春ちゃんにやきもち焼いて欲しい翔ちゃんの話

「翔ちゃ~ん!」

この声は...。

「今日も可愛い!!ぎゅーっ♪」

俺を見かけた途端、那月は思いっきり俺に抱きついて来た。
"ゴキッゴキッ"と、俺の身体から聞こえてはいけない音が響く。
こんの馬鹿力が!!!

「うわぁあああ!!!ちょ、那月!!ギブギブギブ!!!」
「ああっ、ごめんね翔ちゃん」

そう言って俺からぱっと手をはなす。
マジで死ぬかと思った...。

「ふふ。お2人は本当に仲良しですね」

なんだか羨ましいです。と、俺と一緒にいた春歌が笑った。
ああもう、何なんだこの可愛い生き物は!!

「ハルちゃん可愛い!!ああ、我慢できない。ぎゅーーーっ♪」
「え、きゃあっ」
「ちょっ、こら那月!!!」

こいつに会う度、こんなやり取りの繰り返し。
那月のことだから、単なる"可愛い"ってだけで抱きついてるんだろうけど。
俺もそれで何回抱きしめられたかわからねぇ。
でも、それが春歌だと話は別だ。

「春歌から離れろ!!!」

那月から春歌を思いっきり引き離す。
ったく、こいつの可愛いもの好きはタチが悪ぃ。

「あ、もしかして翔ちゃん...」
「...!」

やきもち焼いてるんですか?

そう言われるかと思って一瞬身体が強張った。
でも...。

「翔ちゃんもぎゅーってして欲しかったんですね!」

...... は?

「いやいやいや、さっき止めろって言って... うぎゃあああああ!!!!!!」
「翔ちゃんは素直じゃないなぁ♪」

再び那月が俺に抱きつく。

「アホかーーー!!ちょ、マジで苦し... 死ぬっっ!!!」

俺達の様子を見て、春歌がくすくす笑う。

いつだって妬くのは俺の方だ。

その楽しそうな顔を見て、ふいにそう思った。
俺ばっか好きなんだって。
それがなんだか悔しくて。

春歌にも妬いて欲しい。

そう願わずにはいられなかった。


***


「翔くん。コーヒー入りましたよ~。... 翔くん?」
「え、あっ悪ぃ。サンキュ」

春歌に呼ばれ、我に帰った。

どうやったら春歌に妬いてもらえるか、そんなことばかり考えて。
ぼーっとしてた俺を不思議に思ったのか、春歌は顔をのぞきこんできた。

「翔くん、さっきからどうしたの?なんだかぼーっとしてるけど... 。お仕事で疲れてるのかな。だったら早く帰って休んだ方が...... 」

冗談じゃねぇ!

「俺なら平気だよ。心配してくれてサンキューな」

せっかくの休みなんだ。

「あまり会えない分、少しでも長くお前といたいんだ」

そう言ってわしゃわしゃと春歌の頭を撫でる。
ああ、やっぱりこいつといる時が一番好きだ。
だけど、そう自覚する度に不安になる。

俺ばっか好きなんだって。

「そういえば、社長から聞きましたよ。翔くんにドラマのオファーが来たんですね。おめでとうございます!」

まるで自分のことのように嬉しそうに語る。

「今からとっても楽しみです!ああ、録画しなくちゃ」
「おいおい。気が早ぇな」

てか、俺より嬉しそうだし。

「一体どんなお話なんでしょう?」
「俺もまだよく知らないんだけど、恋愛ものらしい」

────あ。

これだ。と、自分で言ってひらめいた。



「実はこのドラマ、キスシーンがあるんだよ」



しん... と、俺の一言で部屋が静まり返った。

ほんの少しの間。

「え...それって、翔くんの... ですか...?」
「ああ」

春歌の質問に、そうだと答える。

勿論こんな話デタラメだ。
実際、俺は大した役でもない。

少しでいい。
ほんの少しでいいから。
どうしても春歌に妬いて欲しい。

そんな思いから生まれた嘘。

「春歌...お前はこの話、どう思う...?」

内心ドキドキしながら春歌の返事を待った。
だけど、春歌の口から出てきたのは───。



「おめでとうございます!」

一瞬、自分の耳を疑った。

「大役ですね!頑張ってね。わたし、応援してます!!...あ、コーヒーのおかわり持ってくるね!」

おいおい、嘘だろ...?
こいつにとって、俺はその程度の男だったのか...!?

ソファから立ち上がった春歌の腕を咄嗟に掴む。

「おい、春歌...っ!?」







────え...?

ぽたり、と床に水滴が落ちた。
春歌の瞳には溢れんばかりの涙。

「ち、違うんです!これは......っ! 」

ぼろぼろと春歌の涙は止まることなくこぼれ落ちる。

「......ごめんなさい翔くん。大切なお仕事なのに、わたし、 喜べなくて...」

──バカか俺は。

春歌には笑顔でいて欲しい。
なのに俺はいつも泣かせてばかりだ。

ぎゅっ、と華奢な身体を小さな身体で抱きしめる。
これが那月だったら、きっとすっぽり収まっちまうんだろうな。

「ごめん春歌」
「え...?」
「嘘だよ。キスシーンなんか最初からないんだ」

お前に妬いて欲しかっただけなんだ。
と、抱きしめている腕をさらに強める。

ああ、ほんと俺ってカッコ悪いとこ見せてばっかだな。
でも春歌が笑ってくれるなら、そんなのどうだっていい。

だけど、嘘をついて春歌を傷付けたことに変わりはない。
ビンタ1発くらいされても文句は言えねぇ。

そう思ってたもんだから。

「よ...よかったぁ~...」

春歌の言葉に正直驚いた。

「え...。怒ってないのか? 」
「...ショックだったのは本当です。でも...」

──それ以上に、安心しました。

戸惑いながら尋ねる俺に、春歌はそう答えた。

「 わたし、そんなに可愛くないし、他の女の人に翔くんを取られてしまうんじゃないかって...。不安になってしまって...」

ぼろっ、と再び春歌の瞳から涙が溢れた。

「うわああ!!なぜまた泣く!?」
「ふえぇ...ずみまぜんん~。今度は、あ、安心して涙が...。本当にっ、よかった」
「っ!」

ほっとしたような、嬉しそうな笑顔。

ああもう、その顔は反則だろ...!
ほんと、可愛すぎて困る。

今すぐ抱き締めたい衝動に駆られるけれど、今は春歌の涙を止めるのが先だ。

「バーカ。俺がお前以外のやつを好きになるわけないだろ!それに、お前は可愛い!!」
「そ、そんなこと...」
「なんだよ。この俺様が言うんだ。もっと自信持て!!」

な?と春歌に笑顔を向けると、それに応えるように春歌が笑う。
やっぱりこいつには笑顔が1番似合う。





「...でもいつかは、そういう役も演じなきゃならないんですよね... 」

ぽつりと春歌が呟いた。

今回は俺の嘘で終わったけれど、春歌の言う通り、本当にキスシーンを演じないといけない可能性はないとは限らない。

俺はアイドルで、春歌は作曲家。

立場上、春歌には辛い思いをさせてしまうかもしれない。
でも...。

「...俺がキスしたいと思うのはお前だけだから」

嘘偽りない、俺の本当の気持ち。




「あー、また泣く」
「だ、だって...」

ほんと、どんだけ出るんだよ。
春歌の頬をつたう涙を拭う。

なんか俺が苛めてるみたいじゃん。
まあ、もとはといえば俺のせいなんだけど... 。

「ったく、ほんっと泣き虫なやつ」
「す、すみませ...んっ!?」

触れるだけのキス。

もう付き合って結構たつけど、春歌は未だに不意討ちのキスに弱い。
まあ、そういうところも可愛いんだけど。

「...涙止まったな」

びっくりしたのか、春歌は口をぱくぱくしている。

「ははっ。金魚みてぇ」

俺の一言に怒ったのか、キッと睨んでくる。
てか、そんなの全然怖くねぇし。
むしろ可愛い。
そう思ってしまう俺は、かなり重症だ。

「もう...、翔くんなんか知りません!!」

プイッと俺から顔を背ける。

「悪かったよ。笑ったりして。だからこっち向けって」

そう言って春歌の唇に、再び自分のそれを重ねる。


どれくらいそうしていただろう。
酸素切れになったのか、春歌が俺の背中をトントンと叩く。
そんな反応も可愛くてしょうがない。

こいつ以外の女なんて、考えられない。
自分でも驚く位、春歌が好きなんだ。

「翔、くん」

さっきよりも強めに背中を叩いてくる。
どうやら限界らしい。
少し名残惜しいけれど、春歌の唇から一旦離れる。

「......ありがとう。翔くん」
「なんだよ急に」
「だって、翔くんの周りには素敵な女性(ひと)が大勢いるでしょう?それなのに、音楽しか取り柄のないわたしを選んでくれて...」
「ばぁか。なに言ってんだよ」

そのおかげで、俺たち出会えたんだろ?

俺がそう言うと、これ以上ないって位幸せそうに春歌が笑うから。

もう1度キスしたい。

そう思って春歌に顔を近づけた。





「───ああっっ!!」
「!?どうした?」

あと数センチで唇が重なるところで、春歌が大声をあげた。

「今、すごくいいメロディが頭に浮かんで!!は、早く五線譜にっ!!」

そう言って、バタバタと俺の元から離れていってしまった。

こういうオチかよ!!!

せっかくいいところだったっていうのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。

よっぽどいいものが浮かんだんだな。
なんつーか...、すっげー瞳がキラキラしてた。

春歌が楽しそうで何より。
だけどその反面、少し凹む。
俺はあんな表情させられねぇ。

──やっぱり音楽には敵わねぇな。

音楽にまで嫉妬してしまう自分に溜め息が出る。

これ以上に強敵なライバルはいないだろう。
俺は改めてそう実感したのだった。

Fin
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