46
最初に日向がしたことはほかの同輩を巻き込むことだった。
「え、ええ…」
「それ、本気で言ってる?」
暑くなりだした日差しの下、一年5人で弁当を広げる。
食べながら影山の希望を聞いていた山口は話が終わると困った顔をして、月島は理解不能なものを見る目になった。だが、影山は真剣な顔で頷く。
「本気で言ってる」
「ずっと警戒しないといけないのが嫌っていうのは分かるけど…」
「わざわざこっちから関わりを持って悪化したらどうするわけ」
「たぶん、悪化はしない」
月島の心配はもっともだったが、日向は口を挟む。
「向こうの人達に様子聞いたけどさ、今度こそ思い知ったって感じらしいぞ」
「今さら?」
「そ、今さら」
そもそも、どうやらあの試合の前からその傾向は見えていたらしい。そして、試合中の影山が見たことのない笑顔でチームメイト達と触れ合っていたことが決定打になった。
「だから、ちゃんと離れましょうって言いたいってさ」
「ん」
本当はあの中総体の時にそうできたらよかったし、影山はちゃんとそう伝えたはずだ。けれどそれは失敗してしまった。
「中学のときは言っても納得してもらえなかったから、もう一回言う」
「一度言って納得してもらえなかったっていうのが怖いんだけど」
月島はまだ渋い顔をしている。ただ面倒だからではなく彼なりに心配しているのが伝わって、日向は思わずにやけそうになった。
「でも」
それまで黙って話を聞いていた谷地が口を開く。
「わ、私は影山くんがそうしたいなら、お手伝いしたいな」
「………」
「これは影山くんのことなんだから」
普段はおとなしい彼女がそう言い出したことが心を動かしたのか、月島は口を閉じて考え込むような表情になった。その顔を影山が覗き込む。
「いやなら、別に手伝ってもらわなくてもいいぞ」
「はあ?」
「絶対にまた変にならないって言えねえし、関わりたくないっていうのは分かる」
あっさりとした様子の影山はきっと本気でそう言っている。が、月島は別に自分だけが手伝いを抜けたいとは思っていなかったはずだし、かと言ってそうじゃなくて君が心配なんだ、と素直に言える性格でもない。
結果、逃げ道を塞がれた月島は観念したようにため息をついた。
「…分かった、手伝う」
「おう? いいのか?」
きょとんとしている影山に手を伸ばした月島は、
「イッ」
素早くデコピンをかます。額を押さえてのけぞった影山は、一気に凶悪な顔になった。
「何すんだボゲエ!」
「何すんだ、はこっちの台詞だよこの馬鹿」
「???」
額を押さえたまま首をかしげている影山を鼻で笑った月島は、笑い転げていた日向をジロリと睨んでくる。
「で? どうせこいつ一人じゃなくて君が何か考えてるんでしょ。馬鹿のくせに妙に悪知恵が働くんだから」
「褒めてもなんも出ねーぞ!」
「褒めてない!」
青い空の下、月島の声が響き渡った。
「お、及川さん」
練習の合間に金田一がそろりと声をかけると、どこかぼんやりとした目がこちらを見た。さすがに練習中は切り替えているように見えるものの、休憩中や部活が終わったあとに帰り支度をしている時の及川はずっとこんな感じで、前とは違う意味で怖い。
「あの、さっき影山から」
連絡が来て、と言いかけたところで及川が立ち上がった。
「ごめん、後にして」
「…ッス」
後で言ったところでまた逃げられる気はしたが、金田一は引き留められずに頷く。
あの異様なまでの執着はなんだったのかと思うぐらい、今の及川は影山の話題をさけていた。
「…はあ」
溜め息をついてラインを見る。国見が横に来た。
「やっぱりだめか」
「なんの用事か分かってるのか、あれ」
名前しか出していないのに逃げられるので、金田一は首をかしげる。だが、国見は確信した顔で頷いた。
「分かってる、あれは。正式にフられたくないから逃げてるんだろ」
「いや、正式にも何も…」
とっくにフられていた気がする。
「それでも、真正面から叩きつけられるのはいやなんだろ」
「それはそうかもしんねえけど」
金田一は携帯の画面を見た。そこにはラインの画面が表示されており、影山からのメッセージが届いている。
──及川さんと一度ちゃんと話したい
──迷惑じゃなかったら、協力してほしい
そう書かれた画面を見返して、金田一は頭をかかえた。
「協力、したいんだけどな…」
悪知恵が働く、と言われたものの、今回の件については特に難しいことを考える必要はない。作戦はいたって簡単だ。
「向こうの3年の人達に連絡して、捕まえておいてもらう」
二回目の一年作戦会議も、明るい日差しが降り注ぐ昼休みに行われた。
「つ、捕まえるって…」
山口が苦笑している。
「だってしょうがないだろー。影山の名前聞いただけで逃げるって言うんだから」
「逃げる?」
影山以外の3人が意外そうな顔をした。
「なんで?」
「現実を見たくないから」
あくまで影山に手を伸ばしてくる可能性もあった。けれど、日向はこうなるだろうと思っていたのでおどろいていない。
なぜなら、今までのおかしな行動はどれも、直視したくないような現実にぶつかった時だった。そうやって欲しかった存在が離れようとする現実を無理やり拒否していたのに、どうやってもそれは目に入ってきた。
あがいてもだめならどうするか。
あとはもう、逃げるしかない。
それは本人なりに苦しんだ末の結論なのだろうが、あいにく日向は容赦する気はなかった。
大事な相棒がそうしたいと言うのなら、どこに逃げても必ず引きずり出す。
そんな物騒な思考を感じ取ったらしい月島が引き気味の顔でこちらを見た。
「なら、僕達はなんのための人員? あっちが逃げ腰なら影山の周りを固める必要ないし」
「そりゃあもちろん」
逃げられないようにだよ、と続けた言葉とその声音に、影山以外の全員が顔をひきつらせた。
「え、ええ…」
「それ、本気で言ってる?」
暑くなりだした日差しの下、一年5人で弁当を広げる。
食べながら影山の希望を聞いていた山口は話が終わると困った顔をして、月島は理解不能なものを見る目になった。だが、影山は真剣な顔で頷く。
「本気で言ってる」
「ずっと警戒しないといけないのが嫌っていうのは分かるけど…」
「わざわざこっちから関わりを持って悪化したらどうするわけ」
「たぶん、悪化はしない」
月島の心配はもっともだったが、日向は口を挟む。
「向こうの人達に様子聞いたけどさ、今度こそ思い知ったって感じらしいぞ」
「今さら?」
「そ、今さら」
そもそも、どうやらあの試合の前からその傾向は見えていたらしい。そして、試合中の影山が見たことのない笑顔でチームメイト達と触れ合っていたことが決定打になった。
「だから、ちゃんと離れましょうって言いたいってさ」
「ん」
本当はあの中総体の時にそうできたらよかったし、影山はちゃんとそう伝えたはずだ。けれどそれは失敗してしまった。
「中学のときは言っても納得してもらえなかったから、もう一回言う」
「一度言って納得してもらえなかったっていうのが怖いんだけど」
月島はまだ渋い顔をしている。ただ面倒だからではなく彼なりに心配しているのが伝わって、日向は思わずにやけそうになった。
「でも」
それまで黙って話を聞いていた谷地が口を開く。
「わ、私は影山くんがそうしたいなら、お手伝いしたいな」
「………」
「これは影山くんのことなんだから」
普段はおとなしい彼女がそう言い出したことが心を動かしたのか、月島は口を閉じて考え込むような表情になった。その顔を影山が覗き込む。
「いやなら、別に手伝ってもらわなくてもいいぞ」
「はあ?」
「絶対にまた変にならないって言えねえし、関わりたくないっていうのは分かる」
あっさりとした様子の影山はきっと本気でそう言っている。が、月島は別に自分だけが手伝いを抜けたいとは思っていなかったはずだし、かと言ってそうじゃなくて君が心配なんだ、と素直に言える性格でもない。
結果、逃げ道を塞がれた月島は観念したようにため息をついた。
「…分かった、手伝う」
「おう? いいのか?」
きょとんとしている影山に手を伸ばした月島は、
「イッ」
素早くデコピンをかます。額を押さえてのけぞった影山は、一気に凶悪な顔になった。
「何すんだボゲエ!」
「何すんだ、はこっちの台詞だよこの馬鹿」
「???」
額を押さえたまま首をかしげている影山を鼻で笑った月島は、笑い転げていた日向をジロリと睨んでくる。
「で? どうせこいつ一人じゃなくて君が何か考えてるんでしょ。馬鹿のくせに妙に悪知恵が働くんだから」
「褒めてもなんも出ねーぞ!」
「褒めてない!」
青い空の下、月島の声が響き渡った。
「お、及川さん」
練習の合間に金田一がそろりと声をかけると、どこかぼんやりとした目がこちらを見た。さすがに練習中は切り替えているように見えるものの、休憩中や部活が終わったあとに帰り支度をしている時の及川はずっとこんな感じで、前とは違う意味で怖い。
「あの、さっき影山から」
連絡が来て、と言いかけたところで及川が立ち上がった。
「ごめん、後にして」
「…ッス」
後で言ったところでまた逃げられる気はしたが、金田一は引き留められずに頷く。
あの異様なまでの執着はなんだったのかと思うぐらい、今の及川は影山の話題をさけていた。
「…はあ」
溜め息をついてラインを見る。国見が横に来た。
「やっぱりだめか」
「なんの用事か分かってるのか、あれ」
名前しか出していないのに逃げられるので、金田一は首をかしげる。だが、国見は確信した顔で頷いた。
「分かってる、あれは。正式にフられたくないから逃げてるんだろ」
「いや、正式にも何も…」
とっくにフられていた気がする。
「それでも、真正面から叩きつけられるのはいやなんだろ」
「それはそうかもしんねえけど」
金田一は携帯の画面を見た。そこにはラインの画面が表示されており、影山からのメッセージが届いている。
──及川さんと一度ちゃんと話したい
──迷惑じゃなかったら、協力してほしい
そう書かれた画面を見返して、金田一は頭をかかえた。
「協力、したいんだけどな…」
悪知恵が働く、と言われたものの、今回の件については特に難しいことを考える必要はない。作戦はいたって簡単だ。
「向こうの3年の人達に連絡して、捕まえておいてもらう」
二回目の一年作戦会議も、明るい日差しが降り注ぐ昼休みに行われた。
「つ、捕まえるって…」
山口が苦笑している。
「だってしょうがないだろー。影山の名前聞いただけで逃げるって言うんだから」
「逃げる?」
影山以外の3人が意外そうな顔をした。
「なんで?」
「現実を見たくないから」
あくまで影山に手を伸ばしてくる可能性もあった。けれど、日向はこうなるだろうと思っていたのでおどろいていない。
なぜなら、今までのおかしな行動はどれも、直視したくないような現実にぶつかった時だった。そうやって欲しかった存在が離れようとする現実を無理やり拒否していたのに、どうやってもそれは目に入ってきた。
あがいてもだめならどうするか。
あとはもう、逃げるしかない。
それは本人なりに苦しんだ末の結論なのだろうが、あいにく日向は容赦する気はなかった。
大事な相棒がそうしたいと言うのなら、どこに逃げても必ず引きずり出す。
そんな物騒な思考を感じ取ったらしい月島が引き気味の顔でこちらを見た。
「なら、僕達はなんのための人員? あっちが逃げ腰なら影山の周りを固める必要ないし」
「そりゃあもちろん」
逃げられないようにだよ、と続けた言葉とその声音に、影山以外の全員が顔をひきつらせた。