「ねえ、訊きたいことがあるんだけどいいかな?」

「え、はい?」

それは、金田一が監督に捕まって影山と日向について訊かれたあとのことだった。

「トビオちゃんってさー、どこ行ったか分かる?」

「影山がどこ行ったかって、高校っすか?」

「そうそう」

にこやかながらもどこか不安定なこの先輩は、去年の中総体頃からずっとこの調子だ。何があったのかは分かっていないが、影山に関係していることなんだろうな、とはうっすら勘づいている。

「えっと」

本来なら友人の進学先を言ったところで何もないが、このことに関しては、うっかり教えると大変なことになりそうだ、という予感があった。どうしようかと考えている金田一に、にっこりと笑顔が向けられる。

「その顔は知ってるね?」

「うっ」

どうやら顔に出ていたらしい。視線を彷徨わせてから、金田一は諦めて答える。

「し、知ってます」

「どこに行ったの?」

「…教えるのは影山に許可もらってからでいいっすか?」

「え」

「いや、だって、あいつの個人情報だから、俺が勝手に教えちゃだめだと思います」

「ぐ、」

もっともらしいことを言うと、及川は渋い顔で黙った。反論する言葉が見付からなかったらしい。

「じゃあ、いいって言われたら教えて」

「はい」

嫌だと言われたらどうしよう、と思いながら金田一は答えたのだが。

──及川さんはやめろ

うっすらと勘付いていた通り、影山からはそんな文が返ってきた。

「どうすりゃいいんだ、これ」

“断固拒否”という意思を感じる一文を見つめ、金田一は渋い顔になる。影山が嫌だと言うなら、金田一は言うつもりはない。だが、影山に拒否された、と及川に伝えるのはちょっと、いやかなり怖い。

少し考えてから金田一は一つ頷いた。

(国見を巻き込もう、うん)

1人よりは2人のほうが間違いなくマシだ。





「金田一」

「は、はいっ」

ついつい肩を跳ね上げてしまった金田一は、声をかけてきた及川にそろりと視線を合わせる。部室に着いた途端声をかけられたせいで、残念ながらまだ心の準備ができていなかった。

「返事もらった?」

「え、あー、えっと」

「断られたらしいですけど」

どう答えようか考えたところで、隣の国見がすっぱりと言い放つ。金田一は思わず目を剥いた。

「国見!」

「引き伸ばしても意味ないだろ」

さらりとそう言って、国見は及川に視線を向ける。金田一もびくびくとしながら、視線を向けたが。

「………。…そう」

妙に無表情になった先輩に、再び視線を逸らす。できるだけ視線を合わせないようにして荷物を降ろし、急いで着替え始めた金田一の隣に国見が並んだ。

「………」

後ろの沈黙が怖い。金田一はひっそりと冷や汗を掻き始めた。しれっとした顔のままの国見が羨ましい。

だが、

「…分かった。ありがと」

予想に反して、あっさりと及川は部室を出て行った。その姿を見送ってから、金田一は思わず崩れ落ちる。

「ああああ緊張した…」

「緊張しすぎ」

「お前は平然としすぎだろ!」

呆れたような声に反論すると、国見は半眼になる。

「別に、そんな怖がるようなことでもなかっただろ」

「俺は怖かったぞ、めちゃくちゃ怖かったぞ」

「ま、様子がおかしかったのは確かだけど」

納得できずに言い募った金田一は、国見の返事に大きく頷いた。

「だろ? 去年からずっとそうだよな?」

「中総体の頃からだったっけ」

「そのあたりだった!」

勢い込んで答えると、国見は少し考えるような表情になる。

「中総体でかち合ったか」

「何が?」

「なんでもない」

ぽそりと呟かれた言葉の意味が分からずに金田一は首をかしげたが、国見は教えてくれなかった。





「で、どうするの」

「とりあえず向こうの3年の知り合いにラインした」

「日向ってすごく顔広いよね…」

次の日の昼休みも、烏野バレー部の1年5人は顔を突き合わせていた。

「向こうからのお願いだから断っても試合はできるって話だったけど…本当に出る?」

山口が影山に視線を向ける。事情を聞いた武田は、影山が試合に出なくても大丈夫だと言ってくれたが、それを断ったのは影山自身だ。

「試合できるのに休むとかあり得ねえ」

即答した影山に、月島が渋い顔をする。

「…バレー馬鹿」

「いいだろ別に」

気にした様子のない影山に、月島はますます渋い顔になる。

「ま、まあ、影山くんらしいよね」

谷地が取りなすように口を挟み、山口が頷いた。

「試合を優先しなかったら熱出てるのかと思うよね」

それを聞いた日向がけらけらと笑う。

「熱が出ても絶対休まないぞこいつ」

体が丈夫な影山は、“前回”の数多くの試合でも、体調不良を起こしたことはほとんどない。だが、体調を崩しても試合ができるなら休もうとしないのが、影山の影山らしいところだ。

「お前もだろ」

むっとした顔になった影山は、笑っている日向をじとりと見る。

「まあなー」

「…この、バレー馬鹿共」

「熱が出たら休まないとだめだよ2人とも…」

月島と山口が揃って溜め息をついた。





1年達が緩い会話をしている頃。

「で、どうする」

「とにかくあれを近付けさせたくない」

3年4人も、顔を突き合わせて相談していた。まだ部活に戻っていない東峰も、今日ばかりは話し合いに引きずり込まれている。

普段はあまり教室で一緒にいることのない清水も混じっているせいで、周りの男子がそわそわしているが、本人に気にしている様子はない。代わりに東峰が周囲から突き刺さる視線に体を縮めていた。

「試合中はさすがに何もない…よな?」

「さすがにないだろ。あれでも主将なんだろ? 一応」

同じく視線が刺さりまくっているはずの主将副主将コンビは、完全に無視しているが。

「じゃあ、注意すべきは試合前と試合後かな」

清水がそうまとめると、澤村が頷いた。

「試合後はなるべく早く帰らせてもらうか。試合前は、」

「とにかく周りを固めとけばいいんだべ」

拳を握りしめた菅原が言い切る。闘志に燃える友人に、東峰が眉を下げた。

「す、スガ、張り切りすぎ」

「手を出したらこっちが不利だから手は出さない。大丈夫」

「まったく安心できないんだけど!?」

「うるさいひげちょこ」

「いっっだっ」

スパンと東峰の頭を叩き、菅原はにやっと笑う。

「まあ、向こうの出方次第では、思いっ切り心を折りに行くけどな」

「………」

一番怖いのは向こうの主将じゃなくてうちの副主将なんじゃないかな、と東峰はひっそりと思った。





そうして水面下で小さな騒ぎが起きつつも時は流れ。

練習試合の日が、やってきた。
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