32
「…で」
眉間にシワを寄せた月島がじとりと日向の顔を見た。
「なんか覚えがある光景だけど、コレなんの集まり」
日向はクッキーをかじっていた影山の顔をぴっと指差してくる。
「影山周りのトラブル対策会議。ほら、インハイもうすぐじゃん」
「帰っていい?」
「まあまあまあ」
立ち上がりかけた月島の腕をすかさず掴んだ日向は、苦笑いしている山口に顔を向けた。
「ごめんな、急に。これから用事あるんだよな」
(この時期ならたぶんもうジャンフロの練習始めてるはずだよな)
影山は心の中で付け加える。頼まれてすぐに家に上げてくれた山口だが、本当は忙しいはずだ。
「うん、まあ。でももうちょっと時間あるから」
山口はそう言いつつ麦茶を並べた。
「さんきゅ」
「…はあ」
諦め顔で座り直した月島は、出してもらったクッキーを食べ進めていた影山をじろりと睨む。
「本人は危機感なさそうだけど?」
「ん? つまり、及川さんとまためんどくさいことにならないように気をつける話だろ?」
あっという間にクッキーを1枚食べ終わり、麦茶を飲みながら、影山はきょとんとした。
「一応分かってるくせに呑気だよね君」
「理解しててこの態度ってある意味大物だけどね…」
「中学のときはがっつり警戒してたのになんで今はそんなんなんだよ」
チームメイト達に揃って溜め息をつかれて、影山はむっと頬を膨らませる。
「分かってるし、ちゃんと注意する。でも、そんな考えてたってしょうがねえだろ」
中学の時には散々逃げ回った相手だが、逆に言うととにかく距離を取るぐらいしかできることがない。しかも、接点が少なかった中学の頃と違って、試合でほぼ確実に顔を合わせる以上、逃げるのにも限界がある。
「ま、そうなんだけどさー」
このことに関しては基本的に口うるさくなる日向は、困ったように顔を覗き込んできた。
「でも、1人でふらっと離れたりするなよ? 先輩達にも心配かけるし」
「おう」
要するに、基本的にチームで行動していればいいだけだ。別に単独行動がしたいわけでもない影山は、相棒に向かって頷く。
「トイレとかも誰かと一緒に行ってね。一応」
「ちょっと油断した隙に遭遇しても面倒なことになるだけだし」
「分かってる」
「試合後も困るけど、試合前に何かあったらお前だけじゃなくて大王様も全力で戦えなくなるかも知れないからな!」
「それはいやだ」
自分が不調なのも困るが、相手が不安定な状態で試合でぶつかるのも嫌だ。真剣な顔になった影山に、山口が笑い、月島が額を押さえた。
「そこが一番重要なんだね…」
「ほんっとうにバレー馬鹿だね君」
「だって、せっかく試合できるんだぞ」
「そうだな!」
「そこ同意しないでよバレー馬鹿その2」
明るい日差しを浴びながらアスファルトの上に降り立つ。
「テンションあがるな!」
ひょこひょこと跳ねるようにバスを降りてきた日向が隣に立った。
「おう」
懐かしい光景を見渡して、影山も口の端を釣り上げる。
視線の先には体育館の入り口があった。そこからジャージ姿の高校生達が次々と中に入っていく。その奥からもざわざわと賑やかな音が聞こえた。
「ひょあ…」
妙な声が聞こえて振り返ると、体育館を見てぽかんとしている谷地が目に入る。
「お、大きい…人がたくさん…」
日向がへへ、と笑った。
「すげーよな!」
「う、うん」
部内の誰よりも緊張した顔になっている彼女の背中を、清水がとんとんと叩いた。
「大丈夫?」
「ははは、はいい」
がくがくと頷く小さな頭を撫でて清水は苦笑する。
「こんな大きな体育館、なかなか来ないよね。私も初めてここに来たときは緊張した」
ぱち、と大きな目をまたたかせて谷地が顔を上げた。
「清水先輩もですか?」
「うん。ずっと屋外スポーツやってたから大きな体育館はあんまり縁がなかったし、これからここで戦うんだって実感して、どきどきした」
「戦う…」
ぱちぱちと続けてまばたきして、ぽつんと清水の言葉をくり返した谷地は、何か思うところがあったらしい。大きく息を吸って、ぐっと拳を握る。
「が、がんっ、がんばり、ます!」
うんうんと頷いた清水にまた頭を撫でられて、小柄なマネージャーはへにゃ、と笑った。
ほのぼのとしたやり取りに、周囲が和んだ顔になる。影山からはマネージャー達の背後で感涙している田中と西谷が丸見えだったせいでなんとも言えない光景になっていたが。
「「とうとい…」」
その場で膝をついて拝み出しそうな勢いの2人を見て、縁下が額を押さえている。その奥で月島が他人のふりをしたそうな顔になっていた。
「相変わらずというかなんというか」
隣から聞こえた声に影山が振り向くと、木下が楽しそうに笑っている。
「平常運転だな」
「そうっすね」
おおむねいつも通りのメンバーに安心していると、澤村から声がかかった。
「遊んでないで行くぞ」
「はい!」
日向が元気よく返事をして歩き出す。その後に続いて返事をして、影山はぐるりと周りを見渡した。視線の先には、同時に歩き出した烏野の面々がいる。視線に気づいたらしい山口が小さく笑ってくれたのを見て、笑い返した。
(楽しみだな)
“今回”のこのメンバーでは初めての公式戦だ。日向ほどあからさまではないものの、影山もわくわくしながら歩き出す。
そうして、逆行してきた2人にとっては懐かしい、1年次のインターハイが始まった。
眉間にシワを寄せた月島がじとりと日向の顔を見た。
「なんか覚えがある光景だけど、コレなんの集まり」
日向はクッキーをかじっていた影山の顔をぴっと指差してくる。
「影山周りのトラブル対策会議。ほら、インハイもうすぐじゃん」
「帰っていい?」
「まあまあまあ」
立ち上がりかけた月島の腕をすかさず掴んだ日向は、苦笑いしている山口に顔を向けた。
「ごめんな、急に。これから用事あるんだよな」
(この時期ならたぶんもうジャンフロの練習始めてるはずだよな)
影山は心の中で付け加える。頼まれてすぐに家に上げてくれた山口だが、本当は忙しいはずだ。
「うん、まあ。でももうちょっと時間あるから」
山口はそう言いつつ麦茶を並べた。
「さんきゅ」
「…はあ」
諦め顔で座り直した月島は、出してもらったクッキーを食べ進めていた影山をじろりと睨む。
「本人は危機感なさそうだけど?」
「ん? つまり、及川さんとまためんどくさいことにならないように気をつける話だろ?」
あっという間にクッキーを1枚食べ終わり、麦茶を飲みながら、影山はきょとんとした。
「一応分かってるくせに呑気だよね君」
「理解しててこの態度ってある意味大物だけどね…」
「中学のときはがっつり警戒してたのになんで今はそんなんなんだよ」
チームメイト達に揃って溜め息をつかれて、影山はむっと頬を膨らませる。
「分かってるし、ちゃんと注意する。でも、そんな考えてたってしょうがねえだろ」
中学の時には散々逃げ回った相手だが、逆に言うととにかく距離を取るぐらいしかできることがない。しかも、接点が少なかった中学の頃と違って、試合でほぼ確実に顔を合わせる以上、逃げるのにも限界がある。
「ま、そうなんだけどさー」
このことに関しては基本的に口うるさくなる日向は、困ったように顔を覗き込んできた。
「でも、1人でふらっと離れたりするなよ? 先輩達にも心配かけるし」
「おう」
要するに、基本的にチームで行動していればいいだけだ。別に単独行動がしたいわけでもない影山は、相棒に向かって頷く。
「トイレとかも誰かと一緒に行ってね。一応」
「ちょっと油断した隙に遭遇しても面倒なことになるだけだし」
「分かってる」
「試合後も困るけど、試合前に何かあったらお前だけじゃなくて大王様も全力で戦えなくなるかも知れないからな!」
「それはいやだ」
自分が不調なのも困るが、相手が不安定な状態で試合でぶつかるのも嫌だ。真剣な顔になった影山に、山口が笑い、月島が額を押さえた。
「そこが一番重要なんだね…」
「ほんっとうにバレー馬鹿だね君」
「だって、せっかく試合できるんだぞ」
「そうだな!」
「そこ同意しないでよバレー馬鹿その2」
明るい日差しを浴びながらアスファルトの上に降り立つ。
「テンションあがるな!」
ひょこひょこと跳ねるようにバスを降りてきた日向が隣に立った。
「おう」
懐かしい光景を見渡して、影山も口の端を釣り上げる。
視線の先には体育館の入り口があった。そこからジャージ姿の高校生達が次々と中に入っていく。その奥からもざわざわと賑やかな音が聞こえた。
「ひょあ…」
妙な声が聞こえて振り返ると、体育館を見てぽかんとしている谷地が目に入る。
「お、大きい…人がたくさん…」
日向がへへ、と笑った。
「すげーよな!」
「う、うん」
部内の誰よりも緊張した顔になっている彼女の背中を、清水がとんとんと叩いた。
「大丈夫?」
「ははは、はいい」
がくがくと頷く小さな頭を撫でて清水は苦笑する。
「こんな大きな体育館、なかなか来ないよね。私も初めてここに来たときは緊張した」
ぱち、と大きな目をまたたかせて谷地が顔を上げた。
「清水先輩もですか?」
「うん。ずっと屋外スポーツやってたから大きな体育館はあんまり縁がなかったし、これからここで戦うんだって実感して、どきどきした」
「戦う…」
ぱちぱちと続けてまばたきして、ぽつんと清水の言葉をくり返した谷地は、何か思うところがあったらしい。大きく息を吸って、ぐっと拳を握る。
「が、がんっ、がんばり、ます!」
うんうんと頷いた清水にまた頭を撫でられて、小柄なマネージャーはへにゃ、と笑った。
ほのぼのとしたやり取りに、周囲が和んだ顔になる。影山からはマネージャー達の背後で感涙している田中と西谷が丸見えだったせいでなんとも言えない光景になっていたが。
「「とうとい…」」
その場で膝をついて拝み出しそうな勢いの2人を見て、縁下が額を押さえている。その奥で月島が他人のふりをしたそうな顔になっていた。
「相変わらずというかなんというか」
隣から聞こえた声に影山が振り向くと、木下が楽しそうに笑っている。
「平常運転だな」
「そうっすね」
おおむねいつも通りのメンバーに安心していると、澤村から声がかかった。
「遊んでないで行くぞ」
「はい!」
日向が元気よく返事をして歩き出す。その後に続いて返事をして、影山はぐるりと周りを見渡した。視線の先には、同時に歩き出した烏野の面々がいる。視線に気づいたらしい山口が小さく笑ってくれたのを見て、笑い返した。
(楽しみだな)
“今回”のこのメンバーでは初めての公式戦だ。日向ほどあからさまではないものの、影山もわくわくしながら歩き出す。
そうして、逆行してきた2人にとっては懐かしい、1年次のインターハイが始まった。