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「影山」

「おう」

厳しい練習の合間の休憩時間。

開け放った扉から入ってくる風に当たっていた影山は、隣に立った日向に声をかけられた。

「川島から連絡あったんだけど、インハイはなんとか見にくるって」

「ほんとか!?」

ちょうどテスト期間にかぶるかもしれない、という話を聞いていたせいで内心そわそわしていた影山は、思わず伸び上がるようにして日向の顔を見る。

「4人とも一応は来れるってさ」

そんなに長くはいれないらしいけど、と日向は続ける。

「それでも、嬉しいよな」

自分達をずいぶんと慕ってくれた後輩達に応援されるのは少し照れる。

けれど、そういう存在がいてくれることはとても幸福だと思う。

「それでさ」

「まだなんかあんのか?」

話は終わりかと思っていた影山は、日向がまた口を開いたことに首をかしげた。日向は返事の代わりに、なぜか携帯の画面を見せてくる。

「ほら」

見せられたのはラインの画面で、日向が『近いうちに遊びに行ってもいい?』と訊いていた。図々しい質問に呆れた影山だったが、その下の川島の返事に目をまたたかせる。

──いつでも来てください!

──新しく入った1年達もがんばってます!先輩にも紹介したいです!

──あと、影山先輩も、来てくれますか?また会いたいです

明るい文面は、卒業した上級生をずいぶんと歓迎してくれているようだった。

「あいつら、寂しがってたぞー。影山とはあんまりラインで話さないってさ」

にやにやと笑う日向から目を逸らした。

「…ちょっとは話してる」

卒業したあと、卒業校の後輩と話すというのは“前回”でもいくらもあったことだ。いくらでもあったのだが、影山はいまだに元後輩と交流する、ということに慣れることができない。元同級生という立場になった“前回”での月島達や、“今回”の泉達とはごく普通に話しているのに何が違うのかと、日向によく言われている。

「なんか、図々しいだろ。卒業したのに」

「お前卒業した先輩達にかまわれてこっそり喜んでたのに何言ってんの」

「………」

“前回”の高校時代の懐かしい思い出を引っ張り出され、影山は反論できずに黙った。

「…遊びにいくなら、俺も行く」

「よし! それじゃそれを、じ、ぶ、ん、で、言っとけよー」

「それ、ぐらい言われなくてもする!」

明らかにからかっている言い方に、思わず眉間に力が入る。ついつい相棒を睨んでしまったが、日向はそれを見ることなく離れていってしまった。

「…はあ」

溜め息をつくのと同時に練習を再開するという声が飛んできて、影山は切り替えるように頭を振る。

あとで連絡すること、と頭の片隅に書き留め、立ち上がった。





【影山・川島ライン】

かげかげ:川島(・ω・)ノ
かげかげ:日向からきいたんだけど
かげかげ:インハイ来れるって

友喜:あ、はい!
友喜:行きます!

かげかげ:ん、わかった(`・ω・´)
かげかげ:楽しみにしてる( ´ ω ` )

友喜:俺も楽しみです

かげかげ:あと
かげかげ:…あー

友喜:先輩?

かげかげ:なんか、日向が部活に遊びに行きたいって言ってたんだろ?

友喜:はい

かげかげ:俺も、そのとき行っていいか|ω・)?
かげかげ:来週の月曜は早く帰るから
かげかげ:そんときに行くかって日向と話してる

友喜:え、来てくれるんですか!
友喜:待ってます!
友喜:みんな喜びます!

かげかげ:…邪魔じゃないなら

友喜:邪魔とかないです!
友喜:日向先輩には言ったんですけど、影山先輩にも会いたかったです

かげかげ:じゃあ、いく( ´ ▽ ` )ノ
かげかげ:ほかのやつらにも言っといてくれるか?

友喜:分かりました

かげかげ:さんきゅ

かげかげ:おやすみ

友喜:おやすみなさい!来週楽しみにしてますね!





【日向・川島ライン】

ひなひな:川島ー
ひなひな:遊びに行きたいって言ってた話なんだけど

友喜:来週の月曜ですよね?
友喜:影山先輩からラインきました

ひなひな:お、あいつちゃんと連絡したのか

友喜:ちゃんと連絡きました

ひなひな:よかったよかった
ひなひな:あいついつもえらそーなのに変なとこで遠慮するからな

友喜:遠慮?ですか?

ひなひな:卒業したのに絡んでいいのか分かんないんだってさ

友喜:なんとなく…分かるような…

ひなひな:同級生だったやつらとはそんなの気にしないで絡んでるんだけどな

友喜:たぶん、部のことに口出ししないようにしてくれてるんだと思います
友喜:影山先輩って、自分が口出していいかどうか、けっこう気を使ってくれますよね

ひなひな:まあ、自分の正義ばっかり押し付けたらとんでもないことになるっていうのは知ってるからな

ひなひな:でも遠慮してるだけで話せるのはうれしいみたいだからε-(´∀`; )
ひなひな:たまにそっと話しかけてきたらかまってやって!

友喜:はい!





「母校に遊びに行く? そっか、それで影山がなんだかふわふわしてるんだ」

いつもの4人で集まった月曜の昼休み。

日向が放課後の予定を話題に出すと、山口が納得した顔で頷いた。“ふわふわしてる”と表現されたほうは、納得できずに半眼になる。

「ふわふわってなんだよ」

「顔がゆるゆるになってるんだけど、自覚ないわけ?」

山口が何か言う前に、今にも鼻で笑いそうな顔で月島が返事をした。

「んぬ」

少なからず自覚はあったらしく、影山は凶悪な目付きになって口を尖らせる。

「…行きたかったんだから、しょうがねえだろ。会いにいくとか、していいのか分からなかったから、黙ってたけど」

「うーん、確かに俺も中学校にわざわざ顔出すつもりはないけど」

山口は首をかしげた。

「それだけ仲よかったなら別に気後れすることもないんじゃないかな?」

「卒業してから中学行くとか、したことない」

「何言ってるの。卒業してから大して経ってないんだからそういうものデショ」

月島が胡乱げな顔をする。

「あー、まあ、影山ってそういう繊細な部分なさそうなのに変なところで引っかかるやつだから」

しょうがない、と日向が肩をすくめると2人はそういえばそうかも、と頷いた。それを確認してから、日向はちらりと影山に視線を向ける。

(中学に行く、っていうのが引っかかってるんだろうな)

なぜなら、そればかりは、“前回”でも経験がないことだからだ。

むしろ、“前回”の状況を考えればどうしたってあり得ないことで、影山にとっては、高校や大学に行くこととは意味合いが違う。だから不安になるのだろう。

「中学の後輩、俺にも影山先輩はどうしてますかってめちゃくちゃ聞いてくるんだよー。もっとかまってやればいいのにな」

「うるさい」

「あはは、慕われてるね」

だから、日向はかまってやれ、とくり返す。

雪ヶ丘中学は影山の大事な場所であり続けてくれるのだと、本人が実感するまで、くり返すつもりだった。
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