34
コートを縦横無尽に駆け回る。コートの端から端に瞬間移動したように見えるほどの速さで、小柄な姿が駆けて行く。
ブロックを置いてけぼりにして床を蹴り、日向は一気に飛び上がった。伸ばしたその手に合わせて、ボールが上がる。まるでそこに見えない台があって、その上にボールを置いたように、それは寸分たがわず手のひらの前に浮いた。
そして、次の瞬間、すさまじい勢いでコートの向こうに叩きつけられたボールが跳ねる。何が起こったのか分からないというように、観客席が一瞬で静まり返った。それからざわざわと声が上がり始め、歓声へと変わっていく。
「驚いてる驚いてる」
なんだあれ、どうなってるんだ、今何が起こったんだ、と観客席からの声が聞こえた。
それを聞いた菅原は、機嫌よくによによと笑う。
「もっと驚いていいんだぞー」
「楽しそうですね、スガさん」
隣から苦笑混じりに話しかけてきた縁下に、菅原はぐっと親指を立てた。
「このチームの武器を公式試合で見せつけるの、初めてだからな! めちゃくちゃ楽しい!」
すっかり注目の的になっている日向と影山は、それに気づいているのか気づいていないのか、田中にわしわしと頭を撫でられて笑顔を見せている。
「それは分かる気がします」
笛が鳴り、再開した再開を見つめながら、縁下が笑った。
「確かに、全世界に自慢したいぐらいの武器を見せつけてやるのは、楽しいです」
「だろ!」
今、この試合に注目しているのは、体育館にいる人々の中のほんの一部だ。それでも、正反対の外見の1年コンビはきっと話題になる。
それを思うと、たまらなくわくわくした。
明るい照明が降り注ぐ体育館の観客席で、手すりを掴んだ谷地は無言で震えていた。
「…あのー、大丈夫っすか」
「ひょっ」
思ったよりも近くにいた金田一に話しかけられ、びくっと肩を跳ね上げる。
「だだだだ大丈夫です! すみません!」
「や、いいんだけど」
困惑したように頭をかく長身の他校生を見上げ、谷地はすまなさで縮こまった。
(あああ他校の人まで困らせてしまうなんて…!)
「もしかして、具合悪いんすか?」
「いいいいいいえ! そんなことは!」
具合は悪くない。ただ、練習ではない公式試合の熱気と圧に気圧されてしまっただけだ。
「…もしかして、公式試合初めて?」
金田一の後ろから国見が顔を出す。
「は、はい…」
そもそも、バレー部のマネージャーになったのが4月なのだから、まだ一ヶ月と少ししか経っていない。
谷地が関わったことがあるのは、4月にあった青葉城西との練習試合と、ゴールデンウィークの音駒との練習試合だけだ。
「そっか、初めてだとやっぱ緊張するもんだよな」
金田一が納得したように頷いた。初めてならガチガチになるのも当然、という反応をされたことで、少し心が落ち着く。
「わ、私、日向や影山君がこんなに熱心にバレーしてるって知ったのもかなり最近で」
「え、そうなんすか。影山と仲良さそうだったから、一緒の学校だったのかと思ってた」
「一緒の学校どころか、入試の合格発表で初めて知り合ったんです。そのときたまたま仲良くなって、それからずっと仲良くしてくれてるけど」
コート内を駆け回り、声を張り上げる烏野の面々を見つめながら、ぽつぽつと会話を続けた。
「だから、バレーボールに関わることは何もかも初めてで、今日もすごく緊張しちゃいました」
そっかそっかと頷かれ、谷地は頭を掻く。
日向には妙に警戒されている、というか対抗意識を燃やされている2人だが、悪い人ではないと思う。
このまま穏便に仲良くしてほしいな、と思った。
ネットの向こう側でボールが跳ねて、わあ、と歓声が上がる。試合相手の主将が悔しげに唇を噛みしめるのが見えた。
(まず一勝)
最初の試合だった常波戦が終わり、影山はぐっと拳を握り締める。
“前回”でも問題なく勝ったこの試合は、苦しい戦いではなかった。だが、試合の勝敗に絶対なんてないのは、良く知っている。それに、試合で手を抜くのは、相手がどんなチームであっても嫌だった。
だから、油断なく、全力で戦った。それは自分だけでなく、チーム全員がそうだったと思う。
「影山ー!」
挨拶を終え、コートから出ると、日向が背後から元気よく駆けてきた。両手を挙げて飛び付いてくる相棒とハイタッチをする。
「勝ったな!」
「おう」
へへへ、と笑い合う。
「何その笑い」
「月島! 勝ったな!」
冷たい声が飛んできても気にせず、日向は月島にも両手を見せた。
「………」
月島は嫌そうな顔をして顔をそむけたが、日向はすばやくそむけた側に移動してまた手のひらを差し出す。月島はさらにくるりと体をひねって、日向もまたそれに合わせて移動した。
それを5回ほどくり返して、月島が根負けしたように両手を差し出すのを見て、山口が笑う。
「日向には敵わないね」
「山口」
影山は山口に向かって手を差し出した。
「山口も」
「うん」
はにかんだ山口が手を合わせてくる。パンッと小気味よい音が鳴った。その奥で、思いっきり手のひらを叩きつけられたらしい月島が日向の頭にぐりぐりと拳を押し付けているのが見えた。
(谷地さんも)
そう思って周りを見渡した影山は、タオルを持ってこちらに駆けてきた谷地を見つけて手を出す。
「谷地さんも、しよう」
「わ、私もいいの?」
「…? 当たり前だろ、メンバーなんだから」
ぱちぱちと大きな瞳がまたたいて、小さな少女はふにゃりと笑顔になった。
「ありがとう」
低い位置から伸ばされた手のひらには、力を加減してぽんと手を合わせる。
満足した影山が笑顔になると、山口と谷地も、そろってえへへ、と笑った。
(やっぱり試合はいいな)
もちろん、試合で戦うことが一番好きだけれど、試合のあとのチームメイトとのやり取りも、影山の宝物だった。
ブロックを置いてけぼりにして床を蹴り、日向は一気に飛び上がった。伸ばしたその手に合わせて、ボールが上がる。まるでそこに見えない台があって、その上にボールを置いたように、それは寸分たがわず手のひらの前に浮いた。
そして、次の瞬間、すさまじい勢いでコートの向こうに叩きつけられたボールが跳ねる。何が起こったのか分からないというように、観客席が一瞬で静まり返った。それからざわざわと声が上がり始め、歓声へと変わっていく。
「驚いてる驚いてる」
なんだあれ、どうなってるんだ、今何が起こったんだ、と観客席からの声が聞こえた。
それを聞いた菅原は、機嫌よくによによと笑う。
「もっと驚いていいんだぞー」
「楽しそうですね、スガさん」
隣から苦笑混じりに話しかけてきた縁下に、菅原はぐっと親指を立てた。
「このチームの武器を公式試合で見せつけるの、初めてだからな! めちゃくちゃ楽しい!」
すっかり注目の的になっている日向と影山は、それに気づいているのか気づいていないのか、田中にわしわしと頭を撫でられて笑顔を見せている。
「それは分かる気がします」
笛が鳴り、再開した再開を見つめながら、縁下が笑った。
「確かに、全世界に自慢したいぐらいの武器を見せつけてやるのは、楽しいです」
「だろ!」
今、この試合に注目しているのは、体育館にいる人々の中のほんの一部だ。それでも、正反対の外見の1年コンビはきっと話題になる。
それを思うと、たまらなくわくわくした。
明るい照明が降り注ぐ体育館の観客席で、手すりを掴んだ谷地は無言で震えていた。
「…あのー、大丈夫っすか」
「ひょっ」
思ったよりも近くにいた金田一に話しかけられ、びくっと肩を跳ね上げる。
「だだだだ大丈夫です! すみません!」
「や、いいんだけど」
困惑したように頭をかく長身の他校生を見上げ、谷地はすまなさで縮こまった。
(あああ他校の人まで困らせてしまうなんて…!)
「もしかして、具合悪いんすか?」
「いいいいいいえ! そんなことは!」
具合は悪くない。ただ、練習ではない公式試合の熱気と圧に気圧されてしまっただけだ。
「…もしかして、公式試合初めて?」
金田一の後ろから国見が顔を出す。
「は、はい…」
そもそも、バレー部のマネージャーになったのが4月なのだから、まだ一ヶ月と少ししか経っていない。
谷地が関わったことがあるのは、4月にあった青葉城西との練習試合と、ゴールデンウィークの音駒との練習試合だけだ。
「そっか、初めてだとやっぱ緊張するもんだよな」
金田一が納得したように頷いた。初めてならガチガチになるのも当然、という反応をされたことで、少し心が落ち着く。
「わ、私、日向や影山君がこんなに熱心にバレーしてるって知ったのもかなり最近で」
「え、そうなんすか。影山と仲良さそうだったから、一緒の学校だったのかと思ってた」
「一緒の学校どころか、入試の合格発表で初めて知り合ったんです。そのときたまたま仲良くなって、それからずっと仲良くしてくれてるけど」
コート内を駆け回り、声を張り上げる烏野の面々を見つめながら、ぽつぽつと会話を続けた。
「だから、バレーボールに関わることは何もかも初めてで、今日もすごく緊張しちゃいました」
そっかそっかと頷かれ、谷地は頭を掻く。
日向には妙に警戒されている、というか対抗意識を燃やされている2人だが、悪い人ではないと思う。
このまま穏便に仲良くしてほしいな、と思った。
ネットの向こう側でボールが跳ねて、わあ、と歓声が上がる。試合相手の主将が悔しげに唇を噛みしめるのが見えた。
(まず一勝)
最初の試合だった常波戦が終わり、影山はぐっと拳を握り締める。
“前回”でも問題なく勝ったこの試合は、苦しい戦いではなかった。だが、試合の勝敗に絶対なんてないのは、良く知っている。それに、試合で手を抜くのは、相手がどんなチームであっても嫌だった。
だから、油断なく、全力で戦った。それは自分だけでなく、チーム全員がそうだったと思う。
「影山ー!」
挨拶を終え、コートから出ると、日向が背後から元気よく駆けてきた。両手を挙げて飛び付いてくる相棒とハイタッチをする。
「勝ったな!」
「おう」
へへへ、と笑い合う。
「何その笑い」
「月島! 勝ったな!」
冷たい声が飛んできても気にせず、日向は月島にも両手を見せた。
「………」
月島は嫌そうな顔をして顔をそむけたが、日向はすばやくそむけた側に移動してまた手のひらを差し出す。月島はさらにくるりと体をひねって、日向もまたそれに合わせて移動した。
それを5回ほどくり返して、月島が根負けしたように両手を差し出すのを見て、山口が笑う。
「日向には敵わないね」
「山口」
影山は山口に向かって手を差し出した。
「山口も」
「うん」
はにかんだ山口が手を合わせてくる。パンッと小気味よい音が鳴った。その奥で、思いっきり手のひらを叩きつけられたらしい月島が日向の頭にぐりぐりと拳を押し付けているのが見えた。
(谷地さんも)
そう思って周りを見渡した影山は、タオルを持ってこちらに駆けてきた谷地を見つけて手を出す。
「谷地さんも、しよう」
「わ、私もいいの?」
「…? 当たり前だろ、メンバーなんだから」
ぱちぱちと大きな瞳がまたたいて、小さな少女はふにゃりと笑顔になった。
「ありがとう」
低い位置から伸ばされた手のひらには、力を加減してぽんと手を合わせる。
満足した影山が笑顔になると、山口と谷地も、そろってえへへ、と笑った。
(やっぱり試合はいいな)
もちろん、試合で戦うことが一番好きだけれど、試合のあとのチームメイトとのやり取りも、影山の宝物だった。