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試合は烏野が少し優勢のまま続いた。

(“前回”の通りに、なるか?)

ちらりと東峰を見て、影山は考える。

今のところ、東峰は綺麗に点を取ることができずにいる。だが、“前回”のこの試合で、烏野のエースは完全に復活していた。日向を警戒しすぎた相手は、その背後にいた東峰に反応できなかった、という感じだったはずだ。

それは覚えているものの、具体的に試合のどのあたりでそれが起きたかはさすがに記憶にない。

「だーいじょうぶだよ」

と、急に背中を叩かれて影山は振り返った。後ろにいた日向は、影山の思っていたことが聞こえたかのように続ける。

「旭さんが完全復活するまで、絶対に心折らせなきゃいいんだろ」

「おう」

いとも簡単そうに笑顔でそう言う相棒を見ていると、なんとでもなりそうな気がして、影山もにっと笑った。

跳ねるように駆けていく日向を見送り、影山は大きく息を吸う。

「よし」

きっと東峰は復活する。それは、“前回”にこの試合で完全に立ち直っていたから、というだけではなく。

──今の、春先から立ち直ろうと努力してきた東峰だから、信じることができた。





立て続けに日向にボールが上がる。そのたびに飛び上がろうとしたブロックの上を、あるいはブロックの脇をすり抜けさせるように打ち込んでいる日向は、いっそ異様なまでに目立っていた。

本来なら、1人にボールを集め続けるやり方は、影山はあまりしない。それは烏野のやり方ではないと思っている。

だが、今だけは日向にしつこいぐらいに目立ってもらう必要があった。

「また10番!」

誰かの悲鳴のような声が聞こえ、日向が腕を振り下ろす。今度は執念で食らいついてきたブロックの手にボールが当たったものの、それはそのままコートの外へと飛んでいった。

「くそっあと少しだったのに」

悔しがる声を聞きながら、そろそろか、と思う。

もう十分、日向に注目が集まった。しかも、今、日向に手が届きかけたところで、次こそは捕まえると意気込んでいるはずだ。

東峰がちらりとこちらを見た。影山が頷いて見せると、落ち着いた顔で微笑む。

そうして、──その時は来た。

「10番!」

高く飛び上がった日向に合わせてブロックが展開される。その背後で床を蹴った東峰の手にボールが届き、そして。

ボールが叩きつけられる重い音と、観客席とコートの内外から上がった歓声を聞きながら、影山はほっと息をついた。

まだ第1セットの途中で、油断はできない。それでも、この試合はもう大丈夫だと思うのは、逆行者としてのカンだろうか。

「旭さーん!」

日向がやたらと跳ねながら東峰に飛びついていった。勢いよく飛びつかれ、さらには後ろから西谷に盛大に背中を叩かれた東峰は、くしゃりと泣きそうな顔をして、それから明るく笑う。コートの外の菅原がひどく嬉しそうな顔をしたのが見えた。

それを少し離れたところから見ていると、日向が振り返ってピースして見せた。満足げな相棒に思わず笑ってしまった影山は、小さく手を挙げてピースを返した。





坂を転がるように調子を掴んでいった烏野はそのまま第一セットを取り、ときおり苦戦しつつも“前回”ほどは苦しまずに第二セットもマッチポイントまで持ち込んだ。

「はああ」

はらはらと試合を見つめていた谷地は、ようやく24点まで届いたのを見て崩れ落ちる。

「きん、ちょう、する…」

日向から話は聞いていたが、伊達工業は本当に圧が強い。上から見ているだけでも絶望感のある高い壁に、鳥肌が立つ。

(コートの中だったら、もっともっと高く見えるよね…)

日向も影山もけろりとしていたが、自分ならすくみあがってしまいそうだ。

さっきまではときどき話しかけてくれていた青葉城西の1年2人がいなくなったので、今の谷地は1人で試合を見守っている。おかげでついつい崩れ落ちたり妙な声を出したりしても誰にも気にされていないが、1人でいるとなおさらどきどきした。

だが、崩れ落ちている間にまた試合が動き出し、谷地は慌てて立ち上がる。

今度のラリーは長かった。落ちたと思いきや拾われ、弾かれたと思ってもまた拾われ、心臓が痛くなる。

「…!」

いつの間にか、手すりを掴んで身を乗り出していた。食い入るようにコートを見つめる谷地の視線の先で、今度は東峰が飛び上がる。

気迫の滲むその姿に視線を奪われて、ボールが打ち出されるのを見つめた。

一度は弾かれ、ネットに引っかかったそれは、わずかな間の後、ぽろりと床に落ちる。

「…っ」

烏野の側から歓声が上がったのと同時に、彼女は再び崩れ落ちた。

「大丈夫ですか?」

だが、今度は近くにいた観客に声を掛けられて、我に返って首を振る。

「す、すみません! 大丈夫です!」

(私も仕事しないと!)

自分が役に立てるのはここからだ。早く下に降りないと、と立ち上がったところで、こちらを見上げている友人達と目が合った。

拳を振り上げて見せる日向と手を振っている影山に大きく頷いて見せてから、小柄なマネージャーは階段に向かう。その顔はまだ緊張を残しつつもきりりと引き締められていたが、それには誰も気付かなかった。





「やっぱりすごいね、向こうの主将」

及川がサーブを打つのを見ながら、ぽそりと山口が呟く。今日の試合を終えた日向達は、観客席で青葉城西の試合を見ていた。

「練習試合のとき、短時間しかコートにいなかったのに怖かったし…」

「まあすごいセッターなのは確かだもんな」

日向があっさりと返事をすると、月島が半眼になる。

「なんでそう平然としてるの」

「怖がってもしょうがねーだろ」

返事を聞いた月島に大きなため息をつかれたが、日向はへへへ、と笑った。

試合は怖くない。どれほど強い相手でも、ぶつかるのが楽しみなだけだ。

「それより、影山のことのがいろいろ怖いけどな」

月島が額にシワを寄せ、山口がう、と声を漏らす。

「…試合中と直前と直後は何もないと考えられるとして」

「問題はその前と後、かな…」

幼馴染みコンビは揃って頭を押さえた。
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