異世界から集められた3人の女の子たち。黒髪の女の子やまだは、目の前にいる男性をきつく睨みつけていた。

「もう1回言って」
「だからですね。異世界から来たあなた方にはアイドルとなって、歌で世界を救ってほしいんです」

アイドルになるのは知っていたが、まさか歌で世界を救うという、意味がわからない事を言われるとは思わなかった。
それはその場にいた大人しめな女の子蒼音や、そんな彼女をそばで支える優しそうな女の子カトレアも同じようだ。
意味がわからないと男性を見やる。アイドルになるために連れてこられたのは今更何を言っても仕方がない。だが、世界を救うとなると話が変わってくる。

「ちょっと待って。歌でおかあさんを取り返す話じゃなかったの？」
「それを含め、世界を救うのです」
「意味がわからない。それにどこからどう見ても平和そのものじゃないか」

確かに行き交う人達は世界の危機に直面してるようには見えない。むしろ平和そのものだ。そんな平和そのものの世界をなにから救うというのか。

「皆さんには分からないかと思いますが、今この世界は危機に陥っています。その危機を歌で救ってほしいのです」
「その危機って？」
「それはまだ言えません。ですが、皆さんにしかできないことです。お願いします。アイドルとなりトップとなって、世界を救ってください」

何やら必死な様子の男性に見た三人は顔を見合せる。
意味がわからず連れてこられた挙句、アイドルとなれと言われ、しまいにはアイドルになりトップとなって世界を救う。
いまいちピンと来ていないが、どっちにしても自分のいた世界には帰れそうにない。それに自分たちを呼んだのはこの男性だろうし、帰してくれそうにもない。
仕方がないと頷いた三人は、男性を見る。

「わかった」
「世界を救うとかは分からないけど、アイドルになるよ」
「そうですわね」

三人の言葉に、男性は嬉しそうに微笑んだ。そして、ある紙を取り出し机に置く。なんだ？と覗き込むと、その紙には「契約書」と書かれてあった。内容は何の変哲もないただの規約などだ。

「これを読んだらサインしてください」

いつの間にあったのだろうか、自分のそばにペンがおいてあった。不思議に思いながらもそのペンを手に取り、サインをする。サインし終えた契約書を素早く回収した男性は、「ありがとうございます」と微笑む。そして、「少しお待ちくださいね」と部屋を出ていった。
中に取り残された三人は知らない。部屋の外で男性が不敵に笑っていたことを…

やまだはふぅと息を吐き椅子に腰かける。それに釣られるように蒼音とカトレアも椅子に腰掛けた。

「アイドルになってトップ…世界を救う…ね」
「なんか大規模な話だよね」
「何から世界を救うのかしら…」

明らかに平和にしか見えないこの世界は、何やら目には見えない危機に陥っているらしい。一体どんな危機なのか、あの男性は何者なのか。
考えれば考えるほど訳が分からない。

「今考えても仕方がないね。それよりも自己紹介しよ？」
「自己紹介？」
「そう！私たちお互いのこと知らないから！」

確かに連れてこられたのは今日であり、目の前にいるのは知らない人だ。仲良さげに話してはいるが、見知らぬ人である事には違いない。

「確かにそうだな」
「じゃぁ私からね！私はカトレアっていいます！見た目はこんなんだけど、一応160歳だよ」
「え？！160歳？！」
「うん、だって魔女だからね！」

おとぎ話でしか聞いたことがない魔女。実在するとは思わなかった。いや、あの男性のことだから連れてこれるか。妙に納得してしまうところが気に入らないが、自分も異世界から連れてこられている。
だから、ありえない人物が居ても納得してしまう。

「あの男性はありえない人物を連れてきたのか」
「あはは…それよりほら、自己紹介！」
「急かすな、僕は山田花子。この世界の平行世界から連れてこられた。歳は18。それじゃ次君ね」

何も話したくないのか、やまだは蒼音の方を見て「はい、よろしく」と告げる。大して気にしていないのか蒼音はこくりと頷くと、ふふっと微笑んだ。

「私は蒼音と申します。年齢は19ですわ。連れてこられた世界は、平行世界みたいなものかしら」
「え？みたいなもの？」
「えぇ…似ても似つかないから」

似ても似つかないと言われやまだとカトレアは顔を見合せる。平行世界なら似ている場所はたくさんあるだろう。だが、蒼音は似ても似つかないと発言した。
ということは、完全な異次元から来たということ。
そんなことがありえるのかと考えるが、自分たちのことを考えればありえない話では無い。

「そっか。まぁどこから来たとしても、今この場にいることには違いないからね！」
「だな。連れてこられた者同士、仲良くしよう」
「ありがとうですわ」

少し悲しげに微笑む蒼音を見て心配にはなるが、初対面の人に打ち明けてくれるとは思わない。それにやまだやカトレアにも誰にも言えない秘密だってある。
その秘密を相談出来るほどに仲良くなれたらとは思うが、そう簡単な話では無い。目の前に立ちはだかる壁をいつか壊すことは出来るのだろうか…
そんな思いが交差する中、コンコンとドアがノックされる。
「はい」と返事をすると、ドアが開かないのかまたノックをしてきた。

「あれ？鍵閉めてないはず」
「？？」

首を傾げながら蒼音がドアへと近づく。ゆっくりとドアを開けると、もふもふとしたものが顔にあたった。「ふぇ？？」と間抜けな声を上げた蒼音に対し、顔に張り付いている何かは「わぁわぁ！」と慌てた様子で離れた。
ぷかぷかと浮くそれは、可愛らしいぬいぐるみ。
そのぬいぐるみを見た時、カトレアはまさかと感じた。
　
「あれって…」
「カトレア？」
「あの子多分…」

何かを言いかけた時、ドアの方から「ぬいぐるみじゃないよー！」と、可愛らしい声が聞こえてきた。そちらに視線を向ければ蒼音に捕まったぬいぐるみが、ぷんぷんと怒っている。だが、見た目のせいかあまり怖くはない。可愛さ満点のそのぬいぐるみは、蒼音に抱っこされる形でやまだたちの方へとやってきた。

「可愛らしいぬいぐるみですわ」
「だから、ぬいぐるみじゃないよー！」
「？？？」

どこからどう見てもぬいぐるみだろうと蒼音は首を傾げる。確かに見た目はぬいぐるみのように可愛らしい。だが、ぬいぐるみが喋るはずもないし、ましてや、動くこともないだろう。

「もぅ…！だけど、はるちゃん可愛いから許してあげる！」
「え…なぜ…私の名前を…」
「はるちゃんだけじゃないよ！はなちゃんにれあちゃん！」

驚き固まる蒼音の腕の中から抜けでたぬいぐるみは、やまだとカトレアの前をぷかぷかと飛ぶ。
ぬいぐるみに自己紹介などしていないし、先程の会話を聞いているはずがない。ではなぜ、このぬいぐるみは3人の名前を知っているのか…
アイドルとして呼ばれた女の子たちの運命は…
こうして、運命の歯車は動き出す…

to be continued…