「…あー、ひとまず座るか」

我に返ったように花巻がそう言った。一拍して月島がやれやれと壁際に座り込み、山口もその隣で腰を降ろす。山口の反対隣には、ひっそりと壁際まで下がってきた谷地がおずおずと座った。

及川はまだ呆然とした顔のままだったが、それでも花巻の声は聞こえたらしく、その場ですとんと座った。向かい合ったままだった影山が少し離れてあぐらをかくと、その隣にすかさず日向が座る。

日向の動きを見た岩泉が少し考えてから、及川の隣に行った。

残りの面々もそれぞれ床に座ったところで、影山がもう一度口を開く。

「及川さん」

「ハイ」

衝撃から戻ってこれない様子を気にすることなく、影山はあっさりと言った。

「これから、もう追っかけて来ないでください」

「分かってる」

及川は今度こそおとなしく頷いた。

「んで、金田一とか国見に俺のこと訊くのもやめてください」

「…それもだめ?」

「だめっす」

「…分かった」

しおしおと頷く様に、山口はつい目をまたたかせる。以前見た、ほの暗い炎を瞳に燃やしていた顔とはまるでちがう。

「岩泉さんも」

「ああ、分かってる」

こちらはもうとっくに分かっていたのか、静かに頷く。

「今度こそ、ちゃんと離れる。こいつも俺もな」

だから、と続けて、岩泉は立ち上がる。ついでにしょげている幼馴染みを引っ張って立たせた。

「次に会う時は、ただの試合相手だ」

その言葉を聞いて及川が顔を上げた。

影山も釣られたように立ち上がっていたが、──少しして、鮮やかに笑う。

「はい!」

力強くて、楽しそうで、綺麗なその笑顔は、ひどく印象的だった。





「最後にどえらいもんを残してくれたな、トビオちゃんは」

烏野の1年達が帰っていくのを見送り、松川が肩をすくめた。花巻も感心したような、呆れたような顔をしている。

「あれ、本当に無意識なのかよ」

「無意識だからこそ怖いんだろ」

今まで笑顔を向けてもらうことがなかったのに、最後の最後で大輪の花のような笑顔を間近で見てしまった及川と岩泉が魂の抜けたような顔をしている。ついでに、金田一と国見も座ったまま固まっていた。

「まあ、試合で当たるのを楽しみにしてるからこそ、ああいうふうに笑うんだろ。よかったな」

「…そうだけど」

一番惚けていそうだった及川が反応した。

「そうだけど、やっぱり、」

──欲しかったなって思うよ。

ぽつりとそう告げた顔がとても悲しそうだったので、松川と花巻は揃って肩をすくめる。

そうは言っても自業自得なのだが。それを言ってももう仕方がないし、さすがにかわいそうだ。

「ま、来世に期待だな」

「来世!? 10年後とかじゃなく!?」

「10年程度で許されると思うのかお前は」

「オモワナイデス」

再び床に座り込んでしょげている主将に、二人はもう一度肩をすくめた。





「そんなわけで、解決しました」

朝練に取り組むなんだか影山がいつもより嬉しそうで、ほかの1年達も何か肩の荷が降りたような顔で部活に励んでいる。そう思った澤村と菅原は、月島をつかまえて事情を訊き出した。

「そんなことがあったのか」

つかまった瞬間めんどくさそうな顔をした月島は、それでもきちんと事情を説明してくれた。澤村は思わず唸る。

1年達だけで話し合いに向かったのは危なっかしいように思うが、あちらの上級生にも話を通してあったのだから叱るのもちがう気がする。

菅原が唇をとがらせた。

「解決してよかったけど! 俺も参加したかったな!」

「お前が行ったら収拾つかなくなるだろ」

「そんなことないだろ!」

「まあ今回は影山が自分で自分の意見を話すのが目的だったので…あんまり過保護されても困るんですよね」

「言われてるぞ過保護先輩」

「ええー…」

普通に可愛がってるだけなのにとぶつぶつ呟いている菅原はさておき、実のところ、澤村も少し寂しいような気はしていた。

自分達で解決した1年達は、文句なしに立派だとは思う。だが、自分達も協力したかったと思う。

言っても困らせるだけだと思ったので口には出さなかったが。

「次になんかあったら俺達にも参加させてくれよ」

「はあ、まあ、伝えておきます」

このぐらいのわがままは、許されると思いたい。





「次に何か企む時は先輩達にも話通しておいてくれない? 参加したかったって駄々こねられて大変だったんだケド」

今日は5人でご飯を食べようと約束してあった昼休み。

集合場所で顔を合わせた途端にそう文句を付けられて日向は思わず笑ってしまった。

「うちの先輩達、ほんといい人達だよな」

「いい人っていうか過保護でしょ」

まったく、と月島はぶつくさ言っている。それでも、困った上級生達のことを嫌っていないのは口調で分かった。

「分かった分かった、次なんかあったら先輩達にも相談しとくなー」

ちゃんとそう言ったのに、月島は半眼になる。

「…日向も、影山も、たまに子供をあやす大人みたいな顔するのはなんなの」

「そうか?」

「それは俺も思うよ」

それまで黙って2人の会話を見ていた山口にまでそう言われ、日向は自分の言動を思い返す。

言われてみればそうかも知れない。特に月島は、ひねているようで意外と素直なのが、どうにも微笑ましくなってしまう。

「だって、お前おもしれーんだもん」

「はあ?」

月島は全力で文句を言おうとしている顔になったが。

「お、お待たせしました!」

「お前ら、何話してんだ?」

遅れていた影山と谷地が顔を出したので、勢いが削がれたのか口を閉じる。

「次何か計画する時は先輩にも頼れってさ」

「ん? おう、分かった」

ちゃんと相談する、と影山が素直な返事をして、月島はますます文句を言えなくなったらしく口をむぐむぐとさせ。

「…そうして」

ぼそっとそれだけ言った。

「「…?」」

揃って首をかしげながら座った影山と谷地に笑った日向は、自分の弁当を広げる。

「日向」

その時。ずっと苦笑していた山口がそっと声をかけてきた。

「次に何かあった時も、俺達にも声かけてね」

ツッキーもそう思ってるよ、と本人の隣でそう言うので、月島が横目で山口を睨んでいる。が、否定しようとはしない。

「日向も影山も、なんだか俺達より年上みたいに見えること多いけど。でも、チームメイトで、同じ学年なんだから」

「ん、そうだな」

自分達のほうが精神的には年上でも、このチームのメンバーにはどうしたって敵わないな、と感じることがある。ちょうど、今の山口がそれだった。

「たぶん、また巻き込むから、よろしくな」

きっと、ずっと、そんな感じで自分達は”今回”を生きていくのだろうと思った。
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