39
ネットを挟んで2つのチームが向かい合う。
古い記憶と同じメンバーの青葉城西が目の前にいる。“前回”のこの試合で、日向達は敗退した。ひどくあっけない終わり方だった。
“今回”もそうならないという保証はない。むしろ、客観的に見ればそうなる可能性のほうが高いのかもしれない。
それでも。
(今度は、負けない)
逆行して、いろいろなことが変化した。バレーに関わることも、関係のないことも。だが、全体的に見て、いい方向に変化していると、日向は思っている。
だから、この試合だって、いい方向に変化させることはできるはずだ。
(だよな?)
ちらりと隣を見ると、影山もこちらに顔を向けたところだった。どうやら同じことを考えていたらしく、青みがかった瞳が確認するように日向に向けられる。
“前回”から、整列時に目が合うことは時折あった。明確な決め事があったわけではないが、2人の小さな儀式のようなものだ。
(うん、大丈夫だ)
どちらからともなくへへ、と笑って、2人は前に向き直った。
笑っている。隣にいる小柄なチームメイトに向かって、笑顔を見せている。
真っ直ぐに前を向くと嫌でも目に入る位置に影山達がいるせいで、何かを伝え合うように笑う姿が脳裏に焼きついた。
それを見ていると頭の中が揺らされるような感覚がした。及川は咄嗟に影山から目をそらして、奥にいる烏野の主将に視線を向ける。
いつからかは分からないが、影山は良く笑うようになった。それも、かつて見たことがある無邪気な笑顔とはまた違う、落ち着いた、柔らかい笑顔を見せる。
きつい顔立ちの影山は、笑顔になると途端に子供らしい顔の輪郭が分かりやすくなる。だが同時に、美しい、という表現が良く合う表情でもあった。
その笑顔は周りに良く向けられているようなのに、自分には一度も向けられたことがない。
それを、自分の同輩達は当然だ、と言う。お前がそういう関係を作ったのだと。
彼らの言葉を理解できないフリは、──もう、できなくなってしまった。
「………」
どこを見ていたのか気付いていたらしい烏野の主将にじろりと睨まれたが、直後に笛が鳴る。ネットの向こう側とこちら側から、一斉に声が上がった。
きびきびと監督の前へ集まる仲間達に混ざりつつも、ちらりと烏野側を振り返る。
黒い髪を揺らして駆けていく影山は、一度もこちらを見ようとしなかった。
ぐっと床を踏み、日向は一気に飛び上がる。宙にいる一瞬のうちに目の前の状況を整理し、そして、手の前に“置かれた”ボールを打ち込んだ。
まだ完成していなかったブロックの上をすり抜けたボールは、そのままコートで跳ねる。
「「よし!」」
「絶好調だなお前ら!」
思わず拳を振り上げると、影山と声がかぶった。2人の頭を田中がわしわしと揺らす。
試合が始まって少し経ったが、今のところは烏野がややリードしていた。──さすがに細かい流れまでは記憶していない日向は気付いていないが、現時点ですでに“前回”とは試合の流れが少し変化している。
もちろん、“前回”と比べて楽かと言われればそんなことはないし、たびたび及川の技術に振り回される。
それでも浮き足立たずにいられるのは、こちらの攻撃も着々と決まっているからだった。
「次!」
──残念ながら、浮き足立たずに抑えているのは、相手も同じだったが。ぴしりと岩泉の声が飛び、青葉城西の面々が口々に返事をするのを見て、月島が嫌そうな顔をした。
次のサーブはしっかりと拾われた。そのまま攻撃につながって、止め切れずに点を奪われる。
「すんません!」
「気にするな!」
田中と澤村の声を聞きながら、日向はぐっと前を向いた。
その瞬間、ちょうどこちらを振り返った及川と目が合う。というよりも、及川のほうは影山に視線を送った様子だったが、日向がちょうど視線をさえぎる位置にいた。
「………」
どうやらすっかり試合モードになっているらしく、及川はぴくりと肩を揺らしたものの、それほど動揺せずにさっと視線を外す。日向としても試合の真っただ中に目が合っただけで動揺されても嬉しくないので、それは別にいい。ただし、相変わらずやたらと影山を目で追いかけるところが日向は気に食わない。
これまでの関係性からいきなり向こうがすっぱりと影山のことを諦められるとは思っていないし、そもそもよほど耐性がついていなければつい周囲が見とれてしまうのが影山という存在だ。だからこうなるのは元から分かっていたが、どうしてもいらっとしてしまう。
だが、そうこうしているうちにコートの奥でボールを持った花巻が構えたのが見え、日向はサーブを受けるべく意識を集中させた。
「すごい、勝ってる!」
手すりから乗り出した森は歓声を上げた。チームメイト達も一斉に声を上げている。
卒業した先輩達の活躍を見ようとテスト勉強の合間になんとか会場に来た4人は、強豪を相手取って試合をリードしている烏野に目を輝かせていた。
「がんばれー! せんぱーい!」
興奮してぴょこぴょこと跳ねる厚木を、周りの観客達が微笑ましげに見ている。元気のいい応援はコートにまで届いたのか、ぱっと日向がこちらを見た。
「!」
声を張り上げていた厚木はもちろん、ほかの3人も慌てて手を振る。明るい笑顔でぶんぶんと手を振り返してくれた日向は、影山をつついて何か言った。
影山もこちらを見て、目を丸くする。それから、軽く手を上げて照れたような笑顔になった。
「えへへへへ」
4人の中で一番影山に懐いていた厚木はすっかり嬉しそうにへらりと笑う。あまりにゆるゆるな笑顔になっていたせいで、隣の川島が吹き出した。
「あ、サーブ」
だが、鈴木の声で、2人は慌ててコートを見る。森もまた見を乗り出した。
去年の中総体を見に来てくれた覚えのある大柄な選手がサーブを打つ。そのボールは危なげなく青葉城西のコートに飛んで行った。
拾われたボールが返ってくるのに合わせてコートの中が動く。中学生の4人には、日向も影山も、見覚えのある上級生達も、知らない選手達も、コートの中の高校生達はみんな凛々しく、力強く見えた。
古い記憶と同じメンバーの青葉城西が目の前にいる。“前回”のこの試合で、日向達は敗退した。ひどくあっけない終わり方だった。
“今回”もそうならないという保証はない。むしろ、客観的に見ればそうなる可能性のほうが高いのかもしれない。
それでも。
(今度は、負けない)
逆行して、いろいろなことが変化した。バレーに関わることも、関係のないことも。だが、全体的に見て、いい方向に変化していると、日向は思っている。
だから、この試合だって、いい方向に変化させることはできるはずだ。
(だよな?)
ちらりと隣を見ると、影山もこちらに顔を向けたところだった。どうやら同じことを考えていたらしく、青みがかった瞳が確認するように日向に向けられる。
“前回”から、整列時に目が合うことは時折あった。明確な決め事があったわけではないが、2人の小さな儀式のようなものだ。
(うん、大丈夫だ)
どちらからともなくへへ、と笑って、2人は前に向き直った。
笑っている。隣にいる小柄なチームメイトに向かって、笑顔を見せている。
真っ直ぐに前を向くと嫌でも目に入る位置に影山達がいるせいで、何かを伝え合うように笑う姿が脳裏に焼きついた。
それを見ていると頭の中が揺らされるような感覚がした。及川は咄嗟に影山から目をそらして、奥にいる烏野の主将に視線を向ける。
いつからかは分からないが、影山は良く笑うようになった。それも、かつて見たことがある無邪気な笑顔とはまた違う、落ち着いた、柔らかい笑顔を見せる。
きつい顔立ちの影山は、笑顔になると途端に子供らしい顔の輪郭が分かりやすくなる。だが同時に、美しい、という表現が良く合う表情でもあった。
その笑顔は周りに良く向けられているようなのに、自分には一度も向けられたことがない。
それを、自分の同輩達は当然だ、と言う。お前がそういう関係を作ったのだと。
彼らの言葉を理解できないフリは、──もう、できなくなってしまった。
「………」
どこを見ていたのか気付いていたらしい烏野の主将にじろりと睨まれたが、直後に笛が鳴る。ネットの向こう側とこちら側から、一斉に声が上がった。
きびきびと監督の前へ集まる仲間達に混ざりつつも、ちらりと烏野側を振り返る。
黒い髪を揺らして駆けていく影山は、一度もこちらを見ようとしなかった。
ぐっと床を踏み、日向は一気に飛び上がる。宙にいる一瞬のうちに目の前の状況を整理し、そして、手の前に“置かれた”ボールを打ち込んだ。
まだ完成していなかったブロックの上をすり抜けたボールは、そのままコートで跳ねる。
「「よし!」」
「絶好調だなお前ら!」
思わず拳を振り上げると、影山と声がかぶった。2人の頭を田中がわしわしと揺らす。
試合が始まって少し経ったが、今のところは烏野がややリードしていた。──さすがに細かい流れまでは記憶していない日向は気付いていないが、現時点ですでに“前回”とは試合の流れが少し変化している。
もちろん、“前回”と比べて楽かと言われればそんなことはないし、たびたび及川の技術に振り回される。
それでも浮き足立たずにいられるのは、こちらの攻撃も着々と決まっているからだった。
「次!」
──残念ながら、浮き足立たずに抑えているのは、相手も同じだったが。ぴしりと岩泉の声が飛び、青葉城西の面々が口々に返事をするのを見て、月島が嫌そうな顔をした。
次のサーブはしっかりと拾われた。そのまま攻撃につながって、止め切れずに点を奪われる。
「すんません!」
「気にするな!」
田中と澤村の声を聞きながら、日向はぐっと前を向いた。
その瞬間、ちょうどこちらを振り返った及川と目が合う。というよりも、及川のほうは影山に視線を送った様子だったが、日向がちょうど視線をさえぎる位置にいた。
「………」
どうやらすっかり試合モードになっているらしく、及川はぴくりと肩を揺らしたものの、それほど動揺せずにさっと視線を外す。日向としても試合の真っただ中に目が合っただけで動揺されても嬉しくないので、それは別にいい。ただし、相変わらずやたらと影山を目で追いかけるところが日向は気に食わない。
これまでの関係性からいきなり向こうがすっぱりと影山のことを諦められるとは思っていないし、そもそもよほど耐性がついていなければつい周囲が見とれてしまうのが影山という存在だ。だからこうなるのは元から分かっていたが、どうしてもいらっとしてしまう。
だが、そうこうしているうちにコートの奥でボールを持った花巻が構えたのが見え、日向はサーブを受けるべく意識を集中させた。
「すごい、勝ってる!」
手すりから乗り出した森は歓声を上げた。チームメイト達も一斉に声を上げている。
卒業した先輩達の活躍を見ようとテスト勉強の合間になんとか会場に来た4人は、強豪を相手取って試合をリードしている烏野に目を輝かせていた。
「がんばれー! せんぱーい!」
興奮してぴょこぴょこと跳ねる厚木を、周りの観客達が微笑ましげに見ている。元気のいい応援はコートにまで届いたのか、ぱっと日向がこちらを見た。
「!」
声を張り上げていた厚木はもちろん、ほかの3人も慌てて手を振る。明るい笑顔でぶんぶんと手を振り返してくれた日向は、影山をつついて何か言った。
影山もこちらを見て、目を丸くする。それから、軽く手を上げて照れたような笑顔になった。
「えへへへへ」
4人の中で一番影山に懐いていた厚木はすっかり嬉しそうにへらりと笑う。あまりにゆるゆるな笑顔になっていたせいで、隣の川島が吹き出した。
「あ、サーブ」
だが、鈴木の声で、2人は慌ててコートを見る。森もまた見を乗り出した。
去年の中総体を見に来てくれた覚えのある大柄な選手がサーブを打つ。そのボールは危なげなく青葉城西のコートに飛んで行った。
拾われたボールが返ってくるのに合わせてコートの中が動く。中学生の4人には、日向も影山も、見覚えのある上級生達も、知らない選手達も、コートの中の高校生達はみんな凛々しく、力強く見えた。