばす事もできなくなるのだ。
人間は足を前に出すだけで歩行している訳ではない。
人間の歩行はテコの原理の繰り返しである。
軸足が支点、蹴り足が力点となり、ソレを両足が交互に繰り返す事で、作用点である重心を前方へ移動させている訳だ。
蹴り足が後方へ蹴り出す力が有って、はじめて歩行という動作をしなやかに完遂しているのである。
歩行をしなやかに行うためには、爪先から足の付け根までの関節の機動が不可欠。
スポーツにおいて「バネ」と表現される下半身の運動だが、爪先が曲がらないとなると根本的にその動きも変わってきてしまう。
爪先を全く曲げない歩行を試してみて頂きたい。
まず爪先が曲がらなかったら、蹴り足としての機能を果たす事は不可能である。
爪先とカカトが同時に地面に着地し、同時に地面から離れる事になるため、常に地面に対して靴底が平行になるように蹴らなければならない。
この状態では、足を身体の中心より後ろへ伸ばして、後方の地面を蹴って進む事が出来ない。
身体の前から後ろへと足が移動し、軸足が蹴り足へと変化する動作が出来なくなってしまうからだ。
下半身のバネとしての役割には、脚の付け根から始まる前後へ交互に折れ曲がる関節の活動が、最後に地面を蹴る爪先が後方へ折れ曲がる事によって、前方への推進力を生み出すが、爪先が曲がらない事により、最後に地面を蹴る力が前方へ折れ曲がる踝になってしまい、後方へ向かう事になってしまう。
まぁ無理にでも歩こうと思えば歩けないこともないが、蹴り足が重心より後方を蹴れないと距離を稼げないので、かなりぎこちない歩行となる。
この時大切なのは、両膝は必ず外側に曲げた状態で歩かなければならない事だ。
足が身体の重心より後方へ移動できれば、斜めに傾いた分、前に出る足が前方への距離が稼げる。
ところが、ガラスの靴を履き、爪先が曲がらない状態にしてしまうと、両足の動作が身体の重心より前方のみで行われる事になる。
両足の長さが同じである以上、足を伸ばしたまま歩くと、地面から浮いている足が地面に着く時、浮き始めた位置からほとんど同じ位置に着地する事になり、その場で足踏みをしているだけで全然前に進めなくなるからだ。
この歩き方で浮いた足が着地までに距離を稼ぐには、地面に着いている方の足の膝を、不自然に横に大きく曲げる事で、浮いた足の着地点を前方へ相対的に延ばすしかない。
そのため、阿波踊りのように常に両膝を曲げた状態で進む形になり、本人が望むと望まざるとズゴックのようなガニ股歩行になってしまうのだ。
次の問題はシンデレラが走っている事だ。
シンデレラは、12時の鐘が鳴り終わると共に、魔法が解けてしまうという事を思い出し、鐘の音を聴いて慌て王子様の前から走って逃げたのだ。
爪先が曲がらない状態で走るとなるとさらに大仕事である。
人間が走る時、長距離走の場合は踵で着地し爪先で地面を蹴り、短距離走の場合は踵はほとんど地面に着かず爪先で着地してそのまま後方へ蹴り出す。
いずれにしても爪先の稼働は、走りにとって最も重要な運動といっても過言ではない。
最終的に地面を蹴って身体をはね上げているのは爪先なのだ。
当然、爪先の動かないガラスの靴を履いたシンデレラには、後方への蹴り出しが出来ない。
その状態で軸足をより遠くへ落とす為には、膝を曲げたままで、前方へより激しく膝を上げ、スネを突き出して距離を稼ぎながら進んでいくしかない。
ガニ股モモ上げ走法だ。
モモ上げ走法を激しく行うには腕の振りも不可欠である。
モモ上げを前方へ激しく、さらに腕の振りまで激しく行うと、上半身は必然的にノケ反って行く…
蹴り足を身体の重心より後方へ伸ばせず、後方の地面を蹴る事が出来ないため、後方からの反作用、すなわち後ろから前へと押して来る力が無く、下から斜め後方へ押し上げる力ばかりが強くはたらくため、上半身はノケ反るのだ。
これぞ、ガニ股モモ上げノケ反り走法である。
通常の人間の足は、足の付け根→膝→足首→爪先と、それぞれの伸縮によって、バネのような役割を果たして走りに繋げる。
それはモモ上げ走法でも同じである。
しかし、それも爪先が曲がらなければ、せっかく付け根から伝わって来たバネもほとんどが足首までで打ち消されてしまう。
しかも、地面を蹴る反作用が斜め上の後方へと向かってはたらいているという事は、前方へ向かう反作用はは全くたらいていないという事を意味している。
前進する力としてはたらく動力は、モモを振り上げる勢いだけなので、身体の動きが激しい割に、なかなか前へ進んでは行かない。
その場から移動するまでの間、長時間社交会の面々にエキセントリックな走りをさらす事になる。
そもそも、走っているように見えたかどうかさえ怪しい。
12時の鐘の音に「ハッ!?」と気付き、突然激しくモモ上げ運動を始めたシンデレラを見て紳士淑女の皆様は、イキナリ何を始めたのかと理解に苦しむであろう。
徐々に前に進んでいる事に気付き「もしや走っているのでは?」と、なんとなく納得できるくらいではないか?
このシンデレラ走法を動画で解説できないのはとても残念であるが、ハタから見ていたら相当奇怪な走法であった事は間違いないのだ。
例えとして正しいかどうか解らないが、横山やすしの「怒るでしかし!」というモノマネを大袈裟にやり続けながら前へと進んで行く感じだ。
このシンデレラの奇行を目の当たりにしても、恋心が冷めたりはしなかった王子様はなかなか器の大きい人物であったと思う。
しかしシンデレラはそれで良かったんだろうか?
大きなお世話だという事は重々承知の上で語らせてもらえば、物語ではシンデレラは階段の途中にガラスの靴を片方落として行った…
つまり、シンデレラは片足は裸足、片足は伸縮性の無いハイヒールで階段を駆け降りるという状況だった訳だ。
この状態での走り難さを、誰よりも痛感していたのは当事者のシンデレラのハズである。
王子様とはいえ、そんな自分に追い付く事もままならない男で良かったんだろうか?
だいたい手掛かりのガラスの靴がフィットするまで、本人と気付かなかった男である。
愛しい人の顔も覚えていないような男で良いのか!?
まぁ、それがシンデレラの寛容さなのかもしれませんなぁ…
よく考えたら、ガラスの靴もシンデレラ自身が発注した訳ではない
魔法使いが機能性よりも、メルヘンチックな見た目を優先で勝手に作って履かせた代物である。
ガラスの靴の歩き難さはシンデレラは履いた瞬間気付いたハズで、すぐ近くで見ていた魔法使いにその場でクレームをつけることもできたハズである。
もちろん、魔法使いには悪意が有った訳ではなく、むしろ良かれと思ってやった事だ。
シンデレラも自分のために好意で作ってくれた物にクレームをつけるようなあつかましい性格ではないだろうから、甘んじてガラスの靴を履いたのだと思われる。
心優く文句も言えない人の方が苦労を強いられるのは、現実世界もメルヘン世界も同じなんだなぁ…
【注釈】
↓[伸縮性が皆無に等しい]
ガラスも繊維質になるとある程度の伸縮性を持つ。
グラスファイバーといって、釣竿や棒高跳のポールにも使用されている素材だ。
ただ、繊維が細かくなると透明度は極めて低くなるうえに、ガラス繊維はササクレが刺さるとめちゃめちゃ痛い!
ソレを防ぐためには、表面をポリウレタン等で覆う必要が有るが、ソレをやってしまってはもはやガラスの靴とは言えない。
↓[阿波踊り]
徳島阿波地方を発祥とする盆踊りである。
右手と右足を同時に前に出す独特な踊り。
「踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らにゃ損々」というフレーズが有名。
↓[ズゴック]
MSM-07
人気アニメ「機動戦士ガンダム」に登場する、ジオン軍の水陸両用モビルスーツ。
↓[長距離走~短距離走]
短距離走と中長距離走の違いは、瞬間的にパワーを引き出せる無酸素運動と持久力に優れる有酸素運動の違いとなっている。
陸上競技においては、ギリギリ無酸素運動が可能な400mまでが短距離走で、無酸素運動が不可能とされる800mから中距離と呼ばれる。
↓[反作用]
ニュートン力学・第三の法則「作用反作用の法則」。
物体に一定の力を加えると、必ず同じ力で物体から押し返される。
後方の地面を蹴る力と同じ力が地面から返って来て、その力を利用して人は前に進むのである。
↓[身体はノケ反る]
走っている時に限らず、歩いている時も同じである。
反作用が身体の重心を前方から斜め後方へ押し上げるから歩いている時も同様にノケ反るのだ。
多分周囲からシンデレラは偉そうにふん反りかえって歩いている様に見えた事だろう。
おそらく気品に欠ける成金者には違いないが、よほどの大金持ちの令嬢なんだろうと、彼女の奇行を見ても誰も問い正せなかったんではないだろうか?
↓[なかなか前へ進んで行かない]
この場合、後ろ向きに走った方が速いと思われる。
地面から返って来る反作用が重心より後方へ向かっているという事は、少なくとも前に進むより後に進む方が力も素直に伝わる。
後ろ向きなら膝の屈伸運動を利用して、カカトで蹴るようにして、大股でピョンピョン跳ねるように走られる。
ガニ股モモ上げ走法は、普通に歩くよりも遅いペースになるので、王子様が極端な鈍足だったとしても、追い付けない方が不思議だったが、シンデレラが後ろ向き走法をし、王子様の走力を考えられる限り最低と仮定すれば、追い付けないのも充分納得できる。
物語の中に「シンデレラは前向きに走っていった」とは書いていないので、後ろ向きに走った可能性も決して否定できない。
なお、後ろ向きで階段を駆け降りる行為は、普通の靴でも危険極まりない行為ゆえ、絶対にマネしないでください!
↓[12時の鐘の音]
12時の鐘の音って夜中の12時にも鳴るモンなの?
この日は舞踏会だからいいものの、舞踏会だからといって鳴らす意味は無いので日常的に鳴っていたと考えられる。
お城の従者や近隣住民にしたら迷惑な話である。
除夜の鐘だって大晦日だからいいものの、毎夜鳴らされたらたまったものではない。
↓[横山やすし]
西川きよし氏と伝説の漫才コンビ「やすしきよし」で活躍。
横山ノック氏の弟子であり、そのさらに師匠はしゃべくり漫才の元祖「エンタツアチャコ」の横山エンタツ氏にあたる。
「やっさん」の愛称で親しまれ、ビートたけし氏らと共に1980年代のいわゆる漫才ブームの立役者で、関西ローカルのプロダクションに過ぎなかった吉本興業を全国区に押し上げた功労者。
酒癖の悪さは有名で、破天荒な性格と歯に衣着せぬ言動から、周囲とのトラブルが絶えず、「破滅型芸人」と呼ばれ、次第に表舞台から姿を消していった。
「やすきよ」の復活を望むファンの声も多数あったが、その願いは叶えられることなく、96年1月、54歳の若さで波瀾に満ちた人生に幕を閉じた。
本文中の「怒るでしかし!」はギャグなどではなく口癖のようなモノ。
↓[あつかましい性格]
シンデレラがそれくらいの性格をしていたら、継母や義姉達に虐められる事も無かっただろうに…
まぁ、せいぜい「めんどくさい奴」「クレーマー女」とか陰口を叩かれる程度であったろう。
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