本当に不可解なおとぎ話
「勧善懲悪」
これは多くのおとぎ話に共通するキーワードだと思う。
古今東西老若男女を問わず、悪を懲らしめるというストーリー展開は、善良な人々の気持ちをスカッとさせてくれるモノがある。
懲悪の手段は、桃太郎のように力任せなやり方もあれば、知恵を駆使して小さい者が大きな者に立ち向かうなど様々である。
昔話「舌きりすずめ」はまさに後者の典型である。
心優しいお爺さんが可愛がっていたすずめがイタズラをして洗濯糊を舐めてしまった。
意地悪なお婆さんは怒って、普段から気に入らなかったこのすずめを捕まえて、舌を切ってしまった。
すずめは薮の中に逃げてしまい、後で話をお婆さんから聞かされたお爺さんは「なんと酷い事を…さぞ痛かったろうに」と心配し、舌を切られたすずめを探しに薮の中に入って行った。
すると薮の奥にすずめのお宿を見つけ、そこで聞いて見ると、なんと舌を切られたすずめはお宿の娘であった。
すずめのお宿の主人は、舌を切られたすずめを心配して探しに来てくれたお爺さんに感謝し、宴を催して普段から娘を可愛がってくれていたお爺さんに心からのもてなしをしたのだった。
だが、これは同時にすずめ達の復讐劇の序章でもあった。
以後、例の「大きなツヅラと小さなツヅラ」のくだりになるのだが、結果は周知の通り!
お爺さんへの感謝のもてなしと、お婆さんへの復讐劇は同時進行だったのだ。
恐るべししたたかさ!
この時点ですずめ達は…
・お爺さんが舌を切られたすずめを探して薮に入って来ること
・お爺さんがお土産のツヅラは小さい方を選ぶこと
・お爺さんがこの事を家に帰ってお婆さんに話すこと
・お婆さんが大きなツヅラ目当てでやって来ること
・お婆さんが帰宅途中でツヅラを開けること
これらの事を全て見越した上でこの復讐劇を慣行したのだ。
全てがスズメ達の描いたシナリオ通り!
万物の霊長たる人間を手のひらの上で転がしているのだ。
そして、お婆さんはすずめ達の思惑通りに大きなツヅラを持ち帰ると、家に帰るのを待ちきれずに途中でツヅラを開けた。
するとツヅラからオバケや虫がわんさと出て来て、お婆さんは腰を抜かしてしまい、見事にすずめの復讐劇は完結した。
…さて、「ツヅラからオバケが出で来た」という事は、当然その前に「ツヅラにオバケを入れる」という作業があったハズである。
入れたのは、この復讐劇の首謀者であるすずめ達であると考えていいが、なにしろ相手はオバケである。
明らかに意志を持っている存在ゆえ、一筋縄ではすずめ達の思惑に従ったりしないであろう。
はたしてすずめ達はどのようにしてオバケ達をツヅラに詰めたんだろうか?
いくつか仮説を立ててみた。
①力ずくで入れた説
まぁこれはあり得ないだろう。
スズメは弱すぎて他の鳥が気にしないと言われているくらいだし、そんな事ができるんなら、回りくどいやり方しなくても実力行使で復讐できたハズである。
だいいちそれ程強いのなら、オバケで腰を抜かしてしまうような老婆なんかに舌を切られる事もなかっただろう。
②ダマして入れた説
この一連の復讐劇を見る限り、すずめ達はかなりのしたたか者なので、この方法は充分あり得る。
しかし、同時に後先考えるとこの方法をとったとは考え難い。
オバケ達はツヅラにフタをされた時点でダマされた事に気付くだろうから、ツヅラから出てきたら「おのれあのスズメどもめ!」と、オバケ達の矛先はすずめ達へと向かうだろう。
③眠っている間に入れた説
この方法ならオバケ達は知らない間に入れられる事になるから、誰が自分達を閉じ込めたかは解らない。
しかもこの方法なら、ツヅラから出てきた時点で目の前にいたお婆さんが自分達を閉じ込めた張本人と、疑いの目を向けるという効果も見込まれる。
ただし絵本などの挿絵を見ると、ツヅラから出てきたオバケの体積はツヅラの容積を遥かに上回っていた。
おそらくツヅラの中では、これでもかというくらいにぎゅうぎゅう詰めにオバケがひしめき合っていたと思われ、オバケ達をかなり不自然な体位で寝かせる必要があり、短時間で行うには非常に難しい。
④同意の上で入ってもらった説
う~ん、やはりこの方法が一番ではないだろうか?
全てをオバケ達に話し、納得の上で本人達の意志で入ってもらう方法だ。
オバケ達もすずめ達の身の上を聞き、同情して今回の復讐劇に協力したと考えればしっくりくる。
やはり、すずめ達はかなりの食わせ者と見て間違いない。
お婆さんはこういったすずめの本性を見抜いていたから、気に入らなかったんではないだろうか?
舌を切られたすずめは気の毒だったが、これだけのしたたかさを持ってすれば、今後の生活には苦労しないだろう。
【注釈】
↓[すずめ]
鳥綱スズメ目スズメ科
日本列島全域はもちろん、ユーラシア大陸のほぼ全域に生息。
野生の鳥には間違いないが、人の近くが安全なため、人の生活圏に生息し、人の住んでいない場所ではほとんど見られない。
↓[他の鳥が気にしない]
たいていの鳥は警戒心が強いため、他の鳥が近付くと警戒するが、スズメの場合は弱すぎて、警戒する必要が無いらしい。