聖徳太子


以前「源義経」でも書いたが、歴史とは古くなればなるほどおとぎ話と区別がつきにくくなると、壇之浦の戦いでの義経の八艘飛びを紹介したが、日本の歴史上にはさらに興味深い仰天能力を披露してくれる偉人達がまだまだ存在する。

そんな訳で久々のエッセイ更新は日本の礎を築いたことで知られる「聖徳太子」である。

聖徳太子とは飛鳥時代の皇族で、遣随使の派遣など外交にも力を入れ、法隆寺の建立と仏教の布教活動にも人力をそそいでいたとされている。

かなりの多忙な人物であったと想像できるが、そんな忙しさからか、とある彼の特殊な能力がよくクローズアップされる。

それは「10人の話を同時に聞き分けた」という能力である。

当り前だが、スゴイ能力である。
聖徳太子が活躍していたのは今から約1400年前であるが、聖徳太子以降このような特技を持った人物は世界を見渡しても登場してはいない。
つまり、1400年間破られてはいないギネス記録のようなモノである。

もちろん聖徳太子は伊達や酔狂でこの能力を披露した訳ではなく、多忙な業務を短縮し、仕事の能率を上げるために使っていたモノである。

だったら尚更、そういう事をしようとする人物が現れても不思議ではないような気もする。

聖徳太子でなくても1400年の内には多忙な人物は大勢いたハズである。

10人分の話を一度で済ませられたら、掛かる時間は1/10だ。
90%もの時間を短縮できるなんて便利な能力じゃないか!

10人とまで言わないが、4~5人の話を聞き分けるくらいの人が出て来ても不思議ではないのだが…

にも関わらず聖徳太子以外にこの能力を発揮し、試みた人物が歴史上存在しないのはナゼなのだろうか?
何かこの能力には実用化には踏み切れない、重大な欠点が有るのだろうか?


子供の頃「漫画で解る日本の歴史」的な書物の中で、聖徳太子に10人の部下が相談に訪れた際、聖徳太子は「私は忙しいから全員で一斉に話しなさい」と指示し、10人分の話を一度に聞き、相談した一人一人に対し丁寧に回答していたというエピソードが紹介されていた。

なるほど!
聖徳太子が一方的に報告を聞いているだけなら、全員の話を理解しているのかは解らない。
一方的に聞くだけで回答をしないとすると、聖徳太子が本当に聞いていたかどうかアヤシイものだ。
しかし一人一人にきちんと回答する事で、同時に聞いた話を全て理解している事の証明にもなっている。


だが、その事からある事実が明らかになった。
10人の話を同時に聞いても、回答は一人一人に別々に行わねばならない。

当然である。
1セットの聴力で多数の話を聞き分けるのは、許容量次第で増す事は可能であるかも知れないが、一つしか無い口では、同時に複数の文言を話すのはいっこく堂でも不可能である。

仮に可能だったとしても、凡人である聞き手がそれを聞き分けるのは極めて困難である。

ようするに、回答にはどうしても一人一人と会話する必要性が生じてしまう。

つまり短縮できたのは相談を受ける部分だけであり、それに対する回答には常人と同じ時間が掛かるのだ。

わかりやすく10人の相談者の相談とそれに対する回答もそれぞれ1分ずつだったと仮定した場合、通常10分掛かる相談が1分で済むから9分間は短縮できた。
しかし回答には同じ10分間掛かるわけだから、相談の時間と回答の時間の両方合わせて凡人が20分掛かるのを聖徳太子は11分で済ますと言っている。

聖徳太子が短縮できたのは対話全体の45%である。

せっかくの能力なのに実用性がイキナリ半減してしまった。


さらに現実はそう単純ではない。

相談ったって、人それぞれ内容が違う訳だから1分足らずで済む人もいれば、10分以上も掛かる人もいるだろう。

今度は相談者のうち、最短の人が1分間の相談で、最長の人が10分間の相談だったと仮定してみよう。

相談が始まるのは一斉。
しかし相談の終了は、最短の人が1分間で終わり、それから最長の人が相談し終わるまで9分間掛かることになる。


それは聖徳太子にとって、一番嫌いなハズのムダな時間である。

それぞれ長さが違う複数の棒を直列に並べば隙間なく並べられる事が出来るのに対し、並列に並べてしまうと長さが違う分だけ隙間がいくつも出来てしまうのと同じである。

大事なのは長さだけでなく面積…

その隙間は、結局何もしていない時間ということになってしまうのだ。


仮に、両者とも相談に掛かった時間だけ回答にも同じ時間が掛かった場合、一人ずつ別々に受けいたら両者の合計の対話時間は22分である。
それを同時に行った場合、相談終了は同時になるので、最長相談者が相談し終わる10分、回答には最長相談者の10分と最短相談者の1分で計11分、つまり一連の対話は合計21分間だ。

短縮できたのはたったの22分間中1分間。
対話全体の4.54%である。

そんなたったの1分間もムダにできないほど聖徳太子は忙しいのだろうか?


しかもこのムダな時間は聖徳太子に限ったことではない。

1分間の相談と1分間の回答ってことは、それほどたいした相談でもなかったんだろう。
彼(最短相談者)にしてみれば、合計2分間で一連の相談は済んだハズである。

しかし、聖徳太子が同時に相談を受けているために、最長の10分間の相談者の相談が終わるまで、最短でも9分間もムダに待たされる事になる。

しかも、一人一人行われる回答を後回しにされた場合、さらに待たされる時間は延びていく。

忙しいのは聖徳太子だけではないだろうに…


10人の話を同時に聞き、なおかつ理解する事ができるとは確かに驚異的な能力である。

だがこの能力の実用性はそれほどたいした事無いような気もする。

だから試みた者は、後にも先にも聖徳太子ただ一人だった訳か!

【注釈】
↓[聖徳太子]
蘇我馬子と結託して物部氏を没落させ、冠位十二階や十七条の憲法を制定するなど中央集権国家を建設した。
日本の紙幣の肖像画としては最多の4回使われている。
現在、聖徳太子は実在せず、隣国との外交を有利に進めるためにでっち上げられた架空の人物という説も有力である。

↓[いっこく堂]
00年代、お笑いブームで一躍人気者になった腹話術師。
よくいっこく堂の声が遅れて来るモノマネをして「誰でも出来る」などと言う人がいるが、たいていは「…あれ…声が…遅れて…来るよ」と、「…」で口を動かし、口の動きが止まっている時にしか声が出せないので、途切れ途切れになる。
いっこく堂がスゴイのは口が動きながら、口の動きとは違う別の声を出しているところである。
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