35
「あの、日向」
「どした?」
そっと日向の隣に来た谷地が、近くにいる上級生達をちらちらと見ながら声をひそめた。
「先輩達、やっぱり緊張してるみたいだね」
「あー、そうだな」
次の試合の相手は伊達工業だ。かつて試合で負けた──それもエースの心を折られる形で負けた相手とあって、3年や2年の間にはどことなく緊張感が漂っている。
谷地もそれは軽く聞かされていて、余計に先輩達の様子が気になるらしい。
「すごくブロックが強いチームなんだよね?」
「そうそう、“鉄壁”っていうぐらいだからな。あ、ほら、あの人達」
「ひえっ」
ちょうどその時通路の奥をぞろぞろと通り過ぎていった相手チームを見て、谷地が短い悲鳴をもらした。
「ああああんな大きな人達と戦うの?」
「もっとでかい選手も別のチームにいるぞ!」
谷地は顔をひくひくと引きつらせた。
「テレビとかで見たことはあるけど…世界って広いね…」
遠い目になった谷地の顔の前で、日向は手のひらを振って見せる。
「大丈夫?」
は、と我に返った顔になって、彼女はこくこくと頷いた。
「大丈夫! 大きな選手と試合するたびに呆然としてるわけにはいかないもんね」
「!」
いつの間にか、谷地がずいぶんしっかりしてきたような気がする。
(入部してからまだ全然経ってないのに、なんでだ?)
思わず目を丸くしていた日向を見て、谷地がきょとんとした。
「日向?」
「谷地さんさ、なんか、すげーしっかりした気がするな」
今度は谷地のほうが目を丸くする。
「そうかな?」
「おう! なんかかっこいいぞ、谷地さん!」
「か、かっこ、ええ!?」
仰け反った谷地は、ぶんぶんと手を振った。
「かっこよくないよ!? 私なんか!」
「俺はかっこいいと思う!」
「そ、そうかな…」
困ったように首をかしげて、それでも谷地は小さく笑う。
「え、ええと、かっこよくはないと思うけど、私も、ちゃんとチームの助けにならないといけないから…、しっかりできてるなら嬉しいな」
うんうんと日向は頷いた。チームメイトが自信を持つのは嬉しいことだ。
「次もがんばろうな」
「がんばろうね」
小柄な1年2人は、仲良く頷き合った。
険しい顔をしている東峰を見て、通路を通る人々がこぞって避けていく。見慣れた光景だが、いつもはショックを受ける東峰が、今日は気にしていないのが珍しい。
「なーに考えてるんだよ」
べしっと背中を叩くと、東峰はびくりとしてから振り向いた。
「な、なんだスガかあ」
いつも通りに眉を下げた顔を見せて、東峰は困ったように笑う。
「やっぱり緊張しちゃってさ」
「そりゃそうだろ。相手は伊達工だし。俺も緊張してる」
でも、と菅原は続けた。
「通行人に逃げられるぐらいおっかない顔して考えてたってしょうがないだろ!」
「えっ、逃げられてた?」
東峰が周囲を見渡し、通行人が一斉に目を逸らして足早に離れていく。怖がられることを気にしている東峰はしょぼんとして肩を落とした。
「うう…」
「旭さん?」
と、しょげている先輩を不思議に思ったのか、影山が寄ってくる。
「いつも通りへなちょこっぷりを発揮してるだけだから気にしなくていいぞー」
「ひどい!」
ぱちぱちと青みがかった瞳がまたたき、影山は笑顔になった。
「いつも通りっすね、先輩達」
「まあな!」
本当は、いつも通りではないかもしれない。それでも、可愛い後輩の前で胸を張って強がって見せるぐらいには落ち着いている自覚がある。
「ははは…」
東峰のほうはなんとも言えない顔で頭を掻いた。とはいえ、それで緊張が少しほぐれたらしい。
「…がんばろうな」
「うっす!」
ぽふんと影山の頭に東峰の手が乗った。大きな手で軽く撫でられた後輩が柔らかく笑う。
だいぶ落ち着いたらしいエースにほっとしていた菅原は、その瞬間カッと目を見開いた。
「ちょっと待てずるいぞ!?」
「え?」
「また始まった…」
影山はきょとんとしたが、東峰は溜め息をついて手を下ろす。すかさず、菅原は影山の頭に手を乗せた。
「俺も撫でたい」
「いや手を乗せる前に言おうよ」
さらさらとした髪をわしわし撫でると、影山は大きな瞳を軽く見開いて、ふわっと笑う。
「へへ」
嬉しそうな後輩に、菅原はでれでれと顔をゆるめた。
「天使…!」
「すごい視線浴びてるから抱きしめるのはやめてスガ!」
「何やってるんだお前ら…」
近づいてきた澤村が額をおさえた。
「日向と影山は、すごいね」
穏やかな声に、2人は後ろにいた清水を振り返った。
「すごいって何がっすか?」
腕の調子を確認するように肩を回していた影山が目をまたたかせる。
「2人と話すと、みんなが落ち着くんだよ。気付いてた?」
眼鏡の奥の瞳が静かに細められた。
「落ち着く?」
なんのことだと日向は首をかしげる。影山も隣で同じように首をかしげた。くすりと笑った清水は、首を振る。
「いいよ、気にしないで。ただ、私がすごいなって思っただけだから」
「はあ」
「そうですか?」
「そう。だから」
清水の両手が伸びてきて、ぽんぽんと2人の肩を叩いた。
「2人は2人の心のままに動いて」
「えっと、はい」
「そうします」
結局、清水の言うことはよく分からないままだったが、どうせ2人揃って頭は良くないのだから、難しいことは考えないに限る。
「ああああ! お前らぁぁぁああ!」
「潔子さんに肩ポンされっされ、されて!?」
と、すさまじい勢いで田中と西谷がすっ飛んできた。西谷にいたっては動揺のあまり口が回っていない。
「「潔子さん!」」
ぴた、と目の前で止まった2年コンビを見て、清水は普段通りのクールな表情になってくるりと向きを変えた。
「しません」
肩を叩いてもらいたかったらしい2人は崩れ落ち、清水がさっさと離れていく。
直後に集合を呼びかける声が飛んできて、日向と影山は振り返った。崩れ落ちたはずの田中と西谷も機敏に立ち上がる。
「行こうぜ!」
「おう」
コートの奥では長身の集団が同じように集合していた。それをちらりと横目で見ながらも、日向は笑みをこぼす。
負ける気は、しなかった。
「どした?」
そっと日向の隣に来た谷地が、近くにいる上級生達をちらちらと見ながら声をひそめた。
「先輩達、やっぱり緊張してるみたいだね」
「あー、そうだな」
次の試合の相手は伊達工業だ。かつて試合で負けた──それもエースの心を折られる形で負けた相手とあって、3年や2年の間にはどことなく緊張感が漂っている。
谷地もそれは軽く聞かされていて、余計に先輩達の様子が気になるらしい。
「すごくブロックが強いチームなんだよね?」
「そうそう、“鉄壁”っていうぐらいだからな。あ、ほら、あの人達」
「ひえっ」
ちょうどその時通路の奥をぞろぞろと通り過ぎていった相手チームを見て、谷地が短い悲鳴をもらした。
「ああああんな大きな人達と戦うの?」
「もっとでかい選手も別のチームにいるぞ!」
谷地は顔をひくひくと引きつらせた。
「テレビとかで見たことはあるけど…世界って広いね…」
遠い目になった谷地の顔の前で、日向は手のひらを振って見せる。
「大丈夫?」
は、と我に返った顔になって、彼女はこくこくと頷いた。
「大丈夫! 大きな選手と試合するたびに呆然としてるわけにはいかないもんね」
「!」
いつの間にか、谷地がずいぶんしっかりしてきたような気がする。
(入部してからまだ全然経ってないのに、なんでだ?)
思わず目を丸くしていた日向を見て、谷地がきょとんとした。
「日向?」
「谷地さんさ、なんか、すげーしっかりした気がするな」
今度は谷地のほうが目を丸くする。
「そうかな?」
「おう! なんかかっこいいぞ、谷地さん!」
「か、かっこ、ええ!?」
仰け反った谷地は、ぶんぶんと手を振った。
「かっこよくないよ!? 私なんか!」
「俺はかっこいいと思う!」
「そ、そうかな…」
困ったように首をかしげて、それでも谷地は小さく笑う。
「え、ええと、かっこよくはないと思うけど、私も、ちゃんとチームの助けにならないといけないから…、しっかりできてるなら嬉しいな」
うんうんと日向は頷いた。チームメイトが自信を持つのは嬉しいことだ。
「次もがんばろうな」
「がんばろうね」
小柄な1年2人は、仲良く頷き合った。
険しい顔をしている東峰を見て、通路を通る人々がこぞって避けていく。見慣れた光景だが、いつもはショックを受ける東峰が、今日は気にしていないのが珍しい。
「なーに考えてるんだよ」
べしっと背中を叩くと、東峰はびくりとしてから振り向いた。
「な、なんだスガかあ」
いつも通りに眉を下げた顔を見せて、東峰は困ったように笑う。
「やっぱり緊張しちゃってさ」
「そりゃそうだろ。相手は伊達工だし。俺も緊張してる」
でも、と菅原は続けた。
「通行人に逃げられるぐらいおっかない顔して考えてたってしょうがないだろ!」
「えっ、逃げられてた?」
東峰が周囲を見渡し、通行人が一斉に目を逸らして足早に離れていく。怖がられることを気にしている東峰はしょぼんとして肩を落とした。
「うう…」
「旭さん?」
と、しょげている先輩を不思議に思ったのか、影山が寄ってくる。
「いつも通りへなちょこっぷりを発揮してるだけだから気にしなくていいぞー」
「ひどい!」
ぱちぱちと青みがかった瞳がまたたき、影山は笑顔になった。
「いつも通りっすね、先輩達」
「まあな!」
本当は、いつも通りではないかもしれない。それでも、可愛い後輩の前で胸を張って強がって見せるぐらいには落ち着いている自覚がある。
「ははは…」
東峰のほうはなんとも言えない顔で頭を掻いた。とはいえ、それで緊張が少しほぐれたらしい。
「…がんばろうな」
「うっす!」
ぽふんと影山の頭に東峰の手が乗った。大きな手で軽く撫でられた後輩が柔らかく笑う。
だいぶ落ち着いたらしいエースにほっとしていた菅原は、その瞬間カッと目を見開いた。
「ちょっと待てずるいぞ!?」
「え?」
「また始まった…」
影山はきょとんとしたが、東峰は溜め息をついて手を下ろす。すかさず、菅原は影山の頭に手を乗せた。
「俺も撫でたい」
「いや手を乗せる前に言おうよ」
さらさらとした髪をわしわし撫でると、影山は大きな瞳を軽く見開いて、ふわっと笑う。
「へへ」
嬉しそうな後輩に、菅原はでれでれと顔をゆるめた。
「天使…!」
「すごい視線浴びてるから抱きしめるのはやめてスガ!」
「何やってるんだお前ら…」
近づいてきた澤村が額をおさえた。
「日向と影山は、すごいね」
穏やかな声に、2人は後ろにいた清水を振り返った。
「すごいって何がっすか?」
腕の調子を確認するように肩を回していた影山が目をまたたかせる。
「2人と話すと、みんなが落ち着くんだよ。気付いてた?」
眼鏡の奥の瞳が静かに細められた。
「落ち着く?」
なんのことだと日向は首をかしげる。影山も隣で同じように首をかしげた。くすりと笑った清水は、首を振る。
「いいよ、気にしないで。ただ、私がすごいなって思っただけだから」
「はあ」
「そうですか?」
「そう。だから」
清水の両手が伸びてきて、ぽんぽんと2人の肩を叩いた。
「2人は2人の心のままに動いて」
「えっと、はい」
「そうします」
結局、清水の言うことはよく分からないままだったが、どうせ2人揃って頭は良くないのだから、難しいことは考えないに限る。
「ああああ! お前らぁぁぁああ!」
「潔子さんに肩ポンされっされ、されて!?」
と、すさまじい勢いで田中と西谷がすっ飛んできた。西谷にいたっては動揺のあまり口が回っていない。
「「潔子さん!」」
ぴた、と目の前で止まった2年コンビを見て、清水は普段通りのクールな表情になってくるりと向きを変えた。
「しません」
肩を叩いてもらいたかったらしい2人は崩れ落ち、清水がさっさと離れていく。
直後に集合を呼びかける声が飛んできて、日向と影山は振り返った。崩れ落ちたはずの田中と西谷も機敏に立ち上がる。
「行こうぜ!」
「おう」
コートの奥では長身の集団が同じように集合していた。それをちらりと横目で見ながらも、日向は笑みをこぼす。
負ける気は、しなかった。