42
じりじりと試合が進んでいく。
「対処され始めたな」
澤村の呟きに、日向が頷いた。
「やっぱり強いっすね!」
縦横無尽に動き回る日向に相手が振り回されることが減ってきている。そのせいで、こちらの攻撃が拾われ、ラリーが続きやすくなっていた。
ラリーが続けば当然疲れは溜まる。コートの端から端まで行き来する日向は特に疲れると思うのだが。
「お前、元気だな…」
「?」
楽しそうな様子を崩さない後輩に、思わず乾いた笑いが漏れた。首をかしげた日向になんでもないと手を振る。
「落ち着いていこう」
「はい!」
第3セットまでもつれ込んでしまえば、その分体力は厳しくなっていく。だからと言ってここで焦って調子を崩されたら元も子もない。
半ば自分に言い聞かせるような一言に、日向は元気よく頷いてくれた。
逆転はさせていないが、たびたび同点には並ばれている。一度で決められることは減ったが、その代わりにラリーが続くようになり、チームメイト達はみんな息を切らせていた。
「っしゃ!」
長く続いたラリーの末に相手のコートにボールを叩き落とし、岩泉が声を上げた。体力も精神力も削られていく中でのこの1点は大きい。
みんなを鼓舞するように張り上げられた声に、コートの内外からも歓声が上がる。
「あと、少し」
金田一が思わず漏らした言葉に、花巻が頷いた。
烏野は20点で、青葉城西は今21点になった。セットポイントまであと少しだ。このセットを取れば第3セットに持ち込める。
大きく息を吸い、吐き出して、金田一はネットの向こうを見た。静かに立っている影山と目が合う。きれいな青い瞳がぱちりとまたたいた。
(負けねえからな)
真っ直ぐにこちらを見る瞳から目を逸らすことなく、ニッと笑って見せる。なんのわだかまりもなく対峙できることを嬉しく思う。あの時、逃げずにちゃんと話しに行けてよかったと思った。
「………」
影山も口の端を持ち上げて挑戦的に笑う。無言のやり取りに満足して、金田一は構えた。向こう側で、烏野のメンバーも腰を落として構えたのが見える。
笛の音が鳴った。少しの間の後、ボールがネットを飛び越えていく。
「影山!」
空気を切り裂くように飛んできたボールを掬い上げた烏野の主将が声を張り上げた。呼ばれた影山は、普段通りの表情で構える。
ボールは高く飛び上がった日向に上がったが、これは渡が拾った。
(負けねえ)
ふわりと舞い上がったボールを見上げ、金田一はもう一度心の中で呟く。
試合の状況は厳しいのに、なぜか暗い気持ちにはならなかった。
試合に変化が起きたのはその直後だった。
飛んできたボールがネットをかすめ、勢いが殺される。ネットの上をゆらりと超えたボールを見て日向は咄嗟に飛び出したが、間に合わない。
これまではずっと1点差を保っていたが、ここで2点差になった。田中が汗を拭ってネットの向こうを睨む。
こちらはこのセットを落としても負けない。だが、ここで勢い付かれるわけにはいかない。
「日向」
「ん?」
張りつめ出した空気の中、淡々とした声が飛んできた。影山と目が合う。
「後ろ」
「え?」
反射的に振り向いた日向は、目を丸くした。直後、笛が鳴る。
──いつの間にか前に進み出ていた山口が、真っ青な顔でこちらを見ていた。
「…!」
細かい試合の流れまでは覚えていないが、これは分かる。“前回”よりも、確実に山口の投入が早い。
(“前回”のこの試合のときは、最後の手段って感じだったはずだよな?)
“前回”と微妙にずれが生じることはよくあるが、これもそうなのだろうか。山口の元に向かいながら内心で首をかしげたものの、すぐに考えるのをやめた。
こちらが疑問に思っていることが山口に伝わるのはまずい。
「山口!」
驚いたようにびくっと肩を震わせた同輩に笑顔を向けた。
「行ってこい!」
「イダッ」
言葉と一緒に背中をばしんと叩く。小さく悲鳴が上がったが、それでも少しは効果があったらしい。
「う、ん。いって、くる」
「ん!」
途切れ途切れながらも返事をして、山口はよろよろと進み出ていった。出て行った先でコートにいるチームメイト達にも声をかけられているのを見ながら、日向は密かに息を吐く。
試合が自分達の知らない流れになるのは慣れた。それでも、これはさすがに予想外だ。
コートにいる相棒をちらりと見ると、こちらはあまり驚いた様子には見えなかった。予想していたのだろうか。
後で訊いてみようと思っているうちに笛が鳴った。知らず知らずのうちに日向は息を詰める。
覚えている通りなら、このサーブは失敗する。それでも、それがきっかけで空気が変わった。それに、あの一幕が山口の成長に影響したのだろうと、分かっている。
だが、それでも、決めて欲しいと、思った。
ぴりりとした空気の中、ボールが放たれる。そのボールは、ネットの上を掠め、それでもこちら側には落ちなかった。
「…!」
ぽろりとネットの向こう側に落ちたボールに、日向は詰めていた息を吐き出す。ざわめきが歓声に変わる中で、山口がゆっくりと拳を握ったのが見えた。
結局、山口のサーブが取った点は、最初の1点だけだった。先にセットポイントに届いた青葉城西側の賑やかな声を背中で受けながらコートを離れる。
「やっまぐちー!」
先ほどと同じように勢いよく声を上げて日向が手を伸ばしてくる。反射的に出した手のひらにぱしんと日向の手が打ち合わされた。
「すごいぞ!」
「え、でも、」
「行ってくるー!」
「え、あ、あ、うん」
交代でコートに入っていく日向を見送る。
「山口!」
今度は出迎えた菅原が手を伸ばしてきた。わしわしと髪をかき回される。
「すみません、点差縮められなかったです」
結局、2点差のままになってしまった。悔しさが隠せない山口を見て、菅原は少し首をかしげて微笑む。
「うん、そうだな。でも、俺はすごいと思ったぞ」
それ以上何を言うこともなく、一度だけぽんと背中を叩かれて、山口はゆっくりと頷いた。
「対処され始めたな」
澤村の呟きに、日向が頷いた。
「やっぱり強いっすね!」
縦横無尽に動き回る日向に相手が振り回されることが減ってきている。そのせいで、こちらの攻撃が拾われ、ラリーが続きやすくなっていた。
ラリーが続けば当然疲れは溜まる。コートの端から端まで行き来する日向は特に疲れると思うのだが。
「お前、元気だな…」
「?」
楽しそうな様子を崩さない後輩に、思わず乾いた笑いが漏れた。首をかしげた日向になんでもないと手を振る。
「落ち着いていこう」
「はい!」
第3セットまでもつれ込んでしまえば、その分体力は厳しくなっていく。だからと言ってここで焦って調子を崩されたら元も子もない。
半ば自分に言い聞かせるような一言に、日向は元気よく頷いてくれた。
逆転はさせていないが、たびたび同点には並ばれている。一度で決められることは減ったが、その代わりにラリーが続くようになり、チームメイト達はみんな息を切らせていた。
「っしゃ!」
長く続いたラリーの末に相手のコートにボールを叩き落とし、岩泉が声を上げた。体力も精神力も削られていく中でのこの1点は大きい。
みんなを鼓舞するように張り上げられた声に、コートの内外からも歓声が上がる。
「あと、少し」
金田一が思わず漏らした言葉に、花巻が頷いた。
烏野は20点で、青葉城西は今21点になった。セットポイントまであと少しだ。このセットを取れば第3セットに持ち込める。
大きく息を吸い、吐き出して、金田一はネットの向こうを見た。静かに立っている影山と目が合う。きれいな青い瞳がぱちりとまたたいた。
(負けねえからな)
真っ直ぐにこちらを見る瞳から目を逸らすことなく、ニッと笑って見せる。なんのわだかまりもなく対峙できることを嬉しく思う。あの時、逃げずにちゃんと話しに行けてよかったと思った。
「………」
影山も口の端を持ち上げて挑戦的に笑う。無言のやり取りに満足して、金田一は構えた。向こう側で、烏野のメンバーも腰を落として構えたのが見える。
笛の音が鳴った。少しの間の後、ボールがネットを飛び越えていく。
「影山!」
空気を切り裂くように飛んできたボールを掬い上げた烏野の主将が声を張り上げた。呼ばれた影山は、普段通りの表情で構える。
ボールは高く飛び上がった日向に上がったが、これは渡が拾った。
(負けねえ)
ふわりと舞い上がったボールを見上げ、金田一はもう一度心の中で呟く。
試合の状況は厳しいのに、なぜか暗い気持ちにはならなかった。
試合に変化が起きたのはその直後だった。
飛んできたボールがネットをかすめ、勢いが殺される。ネットの上をゆらりと超えたボールを見て日向は咄嗟に飛び出したが、間に合わない。
これまではずっと1点差を保っていたが、ここで2点差になった。田中が汗を拭ってネットの向こうを睨む。
こちらはこのセットを落としても負けない。だが、ここで勢い付かれるわけにはいかない。
「日向」
「ん?」
張りつめ出した空気の中、淡々とした声が飛んできた。影山と目が合う。
「後ろ」
「え?」
反射的に振り向いた日向は、目を丸くした。直後、笛が鳴る。
──いつの間にか前に進み出ていた山口が、真っ青な顔でこちらを見ていた。
「…!」
細かい試合の流れまでは覚えていないが、これは分かる。“前回”よりも、確実に山口の投入が早い。
(“前回”のこの試合のときは、最後の手段って感じだったはずだよな?)
“前回”と微妙にずれが生じることはよくあるが、これもそうなのだろうか。山口の元に向かいながら内心で首をかしげたものの、すぐに考えるのをやめた。
こちらが疑問に思っていることが山口に伝わるのはまずい。
「山口!」
驚いたようにびくっと肩を震わせた同輩に笑顔を向けた。
「行ってこい!」
「イダッ」
言葉と一緒に背中をばしんと叩く。小さく悲鳴が上がったが、それでも少しは効果があったらしい。
「う、ん。いって、くる」
「ん!」
途切れ途切れながらも返事をして、山口はよろよろと進み出ていった。出て行った先でコートにいるチームメイト達にも声をかけられているのを見ながら、日向は密かに息を吐く。
試合が自分達の知らない流れになるのは慣れた。それでも、これはさすがに予想外だ。
コートにいる相棒をちらりと見ると、こちらはあまり驚いた様子には見えなかった。予想していたのだろうか。
後で訊いてみようと思っているうちに笛が鳴った。知らず知らずのうちに日向は息を詰める。
覚えている通りなら、このサーブは失敗する。それでも、それがきっかけで空気が変わった。それに、あの一幕が山口の成長に影響したのだろうと、分かっている。
だが、それでも、決めて欲しいと、思った。
ぴりりとした空気の中、ボールが放たれる。そのボールは、ネットの上を掠め、それでもこちら側には落ちなかった。
「…!」
ぽろりとネットの向こう側に落ちたボールに、日向は詰めていた息を吐き出す。ざわめきが歓声に変わる中で、山口がゆっくりと拳を握ったのが見えた。
結局、山口のサーブが取った点は、最初の1点だけだった。先にセットポイントに届いた青葉城西側の賑やかな声を背中で受けながらコートを離れる。
「やっまぐちー!」
先ほどと同じように勢いよく声を上げて日向が手を伸ばしてくる。反射的に出した手のひらにぱしんと日向の手が打ち合わされた。
「すごいぞ!」
「え、でも、」
「行ってくるー!」
「え、あ、あ、うん」
交代でコートに入っていく日向を見送る。
「山口!」
今度は出迎えた菅原が手を伸ばしてきた。わしわしと髪をかき回される。
「すみません、点差縮められなかったです」
結局、2点差のままになってしまった。悔しさが隠せない山口を見て、菅原は少し首をかしげて微笑む。
「うん、そうだな。でも、俺はすごいと思ったぞ」
それ以上何を言うこともなく、一度だけぽんと背中を叩かれて、山口はゆっくりと頷いた。