4
ばたばたと近付いてきた足音が教室の前で止まり、がらりと扉が開かれた。
「月島ー! 山口ー! 一緒に食おうぜ!」
「…なんで毎回来るの」
「いいだろチームメイトだろ」
「なんでチームメイトだからって馴れ合わないといけないわけ」
「山口ー」
「うん、ちょっと待って」
「は?」
「ほれほれ、君の幼馴染みはこっちに来るぞ」
「ツッキーごめん、昨日約束しちゃったから」
「…いいけど。行ってくれば?」
「なんでだよーお前も来いよー」
昼休みのたびに起こる賑やかなやり取りは、数日前からずっと続いているものだ。最初は、クールな印象の月島が顔をしかめたり口の悪いところを見せたりすることに驚いていたクラスメイト達も、今では面白がっている者が大半になっている。
「早くしないと昼休み終わるぞ!」
「…はあ」
そして、なんだかんだで月島が押し負けてしまうのも、数日前から変わらない。素早く昼食を用意して教室を出て行くところを見ると、そこまで嫌々にも見えない。
「仲いいな」
クラスメイトの1人がこっそりと呟き、周囲も思わず頷いた。
「あの…私もここにいていいのかな…」
「? 友達と一緒に食べて何か悪いか?」
「う、うん、そうだね。でも、月島くんも山口くんもいいのかなって」
「え、あ、お、俺は大丈夫、大丈夫だよ!」
「別にいいけど」
1年3組の一角、影山の机の周辺には、バレー部の1年が全員集まっていた。本日は普段一緒に食べている友人が用事でいないという谷地も混じっている。
まったくばらばらの5人が頭を突き合わせているという妙な光景だったが、4組の生徒以上に慣れきっている3組の面々は、また変人2人が何かしてる、という認識だ。
そんな扱いを受けているとは気付いていない日向が手を合わせて声を上げる。
「はい! 手を合わせてー、いただきます」
反射的に残りの4人がそれに続き、その光景を見ていた周囲の数人がこっそり吹き出した。どんなにばらばらでも、こういう時にすぐに反応してしまう辺りが、周りの人間がことごとく『あの5人は仲がいい』と認識する理由になっている。
そして、
「………」
「何にやにや笑ってんの。気持ち悪いんだけど」
「なんでもねえ」
「やっぱいいなー、ここは」
「え? ここって?」
そんな些細なことが、日向にとっても影山にとっても、とても幸せなのだが──それを知っているのは当の2人だけだった。
ふと携帯を見た影山が声を上げる。
「金田一?」
「………」
それを聞いた途端、弁当箱を片付けていた日向が鼻にしわを寄せた。
「え、誰?」
「えっと、影山くんの転校する前のチームメイトの人、だっけ?」
「おう」
きょとんとした山口に谷地が説明している。月島は無言だったが、話は気にしているらしく視線が影山のほうに向いた。
「なんか、俺らのこと訊かれたって」
「………。誰に?」
日向のしわが深くなる。谷地が若干びくりとしたので、影山は相棒の頭を叩いた。
「向こうの監督に訊かれたらしい。俺だけじゃなくお前のことも」
「…あー」
そっちかー、と天を仰ぐ日向を見て、山口が首をかしげる。
「2人とも、強豪出身じゃなかったよね? なんで他校の監督に知られてるの?」
「中総体は一回戦で負けたぞ」
「じゃあ、その試合、見られてたんじゃないの?」
それまで黙っていた月島が口を挟んだ。山口がなるほど、と頷く。
「あ、そっか。2人の試合見てたから、気になったってことかな? 監督って、バレー部の監督だよね?」
「ん。青城のバレー部の監督」
「………。せいじょう」
「おう」
「それって、青葉城西?」
「おう」
「…えええええええええ!?」
「うるさい山口」
「ご、ごめんツッキー」
「…で? そこの監督に目を付けられたって?」
とても嫌そうな顔をしながら月島が話を進めた。と、谷地がおずおずと手を挙げた。
「えっと、せいじょう? って、私立高校の青葉城西のこと?」
「おう」
「なんか有名なところなの?」
「あそこはバレーの強豪だ」
「きょ、きょうごう」
影山の返事を聞いた谷地は顔を引きつらせる。そんな反応を気にすることなく、
「いやー推薦蹴っちゃったからな」
──日向がさらに爆弾を落とした。
「…推薦来てたの!?」
「蹴った!? 今推薦蹴ったって言った!? あの、青城の、推薦を、蹴ったって言った!?」
「…馬鹿じゃないの」
「先生にも言われた」
「お前そんなに成績よくないのに推薦蹴っていいのかって何度も訊かれたな」
チームメイト達の反応に対して、日向も影山も呑気に答える。月島が溜め息をついた。
「そこじゃない」
「強豪の推薦蹴っちゃってよかったのかって話だよ」
山口が言葉を付け加える。
「え、だって、烏野入りたかったから」
「すげえところから推薦来てもここじゃないと意味ない」
「…そっかー」
谷地が眉を下げて笑った。
「2人とも、入学楽しみにしてたもんね」
「え、谷地さん納得しちゃうんだ…」
「う、うん。なんか、2人にとっては、ここは大事な場所なのかなってなんとなく思ってた」
「先輩がいるから?」
2人が以前から3年4人と交流があったことは、山口や月島も知っている。知っている先輩のところに行きたかったのだろうか、と山口は思ったのだが。
「うーん。合ってるような間違ってるような」
日向の返答は曖昧なものだった。
「なんか、いろいろあるんだよな」
「いろいろ?」
「何それ」
「…んー。説明できない!」
「意味分からないんだケド」
「ま、まあ説明したくないならいいけど…」
へらっと笑う小柄なチームメイトに、月島が呆れた顔をし、山口は苦笑する。
その光景を笑って見ていた影山だったが、不意にラインの通知が聞こえ、携帯に視線を落とした。そして、なんとも言えない表情で顔を上げる。
「…及川さんにも、訊かれたって金田一が」
その瞬間、日向の周囲にブリザードが吹き荒れた。
「月島ー! 山口ー! 一緒に食おうぜ!」
「…なんで毎回来るの」
「いいだろチームメイトだろ」
「なんでチームメイトだからって馴れ合わないといけないわけ」
「山口ー」
「うん、ちょっと待って」
「は?」
「ほれほれ、君の幼馴染みはこっちに来るぞ」
「ツッキーごめん、昨日約束しちゃったから」
「…いいけど。行ってくれば?」
「なんでだよーお前も来いよー」
昼休みのたびに起こる賑やかなやり取りは、数日前からずっと続いているものだ。最初は、クールな印象の月島が顔をしかめたり口の悪いところを見せたりすることに驚いていたクラスメイト達も、今では面白がっている者が大半になっている。
「早くしないと昼休み終わるぞ!」
「…はあ」
そして、なんだかんだで月島が押し負けてしまうのも、数日前から変わらない。素早く昼食を用意して教室を出て行くところを見ると、そこまで嫌々にも見えない。
「仲いいな」
クラスメイトの1人がこっそりと呟き、周囲も思わず頷いた。
「あの…私もここにいていいのかな…」
「? 友達と一緒に食べて何か悪いか?」
「う、うん、そうだね。でも、月島くんも山口くんもいいのかなって」
「え、あ、お、俺は大丈夫、大丈夫だよ!」
「別にいいけど」
1年3組の一角、影山の机の周辺には、バレー部の1年が全員集まっていた。本日は普段一緒に食べている友人が用事でいないという谷地も混じっている。
まったくばらばらの5人が頭を突き合わせているという妙な光景だったが、4組の生徒以上に慣れきっている3組の面々は、また変人2人が何かしてる、という認識だ。
そんな扱いを受けているとは気付いていない日向が手を合わせて声を上げる。
「はい! 手を合わせてー、いただきます」
反射的に残りの4人がそれに続き、その光景を見ていた周囲の数人がこっそり吹き出した。どんなにばらばらでも、こういう時にすぐに反応してしまう辺りが、周りの人間がことごとく『あの5人は仲がいい』と認識する理由になっている。
そして、
「………」
「何にやにや笑ってんの。気持ち悪いんだけど」
「なんでもねえ」
「やっぱいいなー、ここは」
「え? ここって?」
そんな些細なことが、日向にとっても影山にとっても、とても幸せなのだが──それを知っているのは当の2人だけだった。
ふと携帯を見た影山が声を上げる。
「金田一?」
「………」
それを聞いた途端、弁当箱を片付けていた日向が鼻にしわを寄せた。
「え、誰?」
「えっと、影山くんの転校する前のチームメイトの人、だっけ?」
「おう」
きょとんとした山口に谷地が説明している。月島は無言だったが、話は気にしているらしく視線が影山のほうに向いた。
「なんか、俺らのこと訊かれたって」
「………。誰に?」
日向のしわが深くなる。谷地が若干びくりとしたので、影山は相棒の頭を叩いた。
「向こうの監督に訊かれたらしい。俺だけじゃなくお前のことも」
「…あー」
そっちかー、と天を仰ぐ日向を見て、山口が首をかしげる。
「2人とも、強豪出身じゃなかったよね? なんで他校の監督に知られてるの?」
「中総体は一回戦で負けたぞ」
「じゃあ、その試合、見られてたんじゃないの?」
それまで黙っていた月島が口を挟んだ。山口がなるほど、と頷く。
「あ、そっか。2人の試合見てたから、気になったってことかな? 監督って、バレー部の監督だよね?」
「ん。青城のバレー部の監督」
「………。せいじょう」
「おう」
「それって、青葉城西?」
「おう」
「…えええええええええ!?」
「うるさい山口」
「ご、ごめんツッキー」
「…で? そこの監督に目を付けられたって?」
とても嫌そうな顔をしながら月島が話を進めた。と、谷地がおずおずと手を挙げた。
「えっと、せいじょう? って、私立高校の青葉城西のこと?」
「おう」
「なんか有名なところなの?」
「あそこはバレーの強豪だ」
「きょ、きょうごう」
影山の返事を聞いた谷地は顔を引きつらせる。そんな反応を気にすることなく、
「いやー推薦蹴っちゃったからな」
──日向がさらに爆弾を落とした。
「…推薦来てたの!?」
「蹴った!? 今推薦蹴ったって言った!? あの、青城の、推薦を、蹴ったって言った!?」
「…馬鹿じゃないの」
「先生にも言われた」
「お前そんなに成績よくないのに推薦蹴っていいのかって何度も訊かれたな」
チームメイト達の反応に対して、日向も影山も呑気に答える。月島が溜め息をついた。
「そこじゃない」
「強豪の推薦蹴っちゃってよかったのかって話だよ」
山口が言葉を付け加える。
「え、だって、烏野入りたかったから」
「すげえところから推薦来てもここじゃないと意味ない」
「…そっかー」
谷地が眉を下げて笑った。
「2人とも、入学楽しみにしてたもんね」
「え、谷地さん納得しちゃうんだ…」
「う、うん。なんか、2人にとっては、ここは大事な場所なのかなってなんとなく思ってた」
「先輩がいるから?」
2人が以前から3年4人と交流があったことは、山口や月島も知っている。知っている先輩のところに行きたかったのだろうか、と山口は思ったのだが。
「うーん。合ってるような間違ってるような」
日向の返答は曖昧なものだった。
「なんか、いろいろあるんだよな」
「いろいろ?」
「何それ」
「…んー。説明できない!」
「意味分からないんだケド」
「ま、まあ説明したくないならいいけど…」
へらっと笑う小柄なチームメイトに、月島が呆れた顔をし、山口は苦笑する。
その光景を笑って見ていた影山だったが、不意にラインの通知が聞こえ、携帯に視線を落とした。そして、なんとも言えない表情で顔を上げる。
「…及川さんにも、訊かれたって金田一が」
その瞬間、日向の周囲にブリザードが吹き荒れた。