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「影山ー」

「………」

「お前、不審者みたいだぞ」

知ってる、と返事をした影山は、明らかに挙動不審だった。今いるのは中学校の門の前であり、2人は烏野の黒いジャージを着ているので、一歩間違えれば通報されそうだ。

きょろきょろと周囲を見渡している相棒の隣で、日向はラインを開く。

「これから門まで来るってさ」

「ん」

ぴくっと肩を跳ね上げる影山を見ながら、日向は返事を打ち込む。

「影山が落ち着かないから早く来てやってって言っといた。…いって!」

どす、と肘鉄を食らう羽目になった日向は、肘が食い込んだ腕をさすった。

「なんだよー。本当のことだろ」

「うるせえボゲ」

相変わらずのパターンの少ない罵倒に、しょうがないやつだな、と日向は肩をすくめて見せる。

「もうそろそろ来るんじゃねーの? そろそろそのしかめっ面やめろよ」

「…あとで覚えてろよ」

「分かった分かった」

からかいすぎたか、と思う。この調子だと、帰りに何かおごらされるかも知れない。

日向が財布の中身を思い出そうとしたその時。

「先輩! せんぱーい!」

元気な声が飛んできた。

「おー、久しぶり!」

嬉しそうに駆けてくる声の主──厚木に、日向は手を振る。

「お久しぶりです!」

近くまで駆けてきた厚木は、2人の目の前で止まると、ばっと頭を下げた。その勢いに、下校するらしい周囲の中学生達が驚いたように振り向く。

「久しぶり」

影山にも声をかけられて、厚木はさらに嬉しそうに笑った。

「影山先輩! お久しぶりです! 来てくれて嬉しいです!」

ぴょこぴょこと寄ってくる元後輩に、影山も少し気恥ずかしそうに頷く。こんなに熱烈に歓迎されるとは思っていなかったのかもしれない。

(そういえばこいつ、影山にめちゃくちゃ懐いてたもんな)

もしも尻尾があればぶんぶんと振っていただろうと思ってしまうぐらい元気よくまとわりついている厚木に、懐かしい気持ちになる。

「みんな楽しみにしてたんです!」

「へへへ、そんな歓迎されると照れるな!」

思わず厚木の背中を軽く叩くと、厚木もえへへ、と笑った。

「1年の中でも、去年の試合見てたって言ってるやついるんです」

「まじで? 最初の1戦だったのによく見てたなー」

「たまたまだったらしいんですけど。でも、あの試合がきっかけでバレー部入ってくれたんですよ」

話ながらもずっと笑顔を振りまいている厚木の向こうで、影山の顔がだんだんと緩んでいくのが視界に入り、日向は笑いをこらえた。気持ちは分かる。先輩達と過ごす今の烏野での環境は大好きだが、それはそれとして後輩というのは卒業してからも相変わらず可愛い。

影山があれほど連絡をためらっていたのも、可愛い後輩にうるさがられることを怖がっていたのかも知れない。

そう思うと、厚木にまとわりつかれて嬉しそうな影山が、余計に微笑ましく見えた。





前を歩いていた厚木が体育館に入っていく。

扉の外で立ち止まった影山は、そっと体育館の中を覗いた。

扉の隙間から、バスケットボールをドリブルしながら走っていく少年や、バドミントンのシャトルを打ち合う少女達が見える。体育館を1つ丸ごと使っている烏野バレー部に入ってからは見なくなった光景だ。

「前よりも使えるスペース増えたって言ってたけど、どのぐらいになったんだろうな」

呑気にそう言っている日向は、まったく緊張していないらしい。影山の顔を見上げて、けらけらと笑った。

「緊張しすぎだって! みんな楽しみにしてるって厚木も言ってただろ」

「うるせえ」

自分でもなぜそこまで緊張しているのかはよく分かっていない。厚木がとても嬉しそうに笑ってくれてほっとしたはずなのに、体育館に着いた途端、やたら緊張してしまっている。

「んー、今年の1年に会うのが不安か?」

ひょい、と軽い調子で投げかけられた言葉に、驚いて瞳をまたたかせた。

「なんでだよ」

「別に理由はないけど。カンだな!」

「………」

そうかもしれない、と思う。

ラインで川島が喜んでくれた。厚木も明るく迎えてくれた。だから、森や鈴木に会うことを考えても緊張はしない。

ただ、面識のない1年が、突然やってきた高校生をどう思うのか、というのが気になってしまう。

「今だけはお前の見た目がうらやましい」

「あ、どういう意味だそれ」

べしんと腕を叩かれたのでお返しに頭をはたいた。いって、と頭をさすっていた日向は、ぱたぱたと走ってくる足音に気付き、くるりと振り返る。

「入って大丈夫ですよ」

厚木がひょこ、と顔を出した。その後ろから別の頭が覗く。

「お久しぶりです!」

「森ー! 久しぶりだなー!」

記憶よりも少し大人びた森が、えへへ、と笑ってぺこりと頭を下げた。

森が顔を引っ込めると、日向は弾んだ足取りで体育館に上がる。日向の後ろで、影山も靴を履き替えた。

短い石段を登り、一呼吸置いてから、思い切って体育館の中に入る。

「あ、お前ら挨拶」

途端、聞き覚えのある声が横から飛んできた。そのあとに続いて、ちわっす、と元気のいい声が数人分響く。

扉の近くで、幼い顔立ちの少年が4人、並んでいた。その両脇に、鈴木と、声の主らしき川島がいる。

ぱっと日向が笑顔になった。

「おおー! ほんとに1年入ったんだなー!」

元気よく突進しようとした日向の襟首をすんでのところで捕まえる。ぐえ、という声が聞こえた。

「急に突っ込むな」

日向の勢いで飛びつかれると相手が引いてしまうので、“前回”でも誰かしらが捕まえていたことが多い。特に、相手が年下の子供である場合は。

“前回”では月島や山口によく説教されていたのを見ていたが、今止められるのは自分しかいない。そんなわけで、日向が突進した時にはきちんと止めなければ、とこっそり思っていた影山だ。

後ろにいた厚木が吹き出し、1年達からもちらほらと笑いが漏れる。

「…かっこ悪い登場になった」

「自分のせいだろ」

えー、と口を尖らせる日向を見て、森がにこにこと笑った。

「相変わらずですね」

なんだそれ、と日向がますますぶすくれて、さらに笑いが起きる。

周囲が明るい空気に包まれたのを感じ、影山は無意識に体の緊張を解いた。
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