特別な日

『誕生日おめでとう』

ひとつ年を重ねる度に言われる言葉。
その言葉は、またこの日を無事に迎えることが出来たと、俺に教えてくれる。

嬉しくないわけじゃない。
けれど、来年はこの日を迎えることが出来るのだろうか。
俺にとって、そんな不安が募るものでもあった。

いつか命が尽きる、その日まで。

『力のある限り、精一杯生きればいい』

固く心にそう決めていた。

だから、その意志は絶対に揺らぐことはなかった。


お前に出会うまでは───。



***

「あーもう、そんなに落ち込むなって!」
「だ、だって...」
「みんな、春歌が頑張ってるってこと、ちゃんと知ってるから...怒っちゃいねーよ」

そう言って今にも泣き出しそうな恋人の頭を撫でる。
これ以上、こいつの悲しそうな表情は見たくない。

そう思って行った俺のその行為は、なぜか逆効果だった。

「なっ、なんで泣くんだよ!?」
「ううう~...」

ぼろぼろと涙を流す春歌を慰めたくて、ぎゅっと抱き締める。
こういう時、レンならもっと上手く慰められるんだろうな。

器用な友人と比べて、不器用な自分が情けなくなった。
なんでいつも上手く出来ねーんだよ...。

「ごめんね...」

少しでも春歌を落ち着かせるよう、背中をさすっていると、春歌が呟いた。

消えてしまいそうなくらい小さな声。
だけど俺の耳にはしっかり届いた。

「なんでお前が謝るんだよ」
「...今日の翔くんたちのお誕生日パーティーが、わたしのせいでダメになってしまって......」
「だーかーらー、みんな気にしちゃいねーって!那月や薫も、ちゃんとわかってるよ」

6月9日は俺と那月、そして俺の双子の弟、薫の誕生日だ。

今日は3人の誕生日ってこともあって、みんなで誕生日パーティーを開く予定だった。

けれど、春歌の仕事が思った以上に長引いてしまったため、パーティーはまた別の日に行うことになった。

「わたし抜きでもよかったのに......」
「...何言ってんだ」

その言葉にカチンときて。

「そうしたら翔くん、みなさんと楽しい時間を過ごし...あいたっ!」

ベチンッと、春歌の額にデコピンした。

「言っとくけど、俺は好きで今お前と過ごしてんだよ」
「...え?」

意味がわからないとでも言いたげな春歌の顔を見て、肩を落とす。

...なんでわかんねーかな。

「本当は楽しみにしてたよ。今日の誕生日パーティー」

みんなと一緒に下らない話をしてはしゃいだり。
おめでとうって言われたり。
那月が「お誕生日ケーキ作ってきたんですよ~」とか言って、真っ先に俺に食わせようとしたり。

...まあ、その日に死んじまったらシャレになんねーけど。

大変そうだけど、想像するだけでワクワクする。
生きているんだって実感するんだ。
でも......。

「隣にお前がいなかったら意味ねーんだよ...」

いくら嬉しくても、楽しくても、春歌がいないと寂しい。
そう思うのは俺だけなんだろうか。

「俺はお前と、嬉しい気持ちも、楽しい気持ちも、一緒に共有したいんだよ。それに今日は俺の誕生日なんだ!誕生日くらい、 自分の大事な恋人と過ごしたいって思うのは普通だろ?」
「翔くん...」

ありがとう。
その言葉と共に、春歌が俺に思いきりぎゅ~っと抱き付いてきた。

その時、女子特有の柔らかい胸が、俺の胸に当たっているという事実に固まってしまった。

くっついてるから、そりゃあ胸が当たっても仕方ないよな。
ごく自然なことだ、うん!

こういうことにあまり免疫がない俺は、そう自分に言い聞かせて、しばらくこの状況に耐えることしか出来なくて。

「...翔くん」
「な、なんだ?」
「お誕生日、おめでとうございます。生まれてきてくれて、ありがとう」
「...!」

緊張してて裏返ってしまった声。

だけど春歌はいくらかっこ悪い俺でも、笑わないで受け入れてくれる。
そのことがすごく嬉しくて、少し泣きそうになった。

「ごめんね。本当はプレゼントを用意したかったんだけど、仕事でずっと部屋にこもっていて、買いに行けませんでした...」

本当に残念そうな表情なを浮かべる春歌。

「別にそんなの気にしなくていいのに」
「よくないです!!だって今日は翔くんにとって特別な......!」


『二十歳の誕生日なんだから』


春歌は慌てて途中で言葉を呑み込んだけれど、何を口に出そうとしていたか俺にはすぐに理解できた。

俺の命はそう長くないのだと。
きっと薫がそう伝えたんだろう。

......それでも、お前は俺の傍にいてくれた。

「...ありがとな」
「え...?」
「ずっと俺の傍にいてくれて。お前に出会わなかったらきっと俺、ダメんなってたかもしんねぇ」

春歌と出会って、"もっと生きていたい"と強く思った。

──春歌のお陰で、今の俺が在るんだ。

「そんなことないです!翔くんが誰よりも頑張っていたこと、わたしずっと見ていたから知っています!」
「うん。でも、頑張れたのはお前が隣にいてくれたからなんだよ。だから、生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、ありがとう」

ずっとずっと伝えたかった言葉。
やっと伝えられた。

「ふふっ。変な翔くん。今日は翔くんが主役なのに......。はっ!そうだプレゼント!!」

ずいっと、春歌の顔が俺の顔に近づいた。

「あの、何かわたしにして欲しいこととかありませんか?プレゼントは用意出来なかったけど...何かさせて欲しいんです!わたし、何でもします!!」
「!?な、何言って...!おまっ、男に簡単に『なんでもします』とか言っちゃダメだろ!相手がレンだったらどうなってることか...」
「??翔くんだから言ってるんですけど...」
「!!?」

家事でも肩たたきでも、なんでもします!と、後に付け加えられた言葉にがくりと体の力が抜けた。

天然っつーかなんというか...。
頼むからそうゆう爆弾発言は控えてくれ。
マジで心臓に悪い。

そんな俺の心境なんて知らずに、春歌は瞳をキラキラさせて俺の言葉を待っている。
ああもう、なんでそんなに可愛いかな...!!

正直、春歌のその気持ちだけで十分なんだけれど、彼女のお陰で手に入れた"未来"がある俺には、ひとつの望みがあった。

「ほ、本当に...いい、のか?その...して欲しいこと言って」
「はい!わたしに出来ることなら!!」
「サンキュー...。じゃあ、左手貸して?」

そうして不思議そうに差し出された白くて綺麗な手は、思っていたよりも小さいくて、少し驚いた。

手を繋いだりすることはよくあるけれど、こうやってじっくり眺めることは少なかった。

それに春歌は作曲家で、ピアノを弾いているから、もう少し大きいと思っていた。

この手が、あんなスゲー曲を生み出してんだよな......。

そう思ったら、この小さな手が愛しくてたまらない。

問題はサイズだ。合ってなかったらどうする、俺...!

「翔くん...?」

春歌の呼び掛けに、はっとして、慌ててポケットにしまっていた物を取り出し、彼女の薬指にそれをはめることが出来てほっとした。

「...え?えっ??なんですかこれ...!?」
「この前、買い物がてら出掛けたら目に入ってさ。これ、音符がモチーフの指輪なんだ。絶対春歌に似合うだろうなーって思ったんだ」

俺が見立てた指輪は、予想通り春歌によく似合っていた
(指輪をはめている本人はまだこの状況に混乱しているけれど)。

「俺さ、小さい頃からずっと誕生日を迎える度に『あとどれくらい生きれるんだろう』って不安でしょうがなかった。けどお前は、俺からその不安を取り除いてくれた」

本当はもうそれだけで十分幸せなんだ。
これ以上望んだらバチが当たっちまいそうなくらい。

幼い頃からずっと欲しかった"未来"。

それが手に入ってからは"もう1つの未来"が欲しくなったんだ。

「俺はお前との未来が欲しい。結婚...とか、今日やっと20になったばっかだし、今すぐってわけじゃねーけど...」

何度も練習したのに、全然上手
く言えねぇ。
やっぱり、相手が春歌だからかな。

「つまり、その...、『予約』ってことでさ」

受け取ってくれないか。

そう言おうとしたけれど、その言葉は春歌によって遮られた。

「翔くんひどいです...」
「!!わ、悪い!そうだよな、こんなこと急にされても迷惑だよな...」
「違います!その逆です!!」



え...?


「...わたしが翔くんを喜ばせたいのに、翔くんがわたしをこんなに喜ばせてどうするんですか...」

そう言って再び春歌は涙を流した。
だけど、今度は悲し涙じゃない。

「本当に、わたしでいいんですか...?」

自信なさげで、少し震えた声で俺に問う春歌。

涙を拭っているせいで顔は見えないけれど、その声は喜びに満ちていた。

「──ああ。お前じゃなきゃ駄目なんだ」

『絶対幸せにするから』

そう言おうとしたら、

「ふつつかものですが、絶対翔くんを幸せに出来るよう、頑張りますね...!」

なんて先に言われてしまって、思わず吹き出した。

「ばぁーか。それはこっちの台詞だっつーの!」

やっぱ春歌には敵わねぇな。
だけどそうやって、天然な彼女に振り回される未来も悪くはない。

この先、辛いことだって沢山あるだろう。
けれどお前と一緒なら、どんな壁だって乗り越えられる。
そう思うんだ。

だから...。

「これからもよろしくな、相棒!」

そう言うと、俺の大好きな春歌の笑顔がそこにあった。


──絶対幸せにしてみせる。


そんな誓いを込めて、俺は彼女にキスを落とした。

Fin
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