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最初にそれに気付いたのは、“前回”の記憶を持つ日向と影山だったのだと思う。
「っと、」
“前回”で親しくなった小柄な上級生が、ボールの下に滑り込む。結果的に、1歩間に合わずにボールは床で跳ねることになったが、その瞬間、日向は思わず相棒と視線を合わせた。
(来た)
今ボールを打ったのは日向だ。影山から出されたトスは、いつも通り正確に届き、日向の手によって床に叩き付けられている。だが、その途中、正面で道を阻もうとしたブロッカー達を見て、日向は即座にボールを打ち出す向きを変えた。そのおかげでこうして点が入ったわけだが、──その軌道変更そのものが、相手の狙いだったのでは、というのが日向の予想だ。
このまま速攻を出すばかりでは、そう時間が経たないうちに追いつかれる。自分の記憶とすり合わせても、それはほぼ間違いないと思う。
さすがはネコ、と心の中で感心した。
ぐるりと見渡すと、ネットの向こうでこちらを静かに見つめている孤爪と目が合う。
「…?」
首をかしげて見つめ返すと、その瞬間ものすごい勢いで視線を外されて、日向は眉を下げた。逆行してからの数年の間、基本的に人付き合いで失敗はしていないはずだが、孤爪に関してはなんだか避けられている気がする。“前回”のようなきっかけがなかったせいでまだ一言も話していないせいで親しくなれていないだけだと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
(俺なんかしたっけ? 別に“前回”の影山みたいに怖い顔で見てたりしてない、よな?)
むむむ、と音駒が到着してから試合が始まるまでのことを思い返す。日向は“前回”で仲良くなった友人がいるのが嬉しくて、影山は尊敬するセッターに話しかけたくて、孤爪のほうをちらちらと見ていただけのはずだ。
──基本的に誰に注目されても気後れしない日向は、自分と影山がついつい孤爪に視線を送っていたことそのものが原因だとは、残念ながらまったく気付いていなかった。
バチンと音が鳴り、ブロックを掠めてボールがあらぬ方向へ飛んでいく。勢いのついたままのボールが床で跳ね、烏野側の点数が増えた。
だが。
(厄介なチームだな、本当に)
良くない、と澤村は思う。
じわじわと、だが確実に、音駒は日向と影山のとんでも速攻を攻略しようとしているのが、目に見えて分かるようになってきた。対して、あちらのセッターは動きが少なく動向を読みにくいこともあって、こちらの守備は精彩にかけている。
日向だけにボールを集中させているわけではないし、日向の攻撃そのものが一本調子ではないので、まだ攻略されたとは言えない状態なのだが。
「やりにくい…!」
田中が歯ぎしりする。
派手に攻撃してくるわけではない。だが、攻撃を決めたと思いきやボールを拾われた、なんてことが多いせいで、なかなか調子を出せないままじわじわと点差を縮められている。最初に全力で攻撃して点を稼いでおかなければ、そろそろ追いつかれていたかもしれない。
「落ち着け、田中」
「ウス!」
歯ぎしりしていたわりには落ち着いた返事が返ってきた。
(大丈夫だ)
恐らくこちらのほうが圧倒的に経験が足りていないことは理解しているが、そうそう負けてやる気もない。弱気になる理由もない。
「このまま第1セット取るぞ!」
自分に言い聞かせる意味も込めて、澤村は声を張り上げた。すぐにメンバーそれぞれの声が返ってくる。
ネットの向こう側で、音駒の主将が面白そうに目を細めたのが見えた。どうにも食えない印象があるせいか、その反応が少し腹立たしい。
とは言え、こんなことで腹を立てているのも馬鹿馬鹿しいので、澤村はさっさと頭を切り替えることにした。
現在の得点は音駒が18点、烏野は20点。残り5点を取れば、このセットはこちらのものになるのだから。
重たい風切り音と共にボールが飛んでいく。だが、床に当たる音はしない。代わりに、ボールが再び宙に舞い上がった。
「ま、また…?」
谷地は思わずぎゅっと唇を噛む。いつの間にか、手は汗でじっとりと湿っていた。
先ほどからじりじりとしてしまうようなラリーが続いている。たった今放たれた東峰のスパイクは、遠目から見ているだけで風圧を感じる気がしてしまうようなものだったのだが、それでもすくい上げられてしまった。
(心臓痛い)
練習試合のたびにこれでは、公式試合になれば心臓が破裂してしまう気がする。今から少しずつ慣れないと、と谷地はゆっくりと息をはき、コートに集中した。
音駒側からの攻撃は、それほど派手なものではない、のだと思う。もちろん、谷地にとっては十分恐ろしいスピードなのだが、普段の烏野チームの練習風景と見比べると、目立った速度や迫力はないように見える。
それなのに、じんわりと迫られているせいで、今、烏野と音駒の点差は2点になっていた。
(でも、あと、1点…!)
それでも、烏野はすでに24点になっている。あと少し、あとほんの少しでこのセットを取ることができるのだと、谷地はぐっとコートを見据えた。
「日向!」
「あっぶねっ」
視線の先では、抜群の安定感でもってボールが打ち出されたところだった。またもや戻ってきたボールに日向が飛び付いている。
少し体勢を崩しつつもボールは高めに上がった。
素早く影山が構える。日向がネットの前に飛び出した。音駒の面々もそれに反応して、動き出す。
「旭さん!」
だが、次の瞬間、思わず背筋が伸びるような鋭い声が飛んだ。東峰が床を蹴る。日向に反応したはずのブロックも少し遅れながらもしっかりと付いてきて、谷地は思わず息を呑んだ──が。
伸びてきた手を押しのけ、周りの空気を震わせて、ボールは床で跳ねる。ボールの勢いのほうがブロックに勝ったのだと気付くまでに少しかかった。
「…すご、…っ」
思ったよりも大きな声が漏れ、慌てて口を押さえる。
コートの中では、周囲の歓声を受けた東峰が体を縮めるようにして頭を掻いていた。
「っと、」
“前回”で親しくなった小柄な上級生が、ボールの下に滑り込む。結果的に、1歩間に合わずにボールは床で跳ねることになったが、その瞬間、日向は思わず相棒と視線を合わせた。
(来た)
今ボールを打ったのは日向だ。影山から出されたトスは、いつも通り正確に届き、日向の手によって床に叩き付けられている。だが、その途中、正面で道を阻もうとしたブロッカー達を見て、日向は即座にボールを打ち出す向きを変えた。そのおかげでこうして点が入ったわけだが、──その軌道変更そのものが、相手の狙いだったのでは、というのが日向の予想だ。
このまま速攻を出すばかりでは、そう時間が経たないうちに追いつかれる。自分の記憶とすり合わせても、それはほぼ間違いないと思う。
さすがはネコ、と心の中で感心した。
ぐるりと見渡すと、ネットの向こうでこちらを静かに見つめている孤爪と目が合う。
「…?」
首をかしげて見つめ返すと、その瞬間ものすごい勢いで視線を外されて、日向は眉を下げた。逆行してからの数年の間、基本的に人付き合いで失敗はしていないはずだが、孤爪に関してはなんだか避けられている気がする。“前回”のようなきっかけがなかったせいでまだ一言も話していないせいで親しくなれていないだけだと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
(俺なんかしたっけ? 別に“前回”の影山みたいに怖い顔で見てたりしてない、よな?)
むむむ、と音駒が到着してから試合が始まるまでのことを思い返す。日向は“前回”で仲良くなった友人がいるのが嬉しくて、影山は尊敬するセッターに話しかけたくて、孤爪のほうをちらちらと見ていただけのはずだ。
──基本的に誰に注目されても気後れしない日向は、自分と影山がついつい孤爪に視線を送っていたことそのものが原因だとは、残念ながらまったく気付いていなかった。
バチンと音が鳴り、ブロックを掠めてボールがあらぬ方向へ飛んでいく。勢いのついたままのボールが床で跳ね、烏野側の点数が増えた。
だが。
(厄介なチームだな、本当に)
良くない、と澤村は思う。
じわじわと、だが確実に、音駒は日向と影山のとんでも速攻を攻略しようとしているのが、目に見えて分かるようになってきた。対して、あちらのセッターは動きが少なく動向を読みにくいこともあって、こちらの守備は精彩にかけている。
日向だけにボールを集中させているわけではないし、日向の攻撃そのものが一本調子ではないので、まだ攻略されたとは言えない状態なのだが。
「やりにくい…!」
田中が歯ぎしりする。
派手に攻撃してくるわけではない。だが、攻撃を決めたと思いきやボールを拾われた、なんてことが多いせいで、なかなか調子を出せないままじわじわと点差を縮められている。最初に全力で攻撃して点を稼いでおかなければ、そろそろ追いつかれていたかもしれない。
「落ち着け、田中」
「ウス!」
歯ぎしりしていたわりには落ち着いた返事が返ってきた。
(大丈夫だ)
恐らくこちらのほうが圧倒的に経験が足りていないことは理解しているが、そうそう負けてやる気もない。弱気になる理由もない。
「このまま第1セット取るぞ!」
自分に言い聞かせる意味も込めて、澤村は声を張り上げた。すぐにメンバーそれぞれの声が返ってくる。
ネットの向こう側で、音駒の主将が面白そうに目を細めたのが見えた。どうにも食えない印象があるせいか、その反応が少し腹立たしい。
とは言え、こんなことで腹を立てているのも馬鹿馬鹿しいので、澤村はさっさと頭を切り替えることにした。
現在の得点は音駒が18点、烏野は20点。残り5点を取れば、このセットはこちらのものになるのだから。
重たい風切り音と共にボールが飛んでいく。だが、床に当たる音はしない。代わりに、ボールが再び宙に舞い上がった。
「ま、また…?」
谷地は思わずぎゅっと唇を噛む。いつの間にか、手は汗でじっとりと湿っていた。
先ほどからじりじりとしてしまうようなラリーが続いている。たった今放たれた東峰のスパイクは、遠目から見ているだけで風圧を感じる気がしてしまうようなものだったのだが、それでもすくい上げられてしまった。
(心臓痛い)
練習試合のたびにこれでは、公式試合になれば心臓が破裂してしまう気がする。今から少しずつ慣れないと、と谷地はゆっくりと息をはき、コートに集中した。
音駒側からの攻撃は、それほど派手なものではない、のだと思う。もちろん、谷地にとっては十分恐ろしいスピードなのだが、普段の烏野チームの練習風景と見比べると、目立った速度や迫力はないように見える。
それなのに、じんわりと迫られているせいで、今、烏野と音駒の点差は2点になっていた。
(でも、あと、1点…!)
それでも、烏野はすでに24点になっている。あと少し、あとほんの少しでこのセットを取ることができるのだと、谷地はぐっとコートを見据えた。
「日向!」
「あっぶねっ」
視線の先では、抜群の安定感でもってボールが打ち出されたところだった。またもや戻ってきたボールに日向が飛び付いている。
少し体勢を崩しつつもボールは高めに上がった。
素早く影山が構える。日向がネットの前に飛び出した。音駒の面々もそれに反応して、動き出す。
「旭さん!」
だが、次の瞬間、思わず背筋が伸びるような鋭い声が飛んだ。東峰が床を蹴る。日向に反応したはずのブロックも少し遅れながらもしっかりと付いてきて、谷地は思わず息を呑んだ──が。
伸びてきた手を押しのけ、周りの空気を震わせて、ボールは床で跳ねる。ボールの勢いのほうがブロックに勝ったのだと気付くまでに少しかかった。
「…すご、…っ」
思ったよりも大きな声が漏れ、慌てて口を押さえる。
コートの中では、周囲の歓声を受けた東峰が体を縮めるようにして頭を掻いていた。