練習試合当日。青葉城西に向かう1台のバスの中は、なんとも言えない緊張感に包まれていた。

もちろんそれは、公式試合ではないとは言え強豪校と戦う、ということもある。だが、一番大きな理由は、ほかにあった。

「試合前の心配はいらなくなったからいいとして、試合後はやっぱり早く帰らせてもらうしかないか」

「まあ、アレ以外に引き止められるようなことはないだろうしな」

彼らにとっての一番の問題は、どうやって影山と及川の接触を減らすか、ということだ。

「試合が終わるまでには多分戻ってくるんだよな?」

「遅くならなければ、戻ってきます」

澤村と話し合っていた菅原に声をかけられ、影山は返事をする。

そのあたりは“前回”と変わらなかったのか、及川は病院に行ってから試合に来る、と国見からラインが来たのは、今朝のことだ。

「なあ…日向。あっちの主将、そんなにヤバいやつなのか?」

3年に軽く事情を説明されていたものの半信半疑だった田中は、顔を引きつらせて隣の日向にそう訊いた。訊かれたほうは、真顔で口を開く。

「やばいです。ストーカー呼びしていいぐらいです」

「…影山…大変だな」

同情の視線を向けられて、影山はなんとも言えない顔をした。

「多分、悪い人じゃねえと思うんすけど」

「…悪い人じゃない、か」

それに反応した縁下がぼそりと呟く。

「縁下さん?」

「あ、ごめん、ちょっと思ったことがあっただけだから」

「???」

なんの話だろう、と影山が首をかしげると、縁下は迷うような顔になった。

「うーん、これは俺の個人的な考えなんだけど」

「なんだよ、気になるじゃねえか」

「悪い人じゃないからって、迷惑じゃないとは限らないよなって思っただけだよ。…意味分かってないな?」

「「???」」

今度は影山に加えて話を促した田中まで一緒に首をかしげ始めたのを見て、縁下は苦笑いする。

「あー、なんとなく分かる」

成田には通じたらしく、うんうんと頷いているが。

「なまじ悪人よりも面倒だったりタチが悪かったりするタイプな」

「それそれ」

影山が、うー、と唸る。

「…分かるような、気が、するような…?」

「分かんねえぞ、俺は」

「あーはいはい田中はそのままでいいよもう」

「投げ出された!」

妙な緊張感で満ちていたはずのバスの中は、結局、青葉城西が近付く頃にはいつも通りの賑やかさになっていた。





「なあ、金田一」

「あ、はい」

「今日の試合、なんで急にすることになったんだろうな」

隣を歩いていた矢巾がそう言い、金田一は影山達について説明するかどうか少し考えた。

今回の烏野との練習試合は、監督からは試合をすることになったとしか伝えられていない。本人達が嫌がるので日向と影山のことは当日まで言わないで欲しい、と金田一が伝えたのが良かったのか、それとも向こうから何か言われたのかは分からないが、急に試合を決めた理由は部員には知らされていなかった。

「烏野ってけっこう前に全国行ったところだけどさ、今は別にそんな強くないんだよな」

なんでそんなところと試合するんだ、と不思議そうにしている矢巾に、金田一は思わず口を開く。

「でも、今年は強いやつ入りましたよ」

「え、そうなんだ?」

「去年の中総体で、北一がすげえ苦戦したところの2人が入ったんです」

次の試合はあそこまで苦労しなかった、と当時のチームメイトの誰もが言うほど、対雪ヶ丘戦は厳しい試合だった。だが、それでも注目されていなかった試合であることに変わりはなく、雪ヶ丘の存在は、その時のチームのメンバーと応援団、たまたま試合を観ていた観客以外にはほぼ知られていない。矢巾も、その試合のことは知らないらしく、しきりと首をひねっている。

「そんな選手いたか…?」

「ほとんど知られてないっす」

「へえ、知る人ぞ知るって感じか」

面白そうに頷いた矢巾は、それから視線を前方に向けて声を上げた。

「お、噂をすれば」

金田一もそちらに顔を向け、手を振る。

「影山!」

「おう」

黒いジャージの集団に混じっていた影山がこちらに手を振り返した。

「知り合い?」

「あいつ、中2の時まで北一だったんです」

そう答えて、金田一は黒い集団のほうに歩き出す。影山のほうも、チームメイト達と何か話してからこちらに寄ってきた。

「春休みぶりだな」

「おう。…なあ、及川さん何か言ってたか?」

金田一の言葉に軽く笑顔を見せた影山は、すぐに困ったような顔になってそう続ける。

「よく考えたら、金田一がなんか言われるんじゃねえかって月島…チームメイトに言われて」

「…まあ、態度変だったけどなんにも言われなかったし」

実際はかなり緊張していたのだが、それは言わないことにする。気を使わせたくない、というのもあるが、

「問題なかったぞ」

「よかった」

散々怯えていたことは、影山には言いたくない、というのも大きい。

見栄っ張り、と冷たい目を向けてくる脳内の国見を無視して、金田一はほっとしたような顔をする影山に笑顔を向けた。





「大丈夫?」

「だだだだ大丈夫、たぶん」

体育館に着いた烏野は、試合の準備を始めた。その中で、緊張した顔で荷物を置いている谷地に日向が声をかけると、ガチガチになった声が返事をする。

大きく息をついた谷地は、眉を下げた。

「ごめん、みんなのほうが緊張してるはずなのに」

「俺は大丈夫!」

明るくそう言ってへらっと笑う日向を、木下が感心したように眺める。

「試合経験少ないんだろ?ずいぶん冷静だな」

「前はすげえ緊張しいでしょっちゅう腹壊してたんすけど」

「まじか」

「ちょ、なんでそういうこと言うかなー影山クンは」

影山がしれっと暴露したのを聞きつけた日向が振り向いた。

「そういうこと言うなら、俺もお前のあんなことやこんなことをバラすからな!」

「おいやめろ」

「…っぷ、あはは」

普段通りすぎる2人に、落ち着いてきたらしい谷地が笑った。

「何してんの」

「気が抜ける…」

呆れた顔で2人をじとりと見る月島も、眉を下げる山口も、よく見ると口元が少し笑っている。

(大丈夫そうだな)

少し離れたところから様子を見ていた澤村は、うん、と1人頷く。

青葉城西は、実力的には厳しい相手だ。けれど、

(いける)

十分に勝機はある、と思った。
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