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眼下で第二セットが始まった。ボールが勢い良くネットを越えていくが、すぐに拾われ、宙に舞い上がる。

「ああー」

身を乗り出してボールの行方を目で追う厚木は、ボールが拾い上げられるたびに声を上げていた。夢中になりすぎて手すりを越えて落ちそうなのが少し怖い。隣にいた鈴木がチームメイトのシャツの背中を引っ張り、後ろに下がらせた。

「第一セット取られたのに、全然崩れない…」

うーん、と森が唸る。烏野は攻撃の手を緩めていないが、青葉城西のほうも容赦なく攻撃をしかけてきていて、今は同点になっていた。

見ているうちに、青葉城西がもう1点重ねる。

「あ!」

ずっとじりじりとした試合ではあったものの、ここに来て初めて点を抜かされた。厚木が目を丸くしてまた身を乗り出す。

「あぶな「危ないよ。もうちょっと引っ込もうね」

危ないぞ、と川島が言う前に、後ろから手が伸びてきて厚木を引き戻す。聞き覚えのある声に振り返ると、懐かしい顔が並んでいた。

「あ、こんにちは」

鈴木がぱちりと目をまたたかせる。

そこにいたのは泉と関向だった。去年はなんだかんだと顔を合わせて仲良くしてもらっていたが、彼らの学年が卒業してから会うのは初めてだ。

「よ、久しぶり」

前に見た時よりもさらに日に焼けた関向がにっと笑う。

「今どんな感じ?」

「第1セットは烏野が取って、今第2セットです」

「ちょっとだけリードされてます」

「それであんなに身を乗り出してたのか」

あはは、と笑った泉がコートを見た。

「相手、けっこう背が高いね。あ、翔ちゃん達のほうにもでかい選手いるのか」

「1年らしいですよ」

「1年なのか! でっか!」

「ほかの人達もでかく見えるね」

2人が感心した瞬間、日向が力強く床を蹴る。宙に浮いた小柄な体がぐんと反らされた瞬間、影山がぱっとボールを上げて、日向の手に届けた。

打ち込まれたボールが、ブロックの間を綺麗にすり抜けて勢いよく床にぶつかる。一瞬の沈黙の後、わあ、と観客席が沸いた。

「「………」」

泉と関向が顔を見合わせ、それから笑い出す。

「でかい人に驚いてた瞬間に来た!」

「高身長にばっかり感心してないでこっちを見ろってか!」

「こっちの声なんか聞こえてないはずなのにね」

あははは、と楽しそうな声を聞きながら、川島達も笑い合う。

試合に呑まれてどこかピリついていた空気が、ふわりと解けた気がした。

「先輩達、やっぱりすごいな」

鈴木がポツンと言う。厚木が嬉しそうにうんうんと頷いた。





「イズミン達の声がした」

「!」

ふと耳に届いた応援の声に、日向は後ろを振り向いた。影山もぱっと観客席を見上げる。

「あ、いるいる」

「2人とも来れたんだな」

泉も関向も自分の部活で忙しいから来れるかどうかは分からないと言っていたのだが、それでもなんとか来てくれたらしい。

2人の視線に応え、友人達が元気よく手を振った。

「相変わらず仲良いんだね」

影山達の視線を辿って、東峰が顔をほころばせる。

「あんまり会えないけど、連絡は取ってます」

「そっかそっか」

うんうん、と優しい顔で頷いてくれたのを見て、影山はへへ、と笑った。泉達との関わりは、“今回”初めてできた繋がりだ。けれど、それは逆行した直後からずっと身近にあったもので、卒業して離れた今でも心地よいものでもある。

後で話せたらいいな、と正面に向き直る。その瞬間、岩泉と目が合った。

影山は思わず目をまたたかせる。隣にいる松川は気付いていないようだったから、彼だけがこちらを見ていた。

「………」

なぜか、何か納得したような顔をされた。憑き物が落ちたような顔で岩泉は別の方向を向く。

「???」

本当に、この人に関しては理解できていないことが多い。

なんなんだ、と首をかしげているうちに試合がまた動き出し、影山はすぐに頭を切り替えた。





(あんな顔はさせてやれない)

飛び込んできたボールを追いながら、内心で呟く。

自分達にはできない。本当は、そういう立場になれたはずなのに、そういう立場になるためのことを一切しなかった。

今までも理解はしていたことだ。だが、気持ちが納得できないまま、頭だけが理解していた。

けれど、今、ネットの向こうの、彼らにとってはごく普通なのだろう光景を見て。影山が近しい人達に見せる顔は、自分や及川に向けてもらうことはできないのだと、唐突に実感した。

これから、時間をかけてゆっくりと関係を修復できたとしても。

あの笑顔を見せられるほどの関係を取り戻せることは、もうできないのかも知れない。

いや、それ以前に、まずは一度しっかりと離れないと修復もできない。

床を蹴ってボールを相手のコートに叩き込む。烏野はブロックが弾かれて、1点。遠慮なく舌打ちしそうな顔をする影山を見て思わず微笑んだ。

そう、本当は。彼の心に傷を残したくはなかったはずだ。今となっては、それは言い訳にしかならないが。

(離れて、ただの他校生になって、それから)

──いつか、近付くことができるようになったら、謝ろう。これまでの、すべてのことを。

息をついて、岩泉はすっきりした頭で試合に向き直った。





チームメイトと声をかけ合い、笑っている岩泉を見て、日向は首をかしげた。

さっき、影山のほうを見ていたのには気づいていたのが、その後どういうわけか自己解決したらしい。すっかり吹っ切れたような顔をして影山から視線を外していたが、その時影山のほうは東峰と話していただけだったはずだ。

(ま、いっか)

岩泉の頭の中で何がどうなったのかは分からないが、少なくとももう気を付ける必要がまったくなさそうのは確かだった。それよりも。

(こっちも早いとこ吹っ切れてくれないかなー)

試合の合間にどうしても影山を視線で追ってしまうらしい及川を見た日向は、思わず半眼になった。
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