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「入部届だ!」
「うん」
次の日の休憩時間、机に向かって手を動かしている谷地を発見した日向は、彼女が丁寧に記入している紙を見て目を丸くした。谷地は顔を上げて少しはにかんでから、また机に向き直る。
「やっぱり入りたいって思ったんだ。昨日の、練習見てたら」
用紙を書きながら穏やかにそう言う少女は、“前回”のこの頃よりもずいぶんしっかりしてるように思えて、日向は首をかしげた。
「谷地さんなんか変わった?」
「ひょえ!? な、何が?」
思っていたことをそのまま口に出すと、谷地は目を丸くする。
「なんか、しっかりした気がする。はっきりとは分かんないけど」
「う、うーん、しっかりはしてないと思うけど」
心当たりがないのか首をかしげている谷地を眺めて、日向はふと思い出した。
(そういえば、“前回”は入るのにすごく迷ってたよな)
日向の感覚では相当昔のことなのではっきりと覚えてはいないが、最初に見学に来てから少し経ってから入部していた記憶がある。
(というか、谷地さんのお母さんのほうはどうなったんだ)
反対されたというほどではないが、少々きつい指摘をされて凹んでいたはずだ。“今回”はそれはなかったのか? と日向は首をかしげたが、これに関しては訊ねようがない。
だが、
「もしかしたら、お母さんに言われたこと、考えたからかもしれない」
谷地のほうからその話題が出てきた。目を瞬かせている日向の前で、入部届を書き終えた谷地は手を止める。
「春休みに、もしかしたらバレー部のマネージャーなるかもしれないって言ってみたの」
「うん」
「それで、中途半端な気持ちでやったら、バレー部の人達に失礼だからねって言われて」
どうやら、“前回”よりも早く日向達と出会ったことで、その辺りの出来事も“ずれた”らしい。
「自分でも、そんなに真剣にやれるか分からなくて、ずっと保留にしてたんだけど」
入部届を持って、谷地は立ち上がる。
「昨日、見学して、決めたの。お母さんにもそう言った」
「1日で決めていいのか?」
「うん。…あ、で、でも、マネージャーのお仕事はまだ全然分からないけど!」
「それは大丈夫じゃね? 清水先輩に教えてもらえると思うし」
「昨日もそう言ってもらえたから、これから覚える、うん。…出してくるね」
「おー」
職員室に向かう谷地を見送った日向は、あれ、と呟いた。
「結局、何が決め手だったんだろ」
「そういえば、結局バレー部入ったんだね」
「うん、お昼休みに入部届出した」
荷物を片付けていた谷地は、側の机の友人に話しかけられて頷く。
「昨日、見学行ったんでしょ? やっぱかっこよかった?」
わくわくとした顔で話しかけられ、谷地は思わず笑った。
「うん、かっこよかったよ。それにね、綺麗だった」
「綺麗?」
不思議そうな顔をする友人に、どう説明するか少し考えてから口を開く。
「なんか、ふとした瞬間の、動きが、すごく綺麗なの」
谷地にとって、それはまるで、若鳥が翼を羽ばたかせて飛び立つ姿に見えた。
「んんー、ちょっとよく分からない感覚だけどそうなんだ? それで入部決めたの?」
「うーん、ちょっと違うかな…」
その練習風景がきっかけになったのは合っているが、入部を決めた理由はもっと単純なものだ。
「友達が、すごくがんばってるから。一緒にがんばれる場所に行こうと思っただけなんだ」
真っ直ぐに前を向いて進んで行く友人達の、その行き先を見たくなってしまっただけ。
本当に単純な理由だと谷地は思っているが、それを聞いた母は、『本当に支えたいなら、その覚悟をしなさい』と言ったものの、反対はしなかった。
「じゃあ、もう行くね。また明日」
「はーい。いってらっしゃい、がんばってね」
「うん!」
明るく頷いた小柄な少女はぱたぱたと教室を出て行った。
「うん」
次の日の休憩時間、机に向かって手を動かしている谷地を発見した日向は、彼女が丁寧に記入している紙を見て目を丸くした。谷地は顔を上げて少しはにかんでから、また机に向き直る。
「やっぱり入りたいって思ったんだ。昨日の、練習見てたら」
用紙を書きながら穏やかにそう言う少女は、“前回”のこの頃よりもずいぶんしっかりしてるように思えて、日向は首をかしげた。
「谷地さんなんか変わった?」
「ひょえ!? な、何が?」
思っていたことをそのまま口に出すと、谷地は目を丸くする。
「なんか、しっかりした気がする。はっきりとは分かんないけど」
「う、うーん、しっかりはしてないと思うけど」
心当たりがないのか首をかしげている谷地を眺めて、日向はふと思い出した。
(そういえば、“前回”は入るのにすごく迷ってたよな)
日向の感覚では相当昔のことなのではっきりと覚えてはいないが、最初に見学に来てから少し経ってから入部していた記憶がある。
(というか、谷地さんのお母さんのほうはどうなったんだ)
反対されたというほどではないが、少々きつい指摘をされて凹んでいたはずだ。“今回”はそれはなかったのか? と日向は首をかしげたが、これに関しては訊ねようがない。
だが、
「もしかしたら、お母さんに言われたこと、考えたからかもしれない」
谷地のほうからその話題が出てきた。目を瞬かせている日向の前で、入部届を書き終えた谷地は手を止める。
「春休みに、もしかしたらバレー部のマネージャーなるかもしれないって言ってみたの」
「うん」
「それで、中途半端な気持ちでやったら、バレー部の人達に失礼だからねって言われて」
どうやら、“前回”よりも早く日向達と出会ったことで、その辺りの出来事も“ずれた”らしい。
「自分でも、そんなに真剣にやれるか分からなくて、ずっと保留にしてたんだけど」
入部届を持って、谷地は立ち上がる。
「昨日、見学して、決めたの。お母さんにもそう言った」
「1日で決めていいのか?」
「うん。…あ、で、でも、マネージャーのお仕事はまだ全然分からないけど!」
「それは大丈夫じゃね? 清水先輩に教えてもらえると思うし」
「昨日もそう言ってもらえたから、これから覚える、うん。…出してくるね」
「おー」
職員室に向かう谷地を見送った日向は、あれ、と呟いた。
「結局、何が決め手だったんだろ」
「そういえば、結局バレー部入ったんだね」
「うん、お昼休みに入部届出した」
荷物を片付けていた谷地は、側の机の友人に話しかけられて頷く。
「昨日、見学行ったんでしょ? やっぱかっこよかった?」
わくわくとした顔で話しかけられ、谷地は思わず笑った。
「うん、かっこよかったよ。それにね、綺麗だった」
「綺麗?」
不思議そうな顔をする友人に、どう説明するか少し考えてから口を開く。
「なんか、ふとした瞬間の、動きが、すごく綺麗なの」
谷地にとって、それはまるで、若鳥が翼を羽ばたかせて飛び立つ姿に見えた。
「んんー、ちょっとよく分からない感覚だけどそうなんだ? それで入部決めたの?」
「うーん、ちょっと違うかな…」
その練習風景がきっかけになったのは合っているが、入部を決めた理由はもっと単純なものだ。
「友達が、すごくがんばってるから。一緒にがんばれる場所に行こうと思っただけなんだ」
真っ直ぐに前を向いて進んで行く友人達の、その行き先を見たくなってしまっただけ。
本当に単純な理由だと谷地は思っているが、それを聞いた母は、『本当に支えたいなら、その覚悟をしなさい』と言ったものの、反対はしなかった。
「じゃあ、もう行くね。また明日」
「はーい。いってらっしゃい、がんばってね」
「うん!」
明るく頷いた小柄な少女はぱたぱたと教室を出て行った。