──監督に、お前と日向のこと訊かれた

──あと、連絡取ってるなら、どこの学校行ったか知ってるかって

“前回”は影山のことを知っていた青葉城西の監督も、“今回”では一回しか試合をしていない影山達の情報はさすがに持っていないらしい。影山に関しては北川第一にいた1年半のことは知っているのかも知れないが、日向については完全に未知数のはずだ。

そこまでいい。問題はその後に続けて来たラインだった。

──及川さんにもお前がどこの高校行ったか訊かれて

──答えていいのか?

金田一からのラインを見返して、影山は溜め息をついた。

「めんどくせえな、あの人」

「あの…影山…」

「ん?」

山口の声に顔を上げると、月島がしかめっ面で日向を指差す。

「コレ、どうにかならないの」

「………」

「…いってえ!」

一人で周囲の体感温度を氷点下にしている日向の頭をひっぱたき、影山は再び携帯に視線を落とした。そして、画面に指を滑らせる。

──監督には別に言っていいけど

──及川さんはやめろ

(どうせすぐバレるけどな)

“前回”の通りに練習試合をするとしたら、その時点で顔を合わせることになる。だが、もう少しの間は平穏に過ごしたい。

分かった、という返事が来たのを確認して、影山は携帯をしまった。それを見た山口がおずおずと口を開く。

「さっき言ってた名前って」

「転校前の中学の先輩」

「“元”先輩な。“元”」

すかさず日向がそう付け加えた。何をそこまで強調しているのかと言うように、月島が眉根を寄せる。

「影山くんって転校してたんだね」

「中2で転校してきたんだよ、こいつ」

「で、その元先輩も青城なんだ?」

「おう。青城の主将」

「しゅしょう」

「ん」

「………」

引きつった顔で言葉を繰り返す山口に首をかしげると、月島が嫌味ったらしく溜め息をついた。

「監督だけじゃなく主将にまで目をつけられてるわけ?」

「好きでそうなったわけじゃねえ」

むう、と顔をしかめて見せた影山の隣で、日向が鼻を鳴らす。

「監督のほうはともかく主将は理由が違うし」

「何それ」

意味が分からないとばかりに月島が眉根のしわを深めた。

「えっと、影山くんの能力を気にしてるってことじゃないっていう意味かな?」

「気にされてるとは、思う。たぶん」

「でもそれ以外の理由が大きいだろあれは」

「うーん…?」

どういうことなのかさっぱり分からない谷地がしきりに首を捻る。山口も、意味が分からずに頭を掻いた。だが、

「まさか」

「え、ツッキー分かったの? 2人が言ってること」

ふと、月島の眼鏡の奥が嫌そうに歪む。とても嫌そうな顔のまま、月島は影山の顔を眺め、それからとても嫌そうに溜め息をついた。

「そういう意味でモテそうな顔かもね、確かに」

「…嬉しくねえしモテるっていうか1人だけだぞ」

「…1人?」

「おう」

「………」

同じぐらい嫌そうな顔で反論した影山だったが、その視界の外で日向が無表情で首を振ったのを見てしまった月島は、思わず突っ伏しかける。

「え? え? ツッキー何、どういうこと?」

「そういう意味って、どういう…?」

3人の顔を見比べて山口と谷地がおろおろとした。影山が飲みきった牛乳パックを机に置く。

「…無理に知らなくていい」

「ええー!?」

「き、気になるよ! あ、で、でも影山くんが言いたくないなら…」

「あ、あ、そうか、ごめん、無理に言わなくても」

優しい2人は、それであまりいいことではないと気付いたらしい。しょんぼりと頭を下げた。慌てて影山は手を降る。

「言いたくないっつうか、あー、えー、俺は言ってもいいけど、」

こんな話を言ってもいいのか、というのが影山の心情だ。だが、同輩の中の良心とも言える2人に心配そうな顔をされては、逆らいにくい。だいぶためらってから、影山は観念して口を開いた。

「…その先輩に好かれてるっつうか、えっと」

「恋愛的な意味で、デショ」

頬杖をついた月島がぼそりと補足する。

「…おう」

「え、っと、」

「…そ、そっか」

さすがに反応に困ったのか、山口も谷地も歯切れが悪くなった。少しして、谷地がおずおずと言葉を発する。

「私、そういう人に会ったことないから分からないけど、影山くんは嫌なの?」

「嫌っつうか怖い」

「怖い?」

「そういうものなんだ?」

「男だからってことじゃなくて。あの人が」

影山にとって問題なのは、相手の性別ではなく、相手の性格だ。だが、性別が問題なのかと思っていたらしい谷地は瞳を丸くし、山口はきょとんとした。月島も話題の人物個人が問題なのだとは思っていなかったのか、眉をぴくりと動かす。

「なんつうか、なんか、えーっと、なんか様子がおかしかった」

「…具体的には」

月島がぼそりと先を促し、影山は困って頭を掻いた。

「…やたらしつこい。追いかけてきたことあるし」

「あと拒否られてキレた」

「そそそそそんな人が!?」

日向がひょいっと付け加えると、谷地が青くなる。山口がうわあ、と声をもらした。

「確かにそれは性別関係なく怖いね…」

「どどどどうしようそんな人と会ったら」

「いや、今のところ会う機会なんてないし」

青くなったままの谷地に月島が返事をする。それで谷地は少し安心したらしいが、影山と日向は視線を泳がせた。

もうすぐ会うことになるだろう、とはさすがに2人とも言えなかった。





そして、その日の放課後。

「組めた! 組めたよーっ! 練習試合!」

日向も影山も予想していた通り、元気な声と共に体育館に飛び込んできた武田は、笑顔でバレー部員を見渡す。

「先ほど、練習試合の申し込みがありました!」

その言葉に、日向は思わず目を丸くした。

(こっちから申し込んだわけじゃないんだ)

“前回”の試合が決定するまでの流れを詳しく知っているわけではないが、烏野から申し込みを入れている、というか武田が直接お願いに行っているはずだ。どうやらここも少し流れが変わっているらしい。

「相手は県のベスト4、青葉城西です!」

「「「え」」」

途端、月島と山口、谷地から引きつった声が上がる。同時に3年も複雑な顔をした。

「あれ…?」

「なんかあるんすか、そこ」

「青葉城西って問題あるところだっけ?」

唯一事情を知らない2年4人と武田だけが、妙な反応にきょとんとする。それを見た澤村が慌てて首を振った。

「すみません、話を続けてください」

「う、うん」

まだ不思議そうな顔をしているものの、武田は頷いて言葉を続ける。

「ええと、実はあちらから要望があってね」

言いながら、武田は1年のほうに視線を向けた。

「1年生の影山くんと日向くんをフルで出してほしいそうです」

「…俺!?」

一拍して、日向の声が体育館に響いた。
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