金の斧と銀の斧


これはキングオブコントを視ていて思いついた訳ではない。
もっと前から構想はあったのだが、すっかり忘れており、キングオブコントのどぶろっくのネタを視て思い出したでのだ。

イソップ童話「金の斧と銀の斧」の物語は皆さんよくご存知だろう。
森で木こりが作業中、誤って大事な斧を池に落としてしまい、途方にくれていたら、金の斧を持った女神が現れ「お前が落としたのはこの金の斧か?」と問う物語である。
木こりは「私の斧は鉄の斧です」と正直に答えたため、女神は感心し、鉄の斧を銀の斧に変え、金の斧と銀の斧を木こりに差し上げたのだった。

この物語の教訓は言わずもがな、「常に正直であれ」という事なんだろう。
女神が木こりの前に現れたのはおそらく偶然。
どんな時でも正直者で木こりだったからこそ、突然の問いにも、深く考える事なく、自然体で対応できたのだろう。


しかしこの木こり、自分で拾うのは無理だったんだろうか?
斧を池に落とした時点で「もうダメだ」と諦めモードで水の中に入ろうともしていない。
落とした時点ですでに「自分で拾う」という選択肢が無かったのはどうも納得いかない。
それとも鉄の塊である斧を、自分では拾えないほど遠くまで投げたということだろうか?

私はテレビ東京の月一特番「緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦」が好きでよく視ているのだが、あの番組を視た人達は「池、思ったより浅!」という感想を持ったのではないだろうか?

もちろん一言で池といっても深さは様々。
日本の農業用のため池の場合その多くは江戸時代以前に原型が作られた物がほとんどで、基本的に谷間に堤防を作る事によって簡易的に池として完成構造になっている。
自然池の場合、くぼ地に水が溜まる事によって結果的に池となる。
ため池の場合、定期的に水を抜いて池底を乾かす必要があり、また田植えのシーズンなど時期に応じて自在に放水する事から堤防付近が一番深くなっている。
仮にこの池がため池で、堤防付近で木こりをしていたのなら解らなくもない。

我々日本人には池といったらため池である。
米が主食の日本では水田が圧倒的に多いため、必然的に農業用のため池が多くなる。
逆に小麦やトウモロコシが主食のヨーロッパではため池が日本ほど必要ではなく、自然池がほとんどである。
まぁため池に女神が住んでいるというのはちょっと考え難いので、ここは自然池と考えていいだろう。


「金の斧、銀の斧」の参考資料を探してみたら、物語によって斧を落とした場所は川と池と違っている。
どっちが正しいのかとさらに調べてみると、川の方が多いようだ。
だったら尚更自分で拾いに行かんかい!

池にしろ川にしろどちらにしても、淵からいきなり深くなっている訳ではなく、よほど遠い所に放り投げない限り、自分で拾う事もできたのではないだろうか?

現在、男子ハンマー投の世界記録は旧ソ連のユーリ・セディフが出した86m74cmで、オリンピックや世界陸上でもおよそ80m前後で優勝が争われている。
確かに80mも沖に放り投げたらそりゃ自分で拾う気にはなれん。
しかし、それは屈強な大男が厳しい練習を重ねパワーとテクニックを磨き、遠くへ飛ばさんとして気合いを込めて周囲が引くほどの激しい雄叫びと共に遠心力を利用して放り投げた結果でる。

実は私は高校時代、陸上部に所属していた。
専門は長距離だったが、ハンマー投のハンマーを試しに投げさせてもらった事もある。
結果は5m程度…
まぁ私は一般的な男性より華奢だからこの程度なのかもしれないが、それでも一応遠くへ飛ばそうという意思を持ち、雄叫びこそ無かったが自分なりに一生懸命投げた結果である。
それに私よりはるかにガタイの良い短距離選手も投げていたが、それでも10m程度だった。
遠くへ投げる気などさらさら無いハズの正直者の木こりでは拾えないほど遠くへ投げたとは思えない。
イビツな形状の鉄の塊を遠くに投げるのはその気になったとしても思った以上に難しいのだ。

この物語には、最初の正直者の木こりからこのエピソードを聞かされた欲張りな木こりが、同じように川に斧を落として金の斧を手に入れようとする話が描かれているが、彼の場合は自分の意思で放り投げているからまだ解らなくない。

そう思って様々な資料の挿し絵を見ても、どの挿し絵も木こりが水辺のすぐ淵の手を伸ばせば届きそうな所を覗き込み、その木こりの目線のあたりのすぐ淵に波紋が出来ている。
って事はやっぱりすぐ淵に落としたのか?

水の女神よ、この木こりがどれほど正直者で働き者かは知らないが、自分で解決しようとしていたかどうかも評価の対象にした方が良いのではないだろうか?
もっともその場合、斧はすぐ見つかり、女神の出番は無かったと思われるが…

【注釈】
↓[女神]
童話の中ではヘルメスという名前で紹介されている。
ヘルメスとはギリシャ神話のオリンポス十二神の一人で、男の神である。

↓[小麦やトウモロコシ]
コムギやトウモロコシもイネ科である。
イネ科も多種多様で、イネは湿地を好み、コムギやトウモロコシは草原を好む。

↓[定期的に水を抜いて…]
「かいぼり」と呼ばれる作業である。
湖底を乾かしヘドロを取り除く事を目的としているが、水性生物の保護などで人手が必要だったり、作業の難しさからなかなか行われずにいるのが現状である。

↓[ハンマー投]
元々ハンマーに鎖を付けて投げていた。陸上の投擲競技。
アイルランドが発祥とされている。
本文中の世界記録が樹立されたのは1986年8月。
ちなみに陸上の投擲競技は100mを超えると計測不能になり、世界記録が100mを超えると投擲物の重量を変えるなどの全面的に規格が変更され、それまでの記録は旧規格記録となってしまう。
ハンマー投ではまだ無いが、やり投では1984年にそれが一度起こっている。

↓[旧ソ連]
かつての「ソビエト社会主義共和国連邦」
現在のロシア連邦が母体となっていた巨大国家。
ロシア革命によりロマノフ王朝が倒され、マルクス主義の政治活動家レーニンによって設立。
アメリカ合衆国を中心とする資本主義陣営と対立し、いわゆる冷戦を常態化させていた。
1991年にウクライナやカザフスタンなどが独立し、連邦は解体された。
1/1ページ
    スキ