33
「あそこに青城がいるな」
隣にいた澤村の一言に、菅原はさっと人混みを振り返った。その瞬間の菅原の顔を見た東峰がびくっとしたが、いつものことなので気にしない。
「見たとこアレはいなさそうだったぞ」
「ならよし」
ひとまず顔を合わせることは避けられて何よりだ。
よしよしと頷いた菅原を見て、東峰がほっとした顔になる。
「スガ…、本当にこの件が関わると怖いよ…」
「気にするな」
「いやいや気になるから」
「いろいろあったんだから警戒するのは当たり前だろ」
そもそも、東峰だって影山周りのことは心配していたのになぜこんなに怯えられなければならないのか。
「いや俺だって心配はしてるけど、それにしたってスガの勢いと顔は怖いから」
額を押さえた東峰の背中を、西谷がぺっと叩いた。
「何ビクビクしてるんすか?」
「ほらー、後輩に言われてるぞ先輩。別に俺怖くないだろ?」
「頼りになるッス!」
「ほらほら」
一点のくもりもない笑顔で賞賛されて、菅原は東峰に向かってドヤ顔をかまして見せる。
その結果、なんだか疲れた顔をされたのは解せなかった。
近くを黒い集団が移動しているのが見えて、金田一は隣の国見を肘でつついた。
「何」
声に出して返事はせず、視線で烏野の集団を示す。
「………」
静かに視線を送ったあと、国見はちらりと自分達のチームに視線を戻した。
「またいないのかよあいつ」
「どこかで囲まれてるんだろ」
上級生達のそんな会話を聞き取り、もう一度金田一に顔を向ける。
「とりあえず、今はいないらしいけど」
金田一も息を吐き出した。
「とりあえずしょっぱなから出会わなくてよかった…」
「お前はビビりすぎ」
「お前こそなんでそんな平然としてんだよ」
金田一のほうは練習試合の前と当日の騒動が記憶に焼き付いているせいで自分のところの部長と影山が出会うことがどうしても不安になると言うのに、このチームメイトはどうして平気そうにしているのか。
「まず第一に、岩泉さんが止めるだろ。あと松川さんと花巻さんも」
「まあ、それはな」
3年の先輩達がストッパーになってくれるなら、確かにそんなに不安になることもないのかも知れない。
頷いた金田一の鼻先に、指が突き付けられる。
「第二に」
「第二に?」
「向こうの壁が厚い」
「…ああ、うん」
練習試合のあとの一騒動で及川の前に立ちふさがった烏野の主将の圧を思い出して、金田一は思わず遠い目になった。あれに怯まなかった及川も大概だが。
「それに、何かあったら俺達でも引き離すぐらいはできるだろ」
「う、それは、」
正直怖い。
怖いのだが、それを言うのはいろいろと失格な気がして、金田一は小さく頷いた。
「…そうしないといけないような状況になったら、なんとかがんばる」
大事な存在が傷つくのは嫌だ。自分達の先輩がトラブルを引き起こすのも見たくない。
うん、ともう一度頷いて、金田一は人の波の奥に消えていく黒い集団を見送った。
きっと、彼らは試合を勝ちのぼってくる。それなら、結局、会わせないようにすることなんてできないのだから。そう自分を納得させた。──納得させたのだが。
「さて、まずは烏野の試合を見ておこうか」
次の瞬間の監督の言葉に、思わず顔がひきつる。
「………」
「思ったより早く会うことになったね」
「…おう」
もうなるようになれ、と金田一は荷物を持ち上げた。
「げっ」
「…あー」
菅原と月島のうめき声が聞こえ、影山は振り返った。
「そういや…最初の試合見に来てたよな…、忘れてた…」
隣で日向が頭を抱える。
「………」
ものすごく嫌な予感がしてそろそろと顔を上げると、観客席に白いジャージの集団がいた。
「………」
「ちょっと、何その態度」
「いやあれが当たり前の反応だからな」
思わずため息をつくと、すかさず文句が降ってくる。文句を言った本人は、すぐに隣から小突かれていたが。
同輩達に囲まれて、後ろから襟首を掴まれている状態の及川は、影山の態度にむっとした顔を見せている。それでも、ひとまず普通の雰囲気なことにほっとして、影山はほかのメンバーの顔を見回した。
及川を後ろから捕まえている岩泉は、目が合うと何も言わずに小さく頷いて視線をそらす。影山も、こちらについてはどう態度を取ったらいいのかがよく分からなかったので、そのまま小さく頭を下げた。
及川を抑えるように両脇に陣取った花巻と松川は、見慣れた笑顔でひらひらと手を振ってくる。
そして。
「よ、影山」
「しばらくぶり」
3年達の後ろから顔を出した友人達に、思わず笑顔がこぼれた。
「おう、しばらくぶり」
元先輩達との関係性はやたらとこんがらがってしまったけれど、こうしてためらいもなく元同輩達と話せるのはとても嬉しいことだ。
へらりと笑った影山を見て、金田一と国見はそれぞれ照れたように笑う。だが、その横の及川と岩泉はなんとも言えない顔になった。
「…?」
(なんだ…?)
笑っただけのはずなのだが、何かしてしまったかと影山は首をかしげる。本当に、人間関係は難しい。
「かーげやまー」
だが、直後に肩をぺしりと叩かれて、日向が顔を見上げてきた。
「早くアップしないとだぞ」
「あ、やべ」
慌ててきびすを返す。背中に視線を感じた気がしたが、もう気にしないことにした。
笛が鳴り、試合が始まる。コートを見下ろしながら、花巻は頬杖をついた。
「自分はあんな顔見せてもらえないのに、とか言うなよ。理由はもう分かってるだろ」
後輩達へ向けられた笑顔の衝撃が強かったらしく、無言のまま佇む同輩の表情を横目で眺め、口火を切る。
「………」
及川は無言のまま手すりを握った。さすがにもう分からないとは言えないらしかった。
困った顔でこちらを見ている金田一を安心させるようにひらりと手を振ると、後輩は頷いて国見と一緒に少し奥へと移動する。
烏野の試合を楽しそうに見ている1年2人をちらりと見てから、松川が息をついた。
「分かってるならいい。けど、その態度じゃあいつらが困るから試合までに元に戻っておけよ」
悄然と頷く主将と副主将越しに、花巻と松川は目を合わせ、同時に肩をすくめる。
こちらのやり取りをよそに、コートでは黒髪とオレンジ髪の少年達が何かを話して笑い合っているのが見えた。
隣にいた澤村の一言に、菅原はさっと人混みを振り返った。その瞬間の菅原の顔を見た東峰がびくっとしたが、いつものことなので気にしない。
「見たとこアレはいなさそうだったぞ」
「ならよし」
ひとまず顔を合わせることは避けられて何よりだ。
よしよしと頷いた菅原を見て、東峰がほっとした顔になる。
「スガ…、本当にこの件が関わると怖いよ…」
「気にするな」
「いやいや気になるから」
「いろいろあったんだから警戒するのは当たり前だろ」
そもそも、東峰だって影山周りのことは心配していたのになぜこんなに怯えられなければならないのか。
「いや俺だって心配はしてるけど、それにしたってスガの勢いと顔は怖いから」
額を押さえた東峰の背中を、西谷がぺっと叩いた。
「何ビクビクしてるんすか?」
「ほらー、後輩に言われてるぞ先輩。別に俺怖くないだろ?」
「頼りになるッス!」
「ほらほら」
一点のくもりもない笑顔で賞賛されて、菅原は東峰に向かってドヤ顔をかまして見せる。
その結果、なんだか疲れた顔をされたのは解せなかった。
近くを黒い集団が移動しているのが見えて、金田一は隣の国見を肘でつついた。
「何」
声に出して返事はせず、視線で烏野の集団を示す。
「………」
静かに視線を送ったあと、国見はちらりと自分達のチームに視線を戻した。
「またいないのかよあいつ」
「どこかで囲まれてるんだろ」
上級生達のそんな会話を聞き取り、もう一度金田一に顔を向ける。
「とりあえず、今はいないらしいけど」
金田一も息を吐き出した。
「とりあえずしょっぱなから出会わなくてよかった…」
「お前はビビりすぎ」
「お前こそなんでそんな平然としてんだよ」
金田一のほうは練習試合の前と当日の騒動が記憶に焼き付いているせいで自分のところの部長と影山が出会うことがどうしても不安になると言うのに、このチームメイトはどうして平気そうにしているのか。
「まず第一に、岩泉さんが止めるだろ。あと松川さんと花巻さんも」
「まあ、それはな」
3年の先輩達がストッパーになってくれるなら、確かにそんなに不安になることもないのかも知れない。
頷いた金田一の鼻先に、指が突き付けられる。
「第二に」
「第二に?」
「向こうの壁が厚い」
「…ああ、うん」
練習試合のあとの一騒動で及川の前に立ちふさがった烏野の主将の圧を思い出して、金田一は思わず遠い目になった。あれに怯まなかった及川も大概だが。
「それに、何かあったら俺達でも引き離すぐらいはできるだろ」
「う、それは、」
正直怖い。
怖いのだが、それを言うのはいろいろと失格な気がして、金田一は小さく頷いた。
「…そうしないといけないような状況になったら、なんとかがんばる」
大事な存在が傷つくのは嫌だ。自分達の先輩がトラブルを引き起こすのも見たくない。
うん、ともう一度頷いて、金田一は人の波の奥に消えていく黒い集団を見送った。
きっと、彼らは試合を勝ちのぼってくる。それなら、結局、会わせないようにすることなんてできないのだから。そう自分を納得させた。──納得させたのだが。
「さて、まずは烏野の試合を見ておこうか」
次の瞬間の監督の言葉に、思わず顔がひきつる。
「………」
「思ったより早く会うことになったね」
「…おう」
もうなるようになれ、と金田一は荷物を持ち上げた。
「げっ」
「…あー」
菅原と月島のうめき声が聞こえ、影山は振り返った。
「そういや…最初の試合見に来てたよな…、忘れてた…」
隣で日向が頭を抱える。
「………」
ものすごく嫌な予感がしてそろそろと顔を上げると、観客席に白いジャージの集団がいた。
「………」
「ちょっと、何その態度」
「いやあれが当たり前の反応だからな」
思わずため息をつくと、すかさず文句が降ってくる。文句を言った本人は、すぐに隣から小突かれていたが。
同輩達に囲まれて、後ろから襟首を掴まれている状態の及川は、影山の態度にむっとした顔を見せている。それでも、ひとまず普通の雰囲気なことにほっとして、影山はほかのメンバーの顔を見回した。
及川を後ろから捕まえている岩泉は、目が合うと何も言わずに小さく頷いて視線をそらす。影山も、こちらについてはどう態度を取ったらいいのかがよく分からなかったので、そのまま小さく頭を下げた。
及川を抑えるように両脇に陣取った花巻と松川は、見慣れた笑顔でひらひらと手を振ってくる。
そして。
「よ、影山」
「しばらくぶり」
3年達の後ろから顔を出した友人達に、思わず笑顔がこぼれた。
「おう、しばらくぶり」
元先輩達との関係性はやたらとこんがらがってしまったけれど、こうしてためらいもなく元同輩達と話せるのはとても嬉しいことだ。
へらりと笑った影山を見て、金田一と国見はそれぞれ照れたように笑う。だが、その横の及川と岩泉はなんとも言えない顔になった。
「…?」
(なんだ…?)
笑っただけのはずなのだが、何かしてしまったかと影山は首をかしげる。本当に、人間関係は難しい。
「かーげやまー」
だが、直後に肩をぺしりと叩かれて、日向が顔を見上げてきた。
「早くアップしないとだぞ」
「あ、やべ」
慌ててきびすを返す。背中に視線を感じた気がしたが、もう気にしないことにした。
笛が鳴り、試合が始まる。コートを見下ろしながら、花巻は頬杖をついた。
「自分はあんな顔見せてもらえないのに、とか言うなよ。理由はもう分かってるだろ」
後輩達へ向けられた笑顔の衝撃が強かったらしく、無言のまま佇む同輩の表情を横目で眺め、口火を切る。
「………」
及川は無言のまま手すりを握った。さすがにもう分からないとは言えないらしかった。
困った顔でこちらを見ている金田一を安心させるようにひらりと手を振ると、後輩は頷いて国見と一緒に少し奥へと移動する。
烏野の試合を楽しそうに見ている1年2人をちらりと見てから、松川が息をついた。
「分かってるならいい。けど、その態度じゃあいつらが困るから試合までに元に戻っておけよ」
悄然と頷く主将と副主将越しに、花巻と松川は目を合わせ、同時に肩をすくめる。
こちらのやり取りをよそに、コートでは黒髪とオレンジ髪の少年達が何かを話して笑い合っているのが見えた。