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「…影山、行くぞ」
声をかけられた瞬間固まった後輩の腕を引く。驚いたのかこわばってしまった影山の顔を見て、菅原の胸にじわりと怒りが込み上げた。
どうしてここまでして声をかけてくるのか。
どうして放っておいてもらえないのか。
最初の騒ぎから知っている身としては、相手の──及川の動きは不可解なことばかりだ。
「待った、って言ってるんだけど」
これまでと違って、声をかけてきた及川は内心の読めない笑顔ではなく、真顔だった。
だからと言って菅原の対応に何か変化があるわけでもなく。
「知るか」
ばっさりと切り捨てて影山の背中を押す。そこでようやく影山がはっとしたように体を震わせた。と、同時に。
「影山!」
状況に気付いた日向が駆け寄ってくる。後に続いて他のチームメイト達もこちらに向かってきて、影山も勢いよく足を踏み出す。ためらうことなく離れようとするその姿を見て、視界の端の及川の顔が歪むのが見えた。
「…っ、」
そうして何か言おうとしたその口が、ふっと止まる。
「…そう」
思いの外静かな声が何か呟いたが、それは仲間達の声に紛れてよく聞こえなかった。
「──やっぱり、お前の答えは、そのままなんだ」
「………」
その声がずいぶんと寂しそうで、影山は思わず足を止める。
どうしようかと迷いながら振り向くと、及川は諦めたようにうつむいて、静かに立っていた。
「どうした?」
菅原に顔を覗き込まれ、首を振る。
「なんでもないっす」
「そうか?」
及川に気付いた瞬間いの一番に反応して守ろうとしてくれた先輩は、心配そうな顔をした。さっき思わず固まってしまったから、余計に心配させてしまったのかもしれない。
(何か言ったほうがいいのか?)
今まではあまりに様子がおかしくてとりあえず避けること以外考えてなかった。けれど、こうしてしおれている姿を見ると、調子が狂ってしまう。
「影山」
まだ体がすくんでいると思ったのか、菅原とは反対側から日向に手を引かれる。
「…ん」
背後を気にしつつも、影山は今度こそ素直に歩き出した。そもそも、今の自分達はこれからもまだ試合があるわけで、今日はさっさと帰って休まないといけない。このことは、後でまた相談しよう、と頭の中に書き留める。
みんなと合流してからもう一度ちらりと振り返ると、かつての先輩はそこにじっと立ったままだった。
「………。おい」
こんな図体をしていて、いつもは目立ちまくっているくせに、どうしてこういう時だけさらっといなくなれるのか。
気付いた時にはまた影山に接触を図ろうとしていた幼馴染みを見つけ、岩泉は膝から崩れ落ちそうになった。こちらもようよう気持ちの整理をつけたばかりなのであまり人のことは言えないが、それでもあまりにしょうこりもなく関わろうとするので呆れてしまう。
だが、いつもと違って、どうやら食い下がることはしなかったらしい。じっと俯いている及川の肩を掴むと、幼馴染はのろのろと振り向いた。
「………」
口から飛び出そうとしていた叱り付ける言葉が消えた。
「…岩ちゃん」
「分かっただろ」
及川はもう取り戻すことができないものを見送った顔をしていた。
「今分かった」
「遅い」
「知ってるよ」
もともと、ぼんやりとは分かっていたはずだ。だが、自分が何を失ったのか理解することを拒絶していたのだろう。
けれど、今日の試合でネットの向こうを見て。それから今、また離れていく影山を見て。
いい加減、向き合うしかなくなった。
「帰るぞ」
「うん」
「あと、とりあえずまた一発殴る」
「なんで!」
──落ちた強豪と言われていた烏野によって、県内ベスト4の一校が撃破された。連続で強力なチームと当たったにも関わらずその勢いは衰える様子はなく、彼らは大いに注目を浴びた。
だが、それでも羽ばたき始めた烏はまだ成長しきってはいなくて。
──最終的に宮城県の代表となったのは、白鳥沢だった。
声をかけられた瞬間固まった後輩の腕を引く。驚いたのかこわばってしまった影山の顔を見て、菅原の胸にじわりと怒りが込み上げた。
どうしてここまでして声をかけてくるのか。
どうして放っておいてもらえないのか。
最初の騒ぎから知っている身としては、相手の──及川の動きは不可解なことばかりだ。
「待った、って言ってるんだけど」
これまでと違って、声をかけてきた及川は内心の読めない笑顔ではなく、真顔だった。
だからと言って菅原の対応に何か変化があるわけでもなく。
「知るか」
ばっさりと切り捨てて影山の背中を押す。そこでようやく影山がはっとしたように体を震わせた。と、同時に。
「影山!」
状況に気付いた日向が駆け寄ってくる。後に続いて他のチームメイト達もこちらに向かってきて、影山も勢いよく足を踏み出す。ためらうことなく離れようとするその姿を見て、視界の端の及川の顔が歪むのが見えた。
「…っ、」
そうして何か言おうとしたその口が、ふっと止まる。
「…そう」
思いの外静かな声が何か呟いたが、それは仲間達の声に紛れてよく聞こえなかった。
「──やっぱり、お前の答えは、そのままなんだ」
「………」
その声がずいぶんと寂しそうで、影山は思わず足を止める。
どうしようかと迷いながら振り向くと、及川は諦めたようにうつむいて、静かに立っていた。
「どうした?」
菅原に顔を覗き込まれ、首を振る。
「なんでもないっす」
「そうか?」
及川に気付いた瞬間いの一番に反応して守ろうとしてくれた先輩は、心配そうな顔をした。さっき思わず固まってしまったから、余計に心配させてしまったのかもしれない。
(何か言ったほうがいいのか?)
今まではあまりに様子がおかしくてとりあえず避けること以外考えてなかった。けれど、こうしてしおれている姿を見ると、調子が狂ってしまう。
「影山」
まだ体がすくんでいると思ったのか、菅原とは反対側から日向に手を引かれる。
「…ん」
背後を気にしつつも、影山は今度こそ素直に歩き出した。そもそも、今の自分達はこれからもまだ試合があるわけで、今日はさっさと帰って休まないといけない。このことは、後でまた相談しよう、と頭の中に書き留める。
みんなと合流してからもう一度ちらりと振り返ると、かつての先輩はそこにじっと立ったままだった。
「………。おい」
こんな図体をしていて、いつもは目立ちまくっているくせに、どうしてこういう時だけさらっといなくなれるのか。
気付いた時にはまた影山に接触を図ろうとしていた幼馴染みを見つけ、岩泉は膝から崩れ落ちそうになった。こちらもようよう気持ちの整理をつけたばかりなのであまり人のことは言えないが、それでもあまりにしょうこりもなく関わろうとするので呆れてしまう。
だが、いつもと違って、どうやら食い下がることはしなかったらしい。じっと俯いている及川の肩を掴むと、幼馴染はのろのろと振り向いた。
「………」
口から飛び出そうとしていた叱り付ける言葉が消えた。
「…岩ちゃん」
「分かっただろ」
及川はもう取り戻すことができないものを見送った顔をしていた。
「今分かった」
「遅い」
「知ってるよ」
もともと、ぼんやりとは分かっていたはずだ。だが、自分が何を失ったのか理解することを拒絶していたのだろう。
けれど、今日の試合でネットの向こうを見て。それから今、また離れていく影山を見て。
いい加減、向き合うしかなくなった。
「帰るぞ」
「うん」
「あと、とりあえずまた一発殴る」
「なんで!」
──落ちた強豪と言われていた烏野によって、県内ベスト4の一校が撃破された。連続で強力なチームと当たったにも関わらずその勢いは衰える様子はなく、彼らは大いに注目を浴びた。
だが、それでも羽ばたき始めた烏はまだ成長しきってはいなくて。
──最終的に宮城県の代表となったのは、白鳥沢だった。