31
通知音が鳴り、携帯の画面に文字が表示される。
日向から送られてきたラインには、『楽しかったな』と一言書かれていた。
「………」
ぼんやりとその文字を眺め、影山はゆっくりと唇を緩める。
(行ってよかった)
想像していたよりもずっと、あたたかくて、楽しい時間だった。
自分達がいなくなった後の雪ヶ丘バレー部の成長が見れたことも、以前と変わらない笑顔で迎えてもらったことも、面識のない1年達とも穏やかに交流できたことも、嬉しかった。
指を動かし、『楽しかった』と返事をする。
すぐに既読が付き、また通知音が鳴った。
──怖がることなかっただろ?あいつらめちゃくちゃキラキラした目でお前のこと見てたぞ
──うるせえ
文字の代わりにキャラクターが笑っているスタンプが返ってくる。お返しに怒った顔のスタンプを選んで送ると、『ごめんごめん』と返事が来た。
文字では謝ってはいるものの、画面の向こうで笑っている日向の顔が見えた気がして、もう一度同じスタンプを送ってからラインを閉じる。
ベッドの上で天井をぼんやりと見上げて、影山は今日のことを思い起こした。
新入部員に会うことができて、いろいろなことを教えることができて、川島達の成長を見ることができて。卒業したあとの話を、たくさん聞けて。ハンデ付きにしたが、試合も少しして、現在の雪ヶ丘チームの実力を見ることができた。
息を乱しながらもコートの中を目一杯走る2年達と、まだまだ動き方が分からないようではあるもののボールを落とさないように懸命になる1年達。勿論、試合をする以上こちらも全力で打ち負かすことになったので悔しがられたが、──あれならきっと、試合を勝ち進むことだってできる。
今日の記憶に浸りながら、うとうととしそうになったその時。
少しの間静かになっていた携帯がまた通知音を鳴らした。
画面を見ると、『あいつらに負けてらんないな』とだけ書かれている。
「………」
無意識のうちに、それまでとは違う理由で、口元が笑っていた。『そうだな』と打ち込む。
そうだ、ただ後輩達の成長を喜んでどうする。自分達だって、インターハイが迫っているのに。
(あいつらより、もっともっと成長して、強くならねえといけないのに)
あたたかな満足感に、そわそわとした感覚が混じる。
明日の練習が、ひどく楽しみだった。
厳しい練習でかいた汗を拭っていた日向があ、と声を上げる。
「んあ?」
影山が振り返ると、近くで帰る支度をしていた月島と山口もくるりと振り返った。少し離れた場所にいた木下が吹き出す。
「なんか行動が似てきたな、お前ら」
月島があからさまに嫌そうな顔をして、山口が苦笑した。
「そうすか?」
影山がきょとりと首をかしげると、木下は楽しそうにこちらに寄ってくる。
「いつもばらばらなのにさ、時々急に同じことするんだよな」
「たまたま同じ動きしたぐらいで似てるとか言われたくないんですケド」
月島がますます嫌そうな顔になり、鼻にしわを寄せた。残念ながら、木下はけらけらと笑うだけであまり気にしていなさそうだったが。
そうだったか? とますます首をかしげていた影山だったが、日向が体育館の端のほうに駆け寄るのを見てそちらに意識が逸れた。
「それ! 雑誌!」
「お、見るか?」
何を興奮してるのかと思えば、どうやら菅原達が見ている雑誌に気付いたかららしい。
(そういや、“前回”も見てたな)
そこでようやく、影山はこの光景を“前回”も見たことを思い出した。本当にささやかな出来事で、すっかり忘れていたのだが、日向にとっては印象深かったのかもしれない。
あの雑誌には、確か、牛島が載っている。“今回”ではまだ出会っていない、というか今のところ出会う機会もない相手だが、“前回”では何かと縁があった選手だ。
影山も雑誌を囲む輪に近付く。日向の勢いが気になったらしく、月島達も一緒に寄ってきた。
思った通り、1ページを丸々使って牛島の写真が載っているのを見て、日向が満足そうに息をつく。
「なんだー? ウシワカが見たかったのか?」
田中が不思議そうに日向の表情を見た。
「へへ」
日向が否定せずに笑って見せたので、田中は有名だからな、と納得した。
その顔を、月島がじっと見ていることに気付いて、影山は瞳をまたたかせる。
「月島?」
後ろに回り込み、声をかけると、月島は一拍してから振り向いた。
「何」
「なんか変な顔してた」
「…またアレか、って思っただけ」
「あれ?」
アレとはいったいなんのことだ。
「なんか遠くを見てるような、…というか昔を思い出してるような顔。前も指摘したけど」
「俺もツッキーが言ったから気付いたけど、2人ともけっこうよくその顔するよね」
山口が隣で同意する。
「…あー」
日向が牛島の写真を確認した時の表情から気付かれたらしい。
前に言っていた通り、それ以上突っ込む気はないらしい月島は、帰る、と言って離れていった。山口もそれを追いかけるように歩き出そうとして、不意に立ち止まって振り返る。
「2人のその顔はさ、悪い理由じゃないよね?」
「ん」
悪いことでもなんでもない。“前回”の世界に帰りたいというわけでもない。ただ、こうして“前回”と同じことが起きると、ふっと懐かしくなるだけで。
「ならいいや。何かよくないことを抱え込んでるなら心配だけど、そうじゃないなら何も訊かない」
山口は笑って言葉を続ける。
「2人とも、秘密の宝物を見てるみたいな顔するから、ちょっと気になるけどね」
それだけ一気に言うと、山口は待ってよツッキー! と叫びながら駆けていった。
その後ろ姿を眺め、影山は頭をかく。
精神年齢は、自分達のほうが上だ。だから、自分達のほうが余裕があることのほうが断然多い。
なのに、同輩達まで“前回”の今頃よりもなんとなく大人びてきたのは、どうしてなのか。
──その変化は、日向と影山の言動が影響してるのだが、そのことには気付いていない影山だった。
日向から送られてきたラインには、『楽しかったな』と一言書かれていた。
「………」
ぼんやりとその文字を眺め、影山はゆっくりと唇を緩める。
(行ってよかった)
想像していたよりもずっと、あたたかくて、楽しい時間だった。
自分達がいなくなった後の雪ヶ丘バレー部の成長が見れたことも、以前と変わらない笑顔で迎えてもらったことも、面識のない1年達とも穏やかに交流できたことも、嬉しかった。
指を動かし、『楽しかった』と返事をする。
すぐに既読が付き、また通知音が鳴った。
──怖がることなかっただろ?あいつらめちゃくちゃキラキラした目でお前のこと見てたぞ
──うるせえ
文字の代わりにキャラクターが笑っているスタンプが返ってくる。お返しに怒った顔のスタンプを選んで送ると、『ごめんごめん』と返事が来た。
文字では謝ってはいるものの、画面の向こうで笑っている日向の顔が見えた気がして、もう一度同じスタンプを送ってからラインを閉じる。
ベッドの上で天井をぼんやりと見上げて、影山は今日のことを思い起こした。
新入部員に会うことができて、いろいろなことを教えることができて、川島達の成長を見ることができて。卒業したあとの話を、たくさん聞けて。ハンデ付きにしたが、試合も少しして、現在の雪ヶ丘チームの実力を見ることができた。
息を乱しながらもコートの中を目一杯走る2年達と、まだまだ動き方が分からないようではあるもののボールを落とさないように懸命になる1年達。勿論、試合をする以上こちらも全力で打ち負かすことになったので悔しがられたが、──あれならきっと、試合を勝ち進むことだってできる。
今日の記憶に浸りながら、うとうととしそうになったその時。
少しの間静かになっていた携帯がまた通知音を鳴らした。
画面を見ると、『あいつらに負けてらんないな』とだけ書かれている。
「………」
無意識のうちに、それまでとは違う理由で、口元が笑っていた。『そうだな』と打ち込む。
そうだ、ただ後輩達の成長を喜んでどうする。自分達だって、インターハイが迫っているのに。
(あいつらより、もっともっと成長して、強くならねえといけないのに)
あたたかな満足感に、そわそわとした感覚が混じる。
明日の練習が、ひどく楽しみだった。
厳しい練習でかいた汗を拭っていた日向があ、と声を上げる。
「んあ?」
影山が振り返ると、近くで帰る支度をしていた月島と山口もくるりと振り返った。少し離れた場所にいた木下が吹き出す。
「なんか行動が似てきたな、お前ら」
月島があからさまに嫌そうな顔をして、山口が苦笑した。
「そうすか?」
影山がきょとりと首をかしげると、木下は楽しそうにこちらに寄ってくる。
「いつもばらばらなのにさ、時々急に同じことするんだよな」
「たまたま同じ動きしたぐらいで似てるとか言われたくないんですケド」
月島がますます嫌そうな顔になり、鼻にしわを寄せた。残念ながら、木下はけらけらと笑うだけであまり気にしていなさそうだったが。
そうだったか? とますます首をかしげていた影山だったが、日向が体育館の端のほうに駆け寄るのを見てそちらに意識が逸れた。
「それ! 雑誌!」
「お、見るか?」
何を興奮してるのかと思えば、どうやら菅原達が見ている雑誌に気付いたかららしい。
(そういや、“前回”も見てたな)
そこでようやく、影山はこの光景を“前回”も見たことを思い出した。本当にささやかな出来事で、すっかり忘れていたのだが、日向にとっては印象深かったのかもしれない。
あの雑誌には、確か、牛島が載っている。“今回”ではまだ出会っていない、というか今のところ出会う機会もない相手だが、“前回”では何かと縁があった選手だ。
影山も雑誌を囲む輪に近付く。日向の勢いが気になったらしく、月島達も一緒に寄ってきた。
思った通り、1ページを丸々使って牛島の写真が載っているのを見て、日向が満足そうに息をつく。
「なんだー? ウシワカが見たかったのか?」
田中が不思議そうに日向の表情を見た。
「へへ」
日向が否定せずに笑って見せたので、田中は有名だからな、と納得した。
その顔を、月島がじっと見ていることに気付いて、影山は瞳をまたたかせる。
「月島?」
後ろに回り込み、声をかけると、月島は一拍してから振り向いた。
「何」
「なんか変な顔してた」
「…またアレか、って思っただけ」
「あれ?」
アレとはいったいなんのことだ。
「なんか遠くを見てるような、…というか昔を思い出してるような顔。前も指摘したけど」
「俺もツッキーが言ったから気付いたけど、2人ともけっこうよくその顔するよね」
山口が隣で同意する。
「…あー」
日向が牛島の写真を確認した時の表情から気付かれたらしい。
前に言っていた通り、それ以上突っ込む気はないらしい月島は、帰る、と言って離れていった。山口もそれを追いかけるように歩き出そうとして、不意に立ち止まって振り返る。
「2人のその顔はさ、悪い理由じゃないよね?」
「ん」
悪いことでもなんでもない。“前回”の世界に帰りたいというわけでもない。ただ、こうして“前回”と同じことが起きると、ふっと懐かしくなるだけで。
「ならいいや。何かよくないことを抱え込んでるなら心配だけど、そうじゃないなら何も訊かない」
山口は笑って言葉を続ける。
「2人とも、秘密の宝物を見てるみたいな顔するから、ちょっと気になるけどね」
それだけ一気に言うと、山口は待ってよツッキー! と叫びながら駆けていった。
その後ろ姿を眺め、影山は頭をかく。
精神年齢は、自分達のほうが上だ。だから、自分達のほうが余裕があることのほうが断然多い。
なのに、同輩達まで“前回”の今頃よりもなんとなく大人びてきたのは、どうしてなのか。
──その変化は、日向と影山の言動が影響してるのだが、そのことには気付いていない影山だった。