30
ぱしん、と音を立ててボールが跳ねる。
「んー、ちょっと違うな」
おいでおいで、と手招きすると、ボールを打って見せた1年部員がとことこと寄ってきた。2つ下である川島達も初めて会った時は小さく感じたものだが、3学年も離れていると本当にまだまだ小さな体だと思う。
「えーっと、…川島ー」
一瞬呼ぼうとした相棒は、少し離れたところでセッター候補だという別の1年のフォームをチェックしているようだった。代わりに声をかけた川島がこちらに寄ってくる。
「トス上げてくれ。高めのやつ」
「あ、はい!」
影山ほどではないが、日向も口で説明するのは苦手だ。だが、手本を見せた上で教えるのは、それなりに慣れている。
1年が邪魔にならない位置にずれるのを待って、川島にボールを放つ。
日向達が卒業してからもトスの練習はしていたと言う川島は、安定した動きでボールを上げてくれた。
ぐっと床を蹴り、伸ばした掌でしっかりとボールを捉え、打ち出す。バシン、と低い音が響いた。
「すっげえ」
目を丸くして、思わずという感じで歓声を上げた1年に笑いかける。
「何が違うか分かったか?」
「音が違います!」
元気よく返事をした1年の頭をわしわしと撫でる。
「そうだなー。音が違うってことは、ボールの勢いが違うってことだろ」
「はい!」
話をしつつも、視界の隅でそわそわとこちらを気にしている川島を見つけ、ぐっと親指を立てて見せた。
2年の面々がきちんと教えているらしいことは、少し見ているだけで分かる。まだバレーを始めてから大して経っていない1年達も、それなりに様になっていると思う。
それでも、日向が教えてやれることはあった。それだけだ。
(ちゃんと先輩やれてるから大丈夫だぞー)
伝えようとしたことが分かったのか、川島はほっとした顔になる。
「日向先輩?」
隣できょとん、と首をかしげる少年ににっと笑いかけた。
「まだ直せるところはあるけど、ちゃんと基礎から教えてもらってるんだなって思ってさ」
日向達は1年間だけしか教えることはできなかった。もっと教えられることはきっとあった。
けれど、きちんと次の代に教えることができるほどに、元後輩達は成長している。
「…? えっと、はい。たくさん、教えてもらってます」
唐突な言葉に不思議そうな顔をした1年は、それでも、明るい声で返事をしてくれる。
うんうんと頷いた日向は、指導の続きに戻った。
サーブ見てみたいです、と言われた影山は、ぱちりとまたたいた。
なぜ突然サーブ、と近くにいた鈴木を見る。
「あ、先輩のサーブの話したことあるんです。それで、ずっと気になってたらしくて」
鈴木のフォローを受けてえへへ、と笑う1年を見て、影山は少し考えて頷いた。
「分かった」
周りを見渡し、なるべく安全そうな位置まで下がる。
「鈴木、危ないから、」
「分かりました!」
離れろ、と続ける前に反応した鈴木が後輩を引き連れて離れた。ほかの1年もすばやく壁際に寄らせている鈴木を驚いて眺めたあと、影山は目を細めた。
期待に満ちた視線を受けながら、いつも通りに呼吸を整え、それから飛び出す。
ぐっと床を蹴り、宙に浮いたボールを全身を使って打ち出した。
「…、よし」
今日もいい調子だ、と思う。
激しい音を立てて跳ねたボールを見て1つ頷き、それから、体育館が妙に静かなことに気付いて首をかしげる。
「…?」
よく見ると、バレー部の1年達だけでなく、近くにいたほかの部の部員達までぽかんとした顔をしていた。日向は楽しそうににやにやしているし、2年達もなぜか嬉しそうにしているが。
「…す、ごい」
サーブが見たいと言い出した本人とは言えば、始めは絶句していたものの、やがて目を輝かせて駆け寄ってきた。
「すごいです! えと、あの、ほんとに、思ってたのよりめちゃくちゃすごかったです!」
語彙力が追いつかないらしく、わたわたと手を動かして興奮を伝えようとする1年に、思わず照れて頭をかく。
「おう」
影山のほうも語彙力にあふれた返事などできない。結果的に返事はそれだけになってしまったものの、“前回”の子供の頃と違って表情だけで照れたのが分かりやすいおかげか、相手は気にした様子もなくにこにこと笑っている。
と、それまでぽかんとしたままだったほかの1年達が一斉に駆け寄ってきた。
「ほんと、すげえ音でびっくりしました!」
「おう」
「かっこよかったです!」
「お、おう?」
すごいすごいと口々に褒められて影山は赤くなる。
うろうろと瞳をさまよわせるが、日向は1年達の後ろで笑い転げていて助けに来る気配はない。思わずそちらを睨みつけたところで、川島が割って入った。
「こら、先輩困ってるから」
慌てて1年達が少し離れるのを見てやれやれというように苦笑いした川島は、くるりと影山のほうを振り返る。
「でも、本当にすごかったです。去年よりも!」
「まあ、力も強くなったしな」
二度目の人生だろうがなんだろうが体のほうは成長中なのだから、当然サーブの威力も上がっている。
「これからきっと、もっと強いサーブになるぞ」
いつの間にか寄ってきた日向が、面白そうにそう言った。一応は笑い止んだらしいが、よく見るとまだ唇がぴくぴくしている。
「もっと強くなるんですか?」
「今でも床に穴空きそうなのに」
日向はきょとんとする1年達の顔を覗き込むように軽く屈んだ。
「そのうち本当に空くかもな!」
「えっ」
「おい」
「いでっ」
さすがに冗談がすぎる。半眼になった影山は、日向の背中を小突いた。
「空くわけあるか」
「ごめんごめん、冗談だから」
信じかけていたらしく、少しほっとした顔になった1年を見て、影山は思わず額にシワを寄せる。
「普通に考えて、穴なんか空かねえよ」
いくら強力なサーブであっても、それで穴が空くようであれば、体育館の床が脆すぎる。
厚木がけらけらと笑った。
「だって、先輩のサーブめちゃくちゃ強いから、穴も空けられそうな気がしちゃいます」
「お前も言うか」
大きく息をついて見せたものの、厚木がいっそうのこと楽しそうに笑うので、しかめっ面が保てない。
一緒になって笑っている日向の背中はもう一度小突き、影山は目尻を緩めた。
「んー、ちょっと違うな」
おいでおいで、と手招きすると、ボールを打って見せた1年部員がとことこと寄ってきた。2つ下である川島達も初めて会った時は小さく感じたものだが、3学年も離れていると本当にまだまだ小さな体だと思う。
「えーっと、…川島ー」
一瞬呼ぼうとした相棒は、少し離れたところでセッター候補だという別の1年のフォームをチェックしているようだった。代わりに声をかけた川島がこちらに寄ってくる。
「トス上げてくれ。高めのやつ」
「あ、はい!」
影山ほどではないが、日向も口で説明するのは苦手だ。だが、手本を見せた上で教えるのは、それなりに慣れている。
1年が邪魔にならない位置にずれるのを待って、川島にボールを放つ。
日向達が卒業してからもトスの練習はしていたと言う川島は、安定した動きでボールを上げてくれた。
ぐっと床を蹴り、伸ばした掌でしっかりとボールを捉え、打ち出す。バシン、と低い音が響いた。
「すっげえ」
目を丸くして、思わずという感じで歓声を上げた1年に笑いかける。
「何が違うか分かったか?」
「音が違います!」
元気よく返事をした1年の頭をわしわしと撫でる。
「そうだなー。音が違うってことは、ボールの勢いが違うってことだろ」
「はい!」
話をしつつも、視界の隅でそわそわとこちらを気にしている川島を見つけ、ぐっと親指を立てて見せた。
2年の面々がきちんと教えているらしいことは、少し見ているだけで分かる。まだバレーを始めてから大して経っていない1年達も、それなりに様になっていると思う。
それでも、日向が教えてやれることはあった。それだけだ。
(ちゃんと先輩やれてるから大丈夫だぞー)
伝えようとしたことが分かったのか、川島はほっとした顔になる。
「日向先輩?」
隣できょとん、と首をかしげる少年ににっと笑いかけた。
「まだ直せるところはあるけど、ちゃんと基礎から教えてもらってるんだなって思ってさ」
日向達は1年間だけしか教えることはできなかった。もっと教えられることはきっとあった。
けれど、きちんと次の代に教えることができるほどに、元後輩達は成長している。
「…? えっと、はい。たくさん、教えてもらってます」
唐突な言葉に不思議そうな顔をした1年は、それでも、明るい声で返事をしてくれる。
うんうんと頷いた日向は、指導の続きに戻った。
サーブ見てみたいです、と言われた影山は、ぱちりとまたたいた。
なぜ突然サーブ、と近くにいた鈴木を見る。
「あ、先輩のサーブの話したことあるんです。それで、ずっと気になってたらしくて」
鈴木のフォローを受けてえへへ、と笑う1年を見て、影山は少し考えて頷いた。
「分かった」
周りを見渡し、なるべく安全そうな位置まで下がる。
「鈴木、危ないから、」
「分かりました!」
離れろ、と続ける前に反応した鈴木が後輩を引き連れて離れた。ほかの1年もすばやく壁際に寄らせている鈴木を驚いて眺めたあと、影山は目を細めた。
期待に満ちた視線を受けながら、いつも通りに呼吸を整え、それから飛び出す。
ぐっと床を蹴り、宙に浮いたボールを全身を使って打ち出した。
「…、よし」
今日もいい調子だ、と思う。
激しい音を立てて跳ねたボールを見て1つ頷き、それから、体育館が妙に静かなことに気付いて首をかしげる。
「…?」
よく見ると、バレー部の1年達だけでなく、近くにいたほかの部の部員達までぽかんとした顔をしていた。日向は楽しそうににやにやしているし、2年達もなぜか嬉しそうにしているが。
「…す、ごい」
サーブが見たいと言い出した本人とは言えば、始めは絶句していたものの、やがて目を輝かせて駆け寄ってきた。
「すごいです! えと、あの、ほんとに、思ってたのよりめちゃくちゃすごかったです!」
語彙力が追いつかないらしく、わたわたと手を動かして興奮を伝えようとする1年に、思わず照れて頭をかく。
「おう」
影山のほうも語彙力にあふれた返事などできない。結果的に返事はそれだけになってしまったものの、“前回”の子供の頃と違って表情だけで照れたのが分かりやすいおかげか、相手は気にした様子もなくにこにこと笑っている。
と、それまでぽかんとしたままだったほかの1年達が一斉に駆け寄ってきた。
「ほんと、すげえ音でびっくりしました!」
「おう」
「かっこよかったです!」
「お、おう?」
すごいすごいと口々に褒められて影山は赤くなる。
うろうろと瞳をさまよわせるが、日向は1年達の後ろで笑い転げていて助けに来る気配はない。思わずそちらを睨みつけたところで、川島が割って入った。
「こら、先輩困ってるから」
慌てて1年達が少し離れるのを見てやれやれというように苦笑いした川島は、くるりと影山のほうを振り返る。
「でも、本当にすごかったです。去年よりも!」
「まあ、力も強くなったしな」
二度目の人生だろうがなんだろうが体のほうは成長中なのだから、当然サーブの威力も上がっている。
「これからきっと、もっと強いサーブになるぞ」
いつの間にか寄ってきた日向が、面白そうにそう言った。一応は笑い止んだらしいが、よく見るとまだ唇がぴくぴくしている。
「もっと強くなるんですか?」
「今でも床に穴空きそうなのに」
日向はきょとんとする1年達の顔を覗き込むように軽く屈んだ。
「そのうち本当に空くかもな!」
「えっ」
「おい」
「いでっ」
さすがに冗談がすぎる。半眼になった影山は、日向の背中を小突いた。
「空くわけあるか」
「ごめんごめん、冗談だから」
信じかけていたらしく、少しほっとした顔になった1年を見て、影山は思わず額にシワを寄せる。
「普通に考えて、穴なんか空かねえよ」
いくら強力なサーブであっても、それで穴が空くようであれば、体育館の床が脆すぎる。
厚木がけらけらと笑った。
「だって、先輩のサーブめちゃくちゃ強いから、穴も空けられそうな気がしちゃいます」
「お前も言うか」
大きく息をついて見せたものの、厚木がいっそうのこと楽しそうに笑うので、しかめっ面が保てない。
一緒になって笑っている日向の背中はもう一度小突き、影山は目尻を緩めた。