44
「か、」
日向がぽろりと零した。
「勝った…」
「…勝ったな」
影山も半ば呆然と返事をする。
高校1年のインターハイ予選で、青葉城西に勝った。しかも、苦戦し通しではあったものの、第3セットまで持ち越さずに決着がついてしまった。
今までにも“前回”と違う流れになることは多くて、日向も影山も段々と“前回”の記憶は参考にする程度になっていた。“前回”の記憶を通して今を見るばかりではみんなにも、バレーにも失礼だ。
そうして自分達の特殊な立場と付き合ってきた2人だが、これは特別な違いだった。
強敵との対戦は、影山達の動きが変わっただけで変えられるようなものではない。チーム全体が“前回”のこの試合と比べて変化している。
このチームがどんどん強くなっていっていることは分かっていた。“前回”の今頃よりも成長速度が早いのは明白だった。そして、2人もこの予選を勝ち進む気でいた。
勝つ気でいたはずなのに、それが本当に実現されてしまうととても不思議な感じがする。少し遅れて、心臓が猛烈に脈打ち始めた。
「勝った、のか…」
足元がふわふわとする。けれど、それは嫌な感覚ではない。
「おい、2人そろって何びっくりした顔してんだよ!」
日向ともども背中を叩かれて振り返ると、田中が笑っていた。
「田中さーん!」
はっとした顔になって、日向が飛び上がる。
「勝ちました!」
「おう! 勝ったぞ!」
「お前ら、もう整列しろよ」
元気に両手を打ち合わせる2人の後ろで、澤村が困ったような、けれど嬉しさを抑えられない顔をしていた。
「くっそ」
ぎゅっと拳を握り、金田一は歯を食いしばる。
こんなに早く負けてしまうのか。こんなに、あっけなくインターハイが終わるのか。
悔しさを抱えながら整列すると、ネットの奥でこちらと同じように整列している影山と目が合った。
興奮して頬を染めているが、勝ち誇った顔ではなく真面目な顔で並んでいる。大きな瞳が静かにこちらを見ていた。
「………」
笛が鳴った瞬間にあふれた悔しさに、すっと清涼感が混じる。
(強かったな)
烏野は前に試合をした時よりもずっと強くなっていた。
(…楽しかったな)
試合の最中は必死で、そんなことを考える余裕もなかったけれど。
とても楽しかった、と終わった後になって思う。だからこそ、余計に惜しくもあるのだが。
(また、話してえな)
今日は軽く挨拶するぐらいしかできないだろうが、この気持ちが新鮮なうちに影山と話したいと思った。
「すご、すごい! すごい!」
観客席の一角で、厚木が飛び跳ねる。大興奮でコートから出ていく先輩達を見送っているチームメイトの隣で、鈴木は大きく息をついた。
「すごかった…」
あんなに、すごい人達だったのか。同じチームで戦って、そのすさまじい技術を間近から見ていたはずなのに、改めて驚かされる。
それはきっと、彼らが彼らの力を存分に活かせるチームにいるからなのだろうとも思う。
「俺らがもっと経験あったら、中総体でももっと勝てたのかな」
だから、そんな言葉がぽろっと漏れてしまった。
途端、チームメイト達がそれぞれどこかが痛むような顔をして、鈴木は焦る。
去年の自分達にもう少し経験と体力もあれば、二人の先輩はもっと自分の力を発揮できただろう。そうすれば、北川第一に勝って次に進んでいたかもしれない。
川島も森も厚木もどこかでそう考えていることはなんとなく分かっていた。自分だけでなくチームメイト達をも責めるような考えだから、みんな敢えて言わないようにしていたのだと思う。
「ごめん。せっかく、楽しく観戦してたのに」
そろりと声をかけると、不意にばんと背中を叩かれた。
「あいつら、後輩のこと大好きだからそんなこと考えてるって知ったら泣いちまうぞ」
振り向くと関向が笑っている。
「な、泣く?」
そういうことを言うもんじゃないと怒られる気はするが、泣いてしまう日向達は想像できない。
「確かに。2人とも君らが可愛くてしょうがないって感じだったよ。何度も後輩自慢されたし」
「は、はあ…」
泉にまでそう言われ、4人揃ってぽかんとしていると、関向がにひひ、と笑った。
「言われてただろ? 『このチームはちゃんと強い』って。それを否定してやるなよ。冗談じゃなく本当に泣くぞ」
「「「「…!」」」」
はっと顔を見合わせ、鈴木達はそれぞれ大きく頷く。
「はい!」
「分かりました!」
よしよしと頷く高校生達は、部活の先輩ではなくてもやはり頼もしく見えた。
ベンチに座り、影山はぼんやりと息をつく。
「いやー、今日はきっつい試合だったな。コートに出てない俺が言うのも変かもしれないけど」
「そんなことないっす」
学校に戻る前に少し空き時間ができて、ほかのメンバーも近くで何か話していたり、休んだりしている。そこから少し外れたベンチに移動した影山には念のためだと菅原がついてきたので、そのまま2人は並んでぽつぽつと今日の試合のことを話していた。
試合が終わってからどうにも気持ちが浮き立ってしまっている影山は、ぼんやりと空を見上げる。
「さすがに疲れたか?」
「そうかも、しんないっす…?」
体調が悪いわけでもないのに妙にふわふわするのは疲れが出てきたのもあるのかもしれない。意識すると空腹も感じ始めた。
「なんで疑問形」
笑った菅原は、次の瞬間、はっと眉を釣り上げた。
「いる」
「え?」
影山が顔を上げるのと同時に、菅原が立ち上がる。
「みんなのところに戻ろう」
いつも鈍感だと言われまくっている影山も、その警戒っぷりではさすがになんのことか気が付いた。こっそりと近くを見回すと、良く知った白とミントグリーンの集団が見えた。
「っす」
金田一や国見と顔を合わせることができないのは残念だが、2人には休みの日にでもまた会えたらいい。せっかくの勝利の余韻がトラブルにかき消されるほうが嫌だ。
そう思って大人しく先輩に続いたのだが。
「待った」
避けたかった相手の声が青葉城西の集団とは別方向から飛んできて、影山は思わず固まった。
日向がぽろりと零した。
「勝った…」
「…勝ったな」
影山も半ば呆然と返事をする。
高校1年のインターハイ予選で、青葉城西に勝った。しかも、苦戦し通しではあったものの、第3セットまで持ち越さずに決着がついてしまった。
今までにも“前回”と違う流れになることは多くて、日向も影山も段々と“前回”の記憶は参考にする程度になっていた。“前回”の記憶を通して今を見るばかりではみんなにも、バレーにも失礼だ。
そうして自分達の特殊な立場と付き合ってきた2人だが、これは特別な違いだった。
強敵との対戦は、影山達の動きが変わっただけで変えられるようなものではない。チーム全体が“前回”のこの試合と比べて変化している。
このチームがどんどん強くなっていっていることは分かっていた。“前回”の今頃よりも成長速度が早いのは明白だった。そして、2人もこの予選を勝ち進む気でいた。
勝つ気でいたはずなのに、それが本当に実現されてしまうととても不思議な感じがする。少し遅れて、心臓が猛烈に脈打ち始めた。
「勝った、のか…」
足元がふわふわとする。けれど、それは嫌な感覚ではない。
「おい、2人そろって何びっくりした顔してんだよ!」
日向ともども背中を叩かれて振り返ると、田中が笑っていた。
「田中さーん!」
はっとした顔になって、日向が飛び上がる。
「勝ちました!」
「おう! 勝ったぞ!」
「お前ら、もう整列しろよ」
元気に両手を打ち合わせる2人の後ろで、澤村が困ったような、けれど嬉しさを抑えられない顔をしていた。
「くっそ」
ぎゅっと拳を握り、金田一は歯を食いしばる。
こんなに早く負けてしまうのか。こんなに、あっけなくインターハイが終わるのか。
悔しさを抱えながら整列すると、ネットの奥でこちらと同じように整列している影山と目が合った。
興奮して頬を染めているが、勝ち誇った顔ではなく真面目な顔で並んでいる。大きな瞳が静かにこちらを見ていた。
「………」
笛が鳴った瞬間にあふれた悔しさに、すっと清涼感が混じる。
(強かったな)
烏野は前に試合をした時よりもずっと強くなっていた。
(…楽しかったな)
試合の最中は必死で、そんなことを考える余裕もなかったけれど。
とても楽しかった、と終わった後になって思う。だからこそ、余計に惜しくもあるのだが。
(また、話してえな)
今日は軽く挨拶するぐらいしかできないだろうが、この気持ちが新鮮なうちに影山と話したいと思った。
「すご、すごい! すごい!」
観客席の一角で、厚木が飛び跳ねる。大興奮でコートから出ていく先輩達を見送っているチームメイトの隣で、鈴木は大きく息をついた。
「すごかった…」
あんなに、すごい人達だったのか。同じチームで戦って、そのすさまじい技術を間近から見ていたはずなのに、改めて驚かされる。
それはきっと、彼らが彼らの力を存分に活かせるチームにいるからなのだろうとも思う。
「俺らがもっと経験あったら、中総体でももっと勝てたのかな」
だから、そんな言葉がぽろっと漏れてしまった。
途端、チームメイト達がそれぞれどこかが痛むような顔をして、鈴木は焦る。
去年の自分達にもう少し経験と体力もあれば、二人の先輩はもっと自分の力を発揮できただろう。そうすれば、北川第一に勝って次に進んでいたかもしれない。
川島も森も厚木もどこかでそう考えていることはなんとなく分かっていた。自分だけでなくチームメイト達をも責めるような考えだから、みんな敢えて言わないようにしていたのだと思う。
「ごめん。せっかく、楽しく観戦してたのに」
そろりと声をかけると、不意にばんと背中を叩かれた。
「あいつら、後輩のこと大好きだからそんなこと考えてるって知ったら泣いちまうぞ」
振り向くと関向が笑っている。
「な、泣く?」
そういうことを言うもんじゃないと怒られる気はするが、泣いてしまう日向達は想像できない。
「確かに。2人とも君らが可愛くてしょうがないって感じだったよ。何度も後輩自慢されたし」
「は、はあ…」
泉にまでそう言われ、4人揃ってぽかんとしていると、関向がにひひ、と笑った。
「言われてただろ? 『このチームはちゃんと強い』って。それを否定してやるなよ。冗談じゃなく本当に泣くぞ」
「「「「…!」」」」
はっと顔を見合わせ、鈴木達はそれぞれ大きく頷く。
「はい!」
「分かりました!」
よしよしと頷く高校生達は、部活の先輩ではなくてもやはり頼もしく見えた。
ベンチに座り、影山はぼんやりと息をつく。
「いやー、今日はきっつい試合だったな。コートに出てない俺が言うのも変かもしれないけど」
「そんなことないっす」
学校に戻る前に少し空き時間ができて、ほかのメンバーも近くで何か話していたり、休んだりしている。そこから少し外れたベンチに移動した影山には念のためだと菅原がついてきたので、そのまま2人は並んでぽつぽつと今日の試合のことを話していた。
試合が終わってからどうにも気持ちが浮き立ってしまっている影山は、ぼんやりと空を見上げる。
「さすがに疲れたか?」
「そうかも、しんないっす…?」
体調が悪いわけでもないのに妙にふわふわするのは疲れが出てきたのもあるのかもしれない。意識すると空腹も感じ始めた。
「なんで疑問形」
笑った菅原は、次の瞬間、はっと眉を釣り上げた。
「いる」
「え?」
影山が顔を上げるのと同時に、菅原が立ち上がる。
「みんなのところに戻ろう」
いつも鈍感だと言われまくっている影山も、その警戒っぷりではさすがになんのことか気が付いた。こっそりと近くを見回すと、良く知った白とミントグリーンの集団が見えた。
「っす」
金田一や国見と顔を合わせることができないのは残念だが、2人には休みの日にでもまた会えたらいい。せっかくの勝利の余韻がトラブルにかき消されるほうが嫌だ。
そう思って大人しく先輩に続いたのだが。
「待った」
避けたかった相手の声が青葉城西の集団とは別方向から飛んできて、影山は思わず固まった。