36
「やっぱりでかいな」
ネットの向こう側を眺め、菅原はぼそりと呟いた。
「近くで見ると本当に長身ですね…」
隣にいる山口が緊張した顔で、コートを見ている。同じく隣にいる縁下も、少し険しい顔になっていた。
今のところ、烏野は強固なブロックに追いつめられることもなく、落ち着いて試合を進めている。とは言え、強大な壁が立ちはだかっているのだから、気持ちよく決められずに弾かれることも多い。
(さてどうするか)
伊達工業に敗れた去年とはいろいろなことが変わった。
去年一度心が折れてしまった東峰は、なんとか立ち直って前に進もうと決意してくれたし、去年よりも落ち着いたと思う。そして、去年よりも落ち着いたのは、東峰だけでなく、チーム全体にある傾向な気がする。特にその傾向が顕著なのが西谷で、ネットの向こうから飛んできたボールも、ブロックに跳ね返された攻撃も冷静に拾えている。
試合が始まってからずっとブロックで圧をかけられていてもなんとか点を増やせているのは、そのおかげでもある。
それに。
「決まった!」
向こう側で跳ねたボールに、山口が拳を握った。
「ほんっと変幻自在って感じですね、あいつら」
縁下が肩をすくめる。その視線の先では、笑って手を打ち合わせる日向と影山がいた。
2人にしかできないトンデモ速攻は相変わらず威力を発揮している。それは恐ろしいスピードで迫ってくるブロックに対してもそうで、くるくると動いては点を取っていくものだから、相手チームの6番には嫌そうな顔をされている。チーム全体が落ち着いているのは、日向達の冷静さの影響もありそうだった。
跳ねるように東峰に近寄った日向が頭を撫でられているのを見ながら、菅原はほっと息をつく。
元気な1年コンビの冷静さは、どうやらコートの中で笑っているエースにも伝播しているようだった。
「思ったより動揺しないな、向こうのエース。もっと派手に焦ってくれていいのに」
二口が残念そうにそう言うと、茂庭が思わず額を押さえた。
「あんまり大声で言うんじゃないよ、そういうの…。性格悪そうに聞こえるぞ」
「ブロックで相手の心を折るのは普通でしょ」
立派な作戦なのだから何もおかしなことは言ってないと主張した二口は、3月に一度徹底的に阻んだはずの選手に視線を向けた。
今回も、彼のスパイクは何度かブロックで止められているし、止まっていない時も綺麗には決まっていなかったし、後ろで拾い上げてそのままこちらの攻撃につながったことも何度かある。
烏野のエースは、壁を打ち破れていない。あの豪快な攻撃を気持ちよく打ち込めないのはストレスになるはずだし、3月のことを思い起こさせるはず、なのだが。
「あの1年達、いろんな意味で邪魔だな」
エースに何か話しかける小柄な選手と、何を言われたのかへらりと笑うエースを見て思わず呟く。
自由自在に動き回る小柄な選手が邪魔だし、1年のくせにすっかりチームメンバーの特性を把握したような顔をしているセッターも生意気だ。何よりも。
「チーム全体の精神力にまで影響するってありかよ、1年なのに」
支柱になっているのはきびきびと指示を出している主将だろうが、烏野の粘りを強固にしている一因はあの変な1年コンビにもあるのが、ネット越しでも分かってしまう。何しろ、あの1年達が笑って何か言うと、周囲が少し落ち着いた顔をするのだ。
ぼそりと呟いたのか聞こえたらしく、青根がちらりと視線を向けてきたが、何も言わずに前を向く。いろいろな意味で邪魔な1年のうちのセッターのほうがボールを持って構えたところだった。
すぐにすさまじい勢いのサーブが飛んできて、また試合が動き出す。
上がったボールを確認し、二口は床を蹴った。
ボールが烏野側に落ちた。途端、向かいの観客席からわあっと歓声が上がる。
観客席から身を乗り出し、金田一が歯噛みした。
「あのブロック、本当にやだな」
「まあ、“伊達の鉄壁”をそう簡単にぶち抜けるわけないし」
肩をすくめてそう言ってみたものの、国見もそわそわとコートを見つめる。わだかまりなく烏野――というか影山を応援できるのは嬉しいが、同時にとてもはらはらする。
「国見さ」
隣からなんとも言えない顔を向けられて、視線を返した。金田一が頭をがしがしと掻いて言葉を続ける。
「最近どんどん分かりやすくなってきてるよな」
「は?」
何がどう分かりやすくなったと言うのか。意味が分からず半眼になった国見を見て、金田一が小さく笑った。
「はらはらしてるの見てて分かりやすい」
「………」
そんなわけない、というにはかなりはらはらしていた自覚があったので、国見は反論できずに黙る。
「まあ、ここで負けてほしくないよ、俺も。だって、ここで烏野が負けたら試合できなくなる」
一緒に話すことも遊びに行くこともできるようになった想い人だが、結局、試合でぶつかり合うのが、結局一番楽しい。
「負けないよ、烏野は」
あのチームは全員が強いのは見てて分かる。きっと、まだここでは折れない。
そして、とても気に食わない事実だが、ほかの誰よりも、日向という存在が影山を強くしている。国見はそれがものすごく気に食わないが。本当に、とても、気に食わないが。
へへ、と金田一が笑った。
「負かすのは俺達だもんな」
ふ、と国見も口元を緩める。
「勝ったら影山に一つ言うこと聞いてもらおうかな」
「おい何言う気だよ変なこと言うなよ」
「別に変なことじゃない。遊びに誘うだけ」
「俺も! 行くからな!?」
「なんで」
「なんで!? お前抜け駆けする気か!?」
「別に抜け駆けしないなんて協定結んでるわけでもないし」
「いやっそうだけど、そうだけど! 勝ったらってそれ俺も試合に勝ってる状態だろ! なんでお前だけが言うこと聞いてもらうんだよ!」
「チッ」
やいのやいのと騒ぐ2人の眼下で、ボールが床に落ちる。今度は伊達工業側に落ちたのを見た観客達が、またわっと声を上げた。
ネットの向こう側を眺め、菅原はぼそりと呟いた。
「近くで見ると本当に長身ですね…」
隣にいる山口が緊張した顔で、コートを見ている。同じく隣にいる縁下も、少し険しい顔になっていた。
今のところ、烏野は強固なブロックに追いつめられることもなく、落ち着いて試合を進めている。とは言え、強大な壁が立ちはだかっているのだから、気持ちよく決められずに弾かれることも多い。
(さてどうするか)
伊達工業に敗れた去年とはいろいろなことが変わった。
去年一度心が折れてしまった東峰は、なんとか立ち直って前に進もうと決意してくれたし、去年よりも落ち着いたと思う。そして、去年よりも落ち着いたのは、東峰だけでなく、チーム全体にある傾向な気がする。特にその傾向が顕著なのが西谷で、ネットの向こうから飛んできたボールも、ブロックに跳ね返された攻撃も冷静に拾えている。
試合が始まってからずっとブロックで圧をかけられていてもなんとか点を増やせているのは、そのおかげでもある。
それに。
「決まった!」
向こう側で跳ねたボールに、山口が拳を握った。
「ほんっと変幻自在って感じですね、あいつら」
縁下が肩をすくめる。その視線の先では、笑って手を打ち合わせる日向と影山がいた。
2人にしかできないトンデモ速攻は相変わらず威力を発揮している。それは恐ろしいスピードで迫ってくるブロックに対してもそうで、くるくると動いては点を取っていくものだから、相手チームの6番には嫌そうな顔をされている。チーム全体が落ち着いているのは、日向達の冷静さの影響もありそうだった。
跳ねるように東峰に近寄った日向が頭を撫でられているのを見ながら、菅原はほっと息をつく。
元気な1年コンビの冷静さは、どうやらコートの中で笑っているエースにも伝播しているようだった。
「思ったより動揺しないな、向こうのエース。もっと派手に焦ってくれていいのに」
二口が残念そうにそう言うと、茂庭が思わず額を押さえた。
「あんまり大声で言うんじゃないよ、そういうの…。性格悪そうに聞こえるぞ」
「ブロックで相手の心を折るのは普通でしょ」
立派な作戦なのだから何もおかしなことは言ってないと主張した二口は、3月に一度徹底的に阻んだはずの選手に視線を向けた。
今回も、彼のスパイクは何度かブロックで止められているし、止まっていない時も綺麗には決まっていなかったし、後ろで拾い上げてそのままこちらの攻撃につながったことも何度かある。
烏野のエースは、壁を打ち破れていない。あの豪快な攻撃を気持ちよく打ち込めないのはストレスになるはずだし、3月のことを思い起こさせるはず、なのだが。
「あの1年達、いろんな意味で邪魔だな」
エースに何か話しかける小柄な選手と、何を言われたのかへらりと笑うエースを見て思わず呟く。
自由自在に動き回る小柄な選手が邪魔だし、1年のくせにすっかりチームメンバーの特性を把握したような顔をしているセッターも生意気だ。何よりも。
「チーム全体の精神力にまで影響するってありかよ、1年なのに」
支柱になっているのはきびきびと指示を出している主将だろうが、烏野の粘りを強固にしている一因はあの変な1年コンビにもあるのが、ネット越しでも分かってしまう。何しろ、あの1年達が笑って何か言うと、周囲が少し落ち着いた顔をするのだ。
ぼそりと呟いたのか聞こえたらしく、青根がちらりと視線を向けてきたが、何も言わずに前を向く。いろいろな意味で邪魔な1年のうちのセッターのほうがボールを持って構えたところだった。
すぐにすさまじい勢いのサーブが飛んできて、また試合が動き出す。
上がったボールを確認し、二口は床を蹴った。
ボールが烏野側に落ちた。途端、向かいの観客席からわあっと歓声が上がる。
観客席から身を乗り出し、金田一が歯噛みした。
「あのブロック、本当にやだな」
「まあ、“伊達の鉄壁”をそう簡単にぶち抜けるわけないし」
肩をすくめてそう言ってみたものの、国見もそわそわとコートを見つめる。わだかまりなく烏野――というか影山を応援できるのは嬉しいが、同時にとてもはらはらする。
「国見さ」
隣からなんとも言えない顔を向けられて、視線を返した。金田一が頭をがしがしと掻いて言葉を続ける。
「最近どんどん分かりやすくなってきてるよな」
「は?」
何がどう分かりやすくなったと言うのか。意味が分からず半眼になった国見を見て、金田一が小さく笑った。
「はらはらしてるの見てて分かりやすい」
「………」
そんなわけない、というにはかなりはらはらしていた自覚があったので、国見は反論できずに黙る。
「まあ、ここで負けてほしくないよ、俺も。だって、ここで烏野が負けたら試合できなくなる」
一緒に話すことも遊びに行くこともできるようになった想い人だが、結局、試合でぶつかり合うのが、結局一番楽しい。
「負けないよ、烏野は」
あのチームは全員が強いのは見てて分かる。きっと、まだここでは折れない。
そして、とても気に食わない事実だが、ほかの誰よりも、日向という存在が影山を強くしている。国見はそれがものすごく気に食わないが。本当に、とても、気に食わないが。
へへ、と金田一が笑った。
「負かすのは俺達だもんな」
ふ、と国見も口元を緩める。
「勝ったら影山に一つ言うこと聞いてもらおうかな」
「おい何言う気だよ変なこと言うなよ」
「別に変なことじゃない。遊びに誘うだけ」
「俺も! 行くからな!?」
「なんで」
「なんで!? お前抜け駆けする気か!?」
「別に抜け駆けしないなんて協定結んでるわけでもないし」
「いやっそうだけど、そうだけど! 勝ったらってそれ俺も試合に勝ってる状態だろ! なんでお前だけが言うこと聞いてもらうんだよ!」
「チッ」
やいのやいのと騒ぐ2人の眼下で、ボールが床に落ちる。今度は伊達工業側に落ちたのを見た観客達が、またわっと声を上げた。