捻れた世界にアトリエを
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長年の時を経て巨木へと成長した木々たちが、折り重なる葉の隙間から零れ落ちた薄灯りで、森の遺跡を荘厳に照らしていた。
小さく囀る鳥の鳴き声に耳を済ませれば、清澄な空気も相まって、どこか神聖な気持ちにさせてくれる。
綿毛のようにふわりと舞い落ちてくる光の粒子──はたまた、淡く光る蝶達──を見上げながら、私は感嘆のため息を吐いた。
森の遺跡は長い間人の手が入らずに放置されていたのだろう。木々の根が壁中を這い回り、生い茂る森の風景と一体化してしまっている。
その傍らで、崩れ落ちた外壁や、苔むした石柱が、一種のアートのように点在していた。
「この辺からだと思ったが……遺跡の中か?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、私は胡乱げに呟いた。
先程街道を歩いていた際、この精霊の森から不自然な光が何度もチカチカと点滅しているのを確認した。最初はガラスか何かが反射しているのかと思ったが、その光はどこまで歩いても私の目を掠めるようにチラついていた。
正体を確かめるべくこの森に入ったものの、光の正体どころか、街道にすらいた魔物や精霊の姿が一切見当たらない。
この場所で何かが起きているのか、あるいは魔物すら入り込めないほど清められた場所なのか。どちらにせよ、警戒するに越したことはなかった。
「ん?」
崩れた瓦礫や足場に気をつけながら遺跡の中を踏み進めていると、天井が崩れて、いっそ外かと思えるほど開放的な部屋に出た。
そこは遺跡にしては不釣り合いな、どこかの教室のような場所だった。散らばる紙を避けながら中に入り、一番最奥にある大きな楕円の鏡の前に立つ。
「……やけに綺麗だな」
鏡は長年放置されていたとは到底思えないほど、綺麗に輝いていた。埃や細かな傷の一つもなく、開けた天井から降り注ぐ柔らかい光に照らされている。
まるで毎日誰かに丁寧に磨かれているような、そんな圧倒的な存在感を放っていた。
こうして改めて鏡を覗き込んでみると、髪も肌も真っ白なくせに瞳だけ真紅の私は、周りが薄明かりのせいで、酷く不気味に映り込んでいた。
「……人が踏み込んだような形跡はないんだがな」
私は切り捨てるように鏡から目を逸らし、砂塵が積もる足元を見下ろして、自分一人分の足跡しかないことを確認しながら眉をひそめた。
その瞬間だった。
「……っ!」
目の前の鏡が、雷にでも打たれたかのような強い閃光を放ったのだ。
咄嗟に目を覆うも、突き抜けるようなライトグリーンの光──ともすれば、焼けるようなほの暗い光──を防ぎ切る事などできるはずもなく、同時に猛烈な激痛が頭を駆け巡る。
実にあっけないものだが、私が覚えているのは、ここまでだった。
×××
意識をハッキリと取り戻したのは、それからどれ程時が経った頃なのか。
ゆっくりと瞼を持ち上げたが、目に映るのは深淵とも取れる暗闇だった。
「こ、こは……」
掠れた声で呟くと、思ったよりも近くで声が反響し、自然と眉間に皺が寄る。手を伸ばせば、肘が伸び切る前に壁に指先が触れ、自分が何かに閉じ込められていることに気がついた。
何やらさっきから外も騒がしいし、一体自分の身に何が起きているんだろうか。
警戒しつつもぐっと目の前の壁を押すと、案外すんなり光が入り込んできた。
暗闇に慣れた目を細めて一気に押し開けると、全くと言っていいほど見覚えのない城の中のような場所が目に飛び込んできた。
「……どこだ、ここは」
「偉大なる魔法士になる男、グリムとはオレ様のことだゾー!」
呆然と呟くや否や、私の声に被るように、自信に満ち溢れた少年の声が、柔らかい鼓膜を打った。
唐突な大声に驚いてそちらへ顔を向けると、黒いローブを纏った大勢の人たちが、何やら小型の猫のような魔物と言い争っている様子が目に留まる。
次第に言い合いはエスカレートしていき、ついに魔物が青い炎を吹き出した。
こちらにまで火の粉が飛んできたが、幸い火属性に耐性を持ったコートを着ていたため、大したダメージは受けなかった。
……とは言え、このまま見ているわけにもいかないだろう。
空間を圧縮したポケットから大振りの杖を取り出した私は、火を撒き散らしている魔物との戦闘に応戦しようと、1歩足を踏み込んだ。しかし、
「……必要なさそうだな」
小さなペンのような杖を取り出した2人の人物が、一様に魔物を攻撃し始めた。
魔物も真っ向勝負は分が悪いと踏んでいるのか、逃げ回りつつ炎で反撃している。
というかその前に……、
「魔物が喋ってる……」
そちらの方が、目の前のやり取りよりも衝撃的だった。
言葉が通じる魔物など現代ではあまり聞いたことが無かったが、いる所にはいるもんだ……あ、拘束されてしまった。
感動しながらしかと観察していると、一人の人間が何かを叫んだ瞬間、魔物の首に首輪のような枷が巻きついた。
ふなっ!? と驚きの声を上げる魔物は、どうやら炎が出ずに困惑しているらしい。そのままあれやこれやの内に、魔物は外につまみ出されてしまった。
言葉が通じるのだから、機会があれば少し会話をしてみたい気もするが、果たして大人しく話を聞いてくれるだろうか。
そんなことをぼんやり考え込んでいると、そこはかとなく怪しい鳥のような黒い仮面を被った男が、手を叩いて自身に視線を集中させた。
「皆さん! 少々予定外のトラブルはありましたが、入学式はこれにて閉会……おや?」
思わず私も他の人間たちと同じように男をじっと見つめてしまったが、そんな私に気が付いた様子の男は、疑問符を浮かべながらはたと口を閉じた。
注目の的だった男が私を見据えているせいか、その他大勢の視線が必然と私に集まってしまう。
あまり人の視線は気にならない性質だが、さすがに大勢となると多少の居心地の悪さを感じる。
「これはこれは、私としたことが。もう一人新入生がいたことに気が付きませんでした。さあ、寮を決めるのでこちらへ来てください」
僅かながら気まずさに身じろいでいると、男は意味の分からないことを言いながら近づいてきて、強引に私の腕を引っ張った。
これは絶対に何らかの誤解が生まれている気がする。
新入生? 寮? もしや私は、王都にでも転移してしまったんだろうか。
「いや、私は……」
「さあ、早く!」
誤解だと口にしようとしたが、問答無用で引きずられてしまい、残念ながらそれが叶うことはなかった。せめて話くらいは聞いて欲しいものだ。
無理やり鏡の前に立たされた私は、不思議と自分の姿が映らない鏡面に首を傾げる。すると突然、ぼんやりと大きな緑の顔が浮かび上がってきた。
『汝の名を告げよ』
驚きもそこそこに、顔はじっと私を見つめながらそう呟いた。
幽霊や超常現象といった存在が苦手ではなくて良かった。私じゃなかったら、今頃綺麗な悲鳴を轟かせていたことだろう。
しばしば熟考していると、後ろから早く答えろという空気が漂い始めてきたので、何かあった時のために強く杖を握りしめた私は、
「シエナ」
ハッキリと自分の名前を答えた。
『汝の魂の形は…………』
鏡は重々しくそう告げると、それ以上何を言うでもなく、ピタッと口を閉ざしてしまった。
数秒、数十秒と時が経ち、一向に続かない言葉にさすがに首を傾げてしまう。
このまま見知らぬ学園に入学させられるのは大問題だが、それにしても随分と沈黙が長い。
鏡はたっぷり時間を掛けて考え抜いた様子で、ようやく口を開いたかと思うと、
『わからぬ』
その一言だけ、苦々しく呟いた。
「どういう事ですか!」
鳥の仮面の男が声を荒らげたと同時に、大勢の人間たちがザワザワと騒ぎ始める。
『この者からも、魔力の波長が一切感じられない』
「何ですって! 今日に限って2人も魔力のない人間を連れてくる手違いが起きるなんて!」
ごちゃごちゃ騒がしくなる広場に、男の嘆くような声が混ざり合う中、私ははたと疑問を抱いた。
──2人? 私と同じような者がもう1人いるのだろうか。
きょろきょろと辺りを見渡せば、少し離れた位置に、1人だけローブを纏わず心許なくぽつんと佇んでいる子がいた。見るからに、この状況についていけてませんという表情だ。
私は騒いでいる男の隣をすり抜け、すっとその子の隣に並んだ。
「ねえ、君」
「は、はい……」
突然隣に並んで話しかけてきた私に驚いたのか、その子は目を丸くさせながら戸惑いがちに返事をしてくれた。
「今どういう状況か分かるかい?」
「さっぱり……」
困ったように視線を下げる彼女──ボーイッシュに見えるが、声を聞く限りまだ年若い女の子──に、ふふっと微笑んでみせた。
「だよね。お互い、災難だ」
彼女はこんな状況で笑う私に驚いていたようだったが、やがて少しだけ安心したように眉を下げて笑った。
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